徹底討論 株式持ち合い解消の理論と実務

■「構造改革」を考えるための株式持合いの理論とディスカッションの書

小泉内閣に変わって、政治主導での構造改革が唱えられはじめている。メスを入れるべき「構造」として最も重要なものの一つは、一四〇〇兆円にも及ぶ個人金融資産の六割もが郵貯や銀行など、元本保証確定金利の間接金融に流れ込んでいるという、日本の特殊な資金の流れ方であろう。このように銀行や郵貯に資金とリスクの分配機能が過度に負わされる構造では、今、大きな問題となっている、財政投融資の不効率性や、不良債権の問題が出るのは必至であったといえる。さらに、この副次的結果として、銀行や事業会社同士の「株式持ち合い」が、日本の経済構造上の大きな特色となってきた。株式持ち合いは、かつては従業員中心の日本型雇用のシステムを支える立役者として賞賛されたこともあったが、最近では欧米流の株主中心のコーポレート・ガバナンスを阻害する要因として、すっかり、「悪者」の立場に転落してしまった。さらに、不良債権問題や、最近の時価会計導入等の要因とあいまって、バブル崩壊以降の十年間、持ち合い解消により、大量の株式がダラダラと売られ続けてきたことも、悪者イメージに拍車をかけている。元利保証の「ぬるま湯」から出て、より株式市場中心の社会にならなければいけないにも関わらず、そこから抜け出ようとすると、逆に株価が下がって、抜け出る気力が失せる、という悪循環に陥ってきたのだ。
この春には、政府・与党の緊急経済対策として、銀行の株式保有を制限し公的資金を使った株の買い上げ機構を設立する案も浮上した。持ち合いは他人事と思っている人も、自分の払った血税を大量に使うとなると関心も高まってこよう。税金を大量に使ってまで、株式の買い上げをやる効果は本当にあるのか?株式持ち合いというのは、何がどの程度「悪」なのか?本当に、これからの時代のコーポレートガバナンスの障害になるのか?


●多彩な観点からの持ち合い論

今週ご紹介する本書は、財団法人資本市場研究会の「株式持ち合いの解消等に関する研究」の委員会の検討の模様を、一冊の本にまとめたものである。
 タイトルは「徹底討論 株式持ち合い解消の理論と実務」となっているが、むしろ、株式持ち合いを、法学、経済学、歴史などの観点から検討した、「理論」の本と思って読んでいただいたほうがよろしいかと思う。逆に「取引先との関係は壊したくないが、株式は売却したい。先方にはどう切り出したものか・・。」と悩む事業会社の財務担当者の方などの「実務」的ニーズには、直接には役に立ちそうに無いので、悪しからず。
本書は、平成一二年四月から一二月まで行われた委員会の、各委員の発表と委員の方々のディスカッションを会話調の文章にしたスタイルをとっており、とっつきとしては非常に読みやすくなっている。ただし、法学、経済学、証券、銀行、生保等の第一線の方々の生の会話なので、専門用語も平気で説明無しに飛び出し、本気で読もうとすると、それなりのベースや準備が必要だろう。
放出される持ち合い解消売りに対して人工的な「受け皿」を用意するのか、それとも市場に任せるのか。税制的なインセンティブをつけるのがいいのか、どうか。本書では委員会のコンセンサスとしての「正解」「提言」は提示されていない。私見では、淵田委員の「持ち合いという行為そのものよりも、日本のマネーフロー構造の改革につながる施策をすることが、結果的に、持ち合い解消の促進につながるかもしれない。」というのが、正解のように感じられる。株式持ち合いは、いろいろな構造によって引き起こされた「結果」であって、それ自体をどうこうしようといじくるよりも、より大きな日本の「絵」を書いて、それに向かうための工夫をする必要がある、と感じた。


■この本の目次

第1章 株式持ち合いについて
第2章 株式持ち合いの歴史的形成要因と今後における問題点
第3章 わが国株主構造と将来展望
第4章 株式持ち合いの変化
第5章 株式持ち合いの問題点
第6章 持ち合い株式の市場売却が株式市場の与える影響
第7章 株式持合い解消が日本の企業経営に与える影響
第8章 投資家の観点から見た株式保有:リスク・リターンの観点から
第9章 会計的に見た株式持合いの影響と解消方法
第10章 株式の相互保有と会社法
第11章 株式の保有の関わる法の規制−独占禁止法を中心に
第12章 ドイツにおける株式相互保有の法規制と実態
第13章 株式持ち合いとその解消:まとめ
付論 いわゆる「金庫株」の解禁と会社法


■執筆者一覧

神田秀樹 東京大学法学部教授
淵田康之 野村総合研究所資本市場研究部長
三宅一弘 みずほ証券エクイティ調査部チーフストラテジスト
高森正雄 東京証券取引所調査部長
中野充弘 大和総研投資調査部長
米澤康弘 横浜国立大学経営学部教授
丸淳子 武蔵大学経済学部教授
竹下智 野村證券IB企画室課長代理
川北英隆 日本生命保険資金証券部長
秋葉賢一 朝日監査法人社員公認会計士
藤田友敬 東京大学法学部助教授
小塚荘一郎 上智大学法学部助教授
神作裕之 学習院大学法学部教授


神田秀樹 東京大学法学部教授
東京大学法学部卒業 (商法、金融法、証券法専攻)、学習院大学法学部助教授、東京大学助教授、を経て現職。シカゴ大学ロースクール客員教授、ハーバード大学ロースクール客員教授、政府関係の審議会委員を数多く務め、商法改正などの議論に関わる。
著作に「コンパラティブ・コーポレート・ガバナンス」(オックスフォード・ユニバーシティ・プレス、98年、英文・共編著)、「会社法の経済学」(東京大学出版会、98年、共編著)、「商法2—会社(第3版)」(有斐閣、99年、共著)など。