昨日の「あなた、人間ですか?」(スパム格闘記)という記事の
人間とまったく区別がつかない人工知能が存在できないという理由は無いと思われますので、究極的に見れば、書き込みの方法や結果だけから機械か人間かを区別することはいつかは不可能になるはずですし
という部分に対して、yappaさんからコメントいただきました。(ありがとうございます。)
これ論理的にちょっとおかしいですよね。人工知能が存在できないという理由は無い=判別がいつかは不可能になるはずっていうのはちょっと飛躍しすぎかなと思います。
人工知能研究者の端くれとしてはこういうちょっとした部分に敏感に反応してしまいます。なぜなら人間と機械の打ち込むデータのパターンとしての明らかな違いはもちろん存在しますし、だけれどもそれが「何」であるかが明白でなく、もっと言うと、人間の本質とは何かが明らかでなく、一体人間とはなんなのか、意思とは何なのか、などを日々考えている身からするとそう簡単に言い切って欲しくはありません。
人工知能の実現は可能であるかもしれないし、可能でないかもしれません。だけれどもそれは大変な考察と努力の上に成り立っているものなので、「どうせ人工知能もいつかはできるんだろうけど」などと軽々しく言って欲しくはありません。まぁいいんですけどね。科学なんてそんなもんですから。
はい。研究者の方としては「そう簡単に言い切って欲しくはありません」とは存じますが、1人のシロウトとして、あえて「いつかは判別がつかなくなるのではないか」と言わせていたければと思います。
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十数年前、ロボットを研究している親戚と「ロボットが二足歩行することは可能か?」という話をしていて、二足歩行がいかに困難なのかという説明をいろいろしてもらいまして。
私が、
「人間の脳の機能は、確かに数十億年の進化の結果で非常にすばらしいものだし、脳が単純な構造のものだとも言えないけど、一つ一つの脳細胞とかシナプスとかは比較的シンプルなルールで結びついているんだろうから、二足歩行自体、そんなに複雑なことをやっているとは思えないんですけどねえ。」
というと、
「うん、確かに、さほど難しいことをやってるとは思えないんだけど。そこが難しいんだよねえ。」
とおっしゃってまして。
結果として、思いのほか早く、ロボットは二足歩行はじめてしまいました。
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ライト兄弟が必死に飛行機の試行錯誤している横で、「鳥だって飛べるんだから、人もいつかは空を飛べるのは確実でしょうね。」とかぬかしたら、「ジャカワしいわい、あっち行ってやがれ」とドヤしつけられたかも知れないし、それは「失礼」であったかもしれないですが、その「推測」は外れてはいないと思います。(おっしゃるように、「科学って、そういうもん」でしょうから。)
「いかに難しいか」ではなく「いかにしたらできるか」を語る人を、ファイナンスの観点からサポートする、というのが私の生業でございますので、どうしても「できるのでは?」という観点からものを見てしまいます。どうかご容赦ください。
(ではまた。)
ご参考:「人間」と「そうでないもの」の区別が付くかどうか、というお話。↓
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区別を付ける、というのは人間の能力であり、判定技能の問題でしょう?
事実、としては、人工か、人工でないかは、明白なのだから。
(これが、人工か人工でないかは、神でもわからない。。こういう事態を議論しているのではありません)
たとえば、人間とは似ても似つかぬ自動人形でも、子供は、親と勘違いする、ということはありえます。同じ議論でしょう。
論理的な問題ではなく、技術の問題だと思います。