「ガズーバ!」奈落と絶頂のシリコンバレー創業記

■シリコンバレーのベンチャービジネスの実際を体感できる本

「今ごろ何言っとんのじゃ?」という感じではあるが、日本も政府がやっと「IT」へのマインドを持ち始め、巷にもITの文字が踊るようになってきた。しかし「ITのために何が重要なのか」ということについて正確な認識が広まっているか、となると大いに疑問である。大方の理解は「インフォメーション・テクノロジーというくらいだから、課題は技術力なのだろう」というあたりだろう。もちろん、日本に技術力の問題が無いとは言わない。しかし、技術者の方々に話を聞くと、必ず口に出るのは「日本も技術は悪くないんですよねー。」というセリフだ。
ITというのはすさまじいスピードで革新が行なわれる領域であり、また、多くの場合、強力に先行者メリットが発生する。確かに、日本にも「技術力」はあるのだが、それは大企業や大学などの研究所などの奥に鎮座する「高尚」なものであって、それを使って革新的なビジネスを作り上げるまでには、非常に時間がかかる。結果として世界の競争のスピードについていけていない。
つまり、日本のITの課題は、「技術力」自体の問題ではなく、技術力をもとにビジネスを作り上げるマネジメントや、それを支える制度などの「しくみ」の問題なのだ。換言すれば、競争とスピードを市場に呼びこむことが重要で、そのために、新しい参入者が急速に成長し、既存企業を脅かすくらいになることが必要だが、そのための「しくみ」の形成が日本では大きく立ち遅れている。技術力が何年も遅れているわけではないが(ITで技術力が二年も遅れていたら、日本は確実に滅亡だ)、「しくみ」のほうが十年単位で遅れているのである。
大組織の中で成功確率の高いことをやるのと、革新的だが大きなリスクがあることをやるのでは、明らかに後者が難しい。だから、スピードが勝負の鍵になる時代には、後者に優秀な人材が集まるしくみを持つ社会の方が栄えるに決まっている。ただ、まずは、どんな「しくみ」がいいのか、イメージが湧かないことには前に進めない。


●ノウハウの宝庫

今週ご紹介する本は、この「しくみ」のお手本となるシリコンバレー・モデルの社会の息吹を伝える本である。日本から渡米してシリコンバレーでネットビジネスを立ち上げた経験を持つ人はほとんどいないと言っていいが、著者の大橋禅太郎氏は、その数少ないうちの一人だ。この本は、彼の起業経験をつづった本だが、米国での起業について、日本語で読めるものとしては非常に貴重な情報やノウハウが満載されたものとなっている。
ベンチャーが成長していくためには、アイデアの企画、ビジネスプランの書き方から始まって、ベンチャーキャピタルとの交渉、アドミニストレーションの整備、人材採用など、様々な知識やノウハウが必要である。しかし「アメリカの会社法実務」みたいな個別のノウハウ本を何冊読んでも、全体を貫く「何か」は伝わってこない。本書を読むと、シリコンバレーでは、どのような機能の人材がいて、それらがどう企業の成長に関わり、どんな雰囲気でビジネスが行われているかの「全貌」が非常によくわかる。起業して競争に勝って行くためには、各論のノウハウが必要なのではなく、それらをどうプロにアウトソースし、いかに意思決定と実行のスピードを速くできるかが重要かということが実感できる。こうした起業をサポートするプロの層の厚さが、日本にも是非欲しいのだが・・。
本書は、くだけた文章で書かれており、非常に読みやすいが、中に書かれている用語や概念は非常に重要で、しかも日本ではあまり取り上げられないものばかりだ。これを読んで、用語の意味を理解し、シリコンバレーのベンチャーを体感できれば、日本では、相当、ベンチャー詳しい部類になれること間違いない一冊。


■この本の目次

まえがき「シリコンバレーのビジネスは石油を彫り上げるがごとく」
第一章 [起業]インターネットとの出会い
第二章 [企画]ムチャな夢を立ててみる
第三章 [創業]できるヤツは会社を起こす
第四章 [調達]投資家から資金を引き出せ!
第五章 [始動]ガズーバ誕生
第六章 [組織]ドット・コム企業を取り巻く人々
第七章 [経営]こうして会社は動く
第八章 [第二ラウンド]モデルチェンジ
第九章 [法則]シリコンバレー・ベンチャービジネス
あとがき


著者のプロフィール

大橋禅太郎
外資系銀行、シュルンベルジェ社での石油探査を経て、外国企業向け日本の技術情報提供会社設立の後、渡米。半導体ブローカーで勤務した後、米Netyear Group, Inc.入社。MileNet社(現Gazooba!社)を設立し、CEOに就任。現在、同社CTO・共同創業者・取締役。