「ネット資本主義の企業戦略」

■ネット時代における企業のデコンストラクション(再構築)の書

日本でも、ネットのバブルが指摘されて久しいが、良く考えてみると、一般の人々のネット革命に対する認知は、日本ではまだ低すぎるくらいなのではないだろうか。
米国において、日本をはるかにしのぐ量のドットコム系の企業のTVのCMや道路沿いの看板などがあふれかえっているのはもちろんであるが、先日、ちょっとショックだったのは、韓国のネットベンチャーの経営者に「韓国に比べても、日本のテレビのネット系の広告は極端に少ないですね」と言われたことだ。今週ご紹介する本のキーワードをネットビジネス全体にあてはめれば、日本のネット革命のインパクトのイメージは、広く一般大衆にはまだ「リーチ」(情報の到達範囲)しておらず、伝わっている情報の「リッチネス」(情報の中身の濃さ)も低い。つまり、まだほんの一握りの人が盛り上がったり落ち込んだりしているだけの状態であって、米国で懸念されているような、社会全体としてネット産業への期待が大きすぎるという意味での「バブル」には、良くも悪くも、まだ程遠い状態と考えるしかない。
裏返せば、日本では、今後、一般の人々が想像するよりも相当大きな、ネットによる社会変革がやってくることになる。これにより、ビジネスのやり方そのものの根本的な変化、「デコンストラクション」(事業の想像的破壊と再構築)が求められることになる。


●情報のリーチとリッチネス

本書は、このようなネットの世界の変化と、そこで行われるべきデコンストラクションについて、体系的に整理した本である。
本書全体を貫くキーワードとして、前出の「リーチ」、「リッチネス」、および「アフィリエーション」(利用者の利益により密着した関係を持つこと)などを用い、その変化によって、どのような競争が展開するかが説かれている。従来は、「リーチ」と「リッチネス」はトレードオフの関係にあったが、情報技術の発達によって、その中で形成された競争優位が崩れ、新たなサービスが旧来のサービスを打ち負かす、ということになる。また、こうした情報の流れの変化により、サプライチェーンや企業組織がどう変化するかが説かれている。
ネットビジネスの世界で起こっている動きは、従来の発想で理解するのが難しいので、こうした著作できちっと概念を整理し、今起こっていることの本質を考える作業は非常に大切である。しかし、著者らも匂わせている通り、変化のスピードの速いネットの世界では、クライアントは、「体系」や「戦略」ではなく、「具現化」を求めるものなのである。
内容からはややそれるが、本書を読む、よりメタな視点をご提供すると、現在、最も「デコンストラクション」の危機にさらされているのは、実は、本書の著者らのいる既存のコンサルティング業界そのものかも知れないのである。これを示す、端的な例として、某大手コンサルティング会社の米国西海岸のオフィスがすべて閉鎖に追い込まれてしまうこととなった、という事例があげられる。事務所の人材が、すべてシリコンバレーなどのネット企業に引き抜かれてしまったのだ。優秀なコンサルタントほど、「まず戦略を考えて、それを戦術におとし、その後、実行」という従来のコンサルティングのプロセス自体が、ネット時代のスピード感にそぐわないことに気づいており、ネットベンチャーの経営陣に転身することで、自らを「デコンストラクション」している、とも見ることができる。
このままでいくと、優秀なコンサルタントがネットビジネスで起こっていることを体系的にまとめた本書のような著作を一般の人が入手することは、冗談ではなく、今後、困難になるかもしれない。そういう状況を理解すると、本書のありがたみは、非常に増すのではないだろうか。


■この本の目次

はじめに
第一章. 不吉な前例
第二章. 「情報」と「モノ」の流れが分離されると……
第三章. 情報の「リッチネス」と「リーチ」は二者択一か
第四章. デコンストラクションとは何か
第五章. ディスインターミディエーション(中間業者の排除)
第六章. リーチをめぐる競争
第七章. アフィリエーションをめぐる競争
第八章. リッチネスをめぐる競争
第九章. サプライチェーンのデコンストラクション
第十章. 組織のデコンストラクション
第十一章. 今、何をやるべきか


編著者のプロフィール

Philip Evans
ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)シニア・ヴァイスプレジデント ボストン事務所所属。T・ウースターと共にBCGメディア&コンヴァージェンス・プラクティス・グループのリーダーを務める。ケンブリッジ大学経済学部卒業、ハーバード大学経済学部ハークネス・フェロー。ハーバードビジネススクールMBA。

Thomas S. Wurster
BCGヴァイスプレジデント ロサンゼルス事務所代表。コーネル大学経済学部卒業、シカゴ大学MBA、エール大学経済学博士。