昨年12月22日の日経新聞の記事などによると、2008年度税制改正ではエンジェル税制について思い切った改正が予定されているとのこと。
2004年に書いた記事で、「エンジェル税制ってイマイチ」という趣旨のことを申し上げたんですが、今度の改正はかなり「太っ腹」な改正ですし、「ホントにイケてるベンチャー投資」をする個人の投資家にとっては、相当なメリットになり(え)ます。
一方で、(ベンチャーに良かれと思ってこの制度を作っていただいているのは間違いないんでしょうけど)、ホントにこの税制がベンチャービジネスの振興につながるのかどうかについては、引き続きギモンなのであります。
改正の概要
今まではベンチャーへの投資額が株式の譲渡益からしか差し引けませんでしたが、新聞報道によると、改正後は寄付金として、なんと総所得から差し引ける!・・・・という、かなりの太っ腹な改正が行われるとのこと。
以前の記事で申し上げましたが、普通のお金持ちというのは上場株式の売買はしても、未公開株の売却で譲渡益が出るというのはかなりレアケースでしょうから、節税額は(投資額に対して上場株式の譲渡益に対する税率10%程度、つまり)最高100万円程度にしかならないだろうし、その程度の額のために、わざわざややこしい申請書類を作成するというのは割に合わないと感じる企業や投資家がほとんどではないか、ということでした。
ところが、今度の改正では、なんと累進税率で課税される総所得から最高1000万円が控除できるわけであります。
新聞記事では地方税についての扱いがよくわかりませんが、年収数千万円の人なら (国税だけでも)最高400万円程度の節税、地方税上も適用されるなら500万円もの節税になりえます。
ちょっとしたスポーツカーが買える額ですから、ニューリッチ層の方々なんかは、機会があればベンチャー企業に投資してみたいと思われるかも知れません。
また、これも記事からは詳細が読み取れませんが、仮に投資時に税率50%で節税ができて上場後売却して10%しか税金が取れないとすると、差引40%分については課税繰り延べではなく、永久に減税になる、というところも大変太っ腹であります。
投資税制は、配当や利息も含めてすべて分離課税で一本化の方向にあるわけですが、総合課税される累進課税の総所得から投資額が差し引けるというのはこのトレンドから大きく逸脱する、租税理論上も「画期的な」出来事だといえるのではないかと思います。
ベンチャーにとって個人は本当に「エンジェル」なのか?
一方で、ベンチャー企業の側から見て、「個人」に投資してもらう、というのは本当に「いいこと」なんでしょうか?
確かに、シリコンバレーのベンチャーのように、「Sun Microsystemsのco-founderが個人で10万ドル投資した!」てなことになれば、ベンチャー企業として「ハクが付く」ことこの上ないわけです。が、投資してもらってそんなカッチョイイことになる人は、日本全体でも100人いるのかしらん?という感じではないかと思います。
アメリカで見かけた例ですが、創業時の資金に困って、何十人もの個人投資家からポロポロと資金を集めたベンチャー企業が、「この資本構成じゃ、VCも投資しないし、上場もできない」と言われてました。
日本でも、増資のときに公募の規制に引っかかるとか、株主総会の手続きや説明コストが増加するなど、「フツウの金持ちのオッサン」が投資した場合に、デメリットで苦しんでいる企業も結構たくさん見かけます。
もっとはっきり申し上げると、「ベンチャー企業は、(原則として)個人投資家からの資金は受け付けるべきではない。」と思います。
個人投資家というのは、(よっぽど「イケてる人」はともかく)、一般にはプロの投資家よりは、企業の内容についての審査能力は弱い(というか、審査能力が無いに等しい人がほとんどな)わけです。上場企業については、そもそも以前から、それなりの企業情報が開示されているし、公開審査を経てコーポレートガバナンスのしくみもそれなりに整っているし、特に金融商品取引法の施行後は説明義務もガチガチになったのに対し、未公開のベンチャー企業なんてのは、そもそもそうした投資家保護の仕組みはほとんど存在しないわけで、デューデリもしない個人にちゃんとリスクを認識して投資してもらうというのは極めて例外的なケースに限られるわけです。
お金を集めるベンチャー企業は、当然、「上場を目指してます」てなことを口にするわけですが、そのリスクの実態については、誤解して受け止められる可能性は極めて高い。(金持ちほど、都合のいいことしか覚えていないことが多いこともあり。)
つまり、お金をもらう分にはいいように思えますが、後でトラブルになる可能性が極めて高いわけです。実際。
また、VCなどのプロと違って、経済合理的な行動をしないことも多い。うまく行っているときはいいとして、ちょっと曲がり角で何かしないといけないときに、感情的にヘソを曲げられて非常に大変なことになることも往々にしてあります。
「ダラダラした」資本政策に陥る危険性
株式というのは「返さなくていい」資金なので、適切なコーポレートガバナンスが構築されていない環境下ではモラルハザードが発生する可能性が非常に高い。
「ちょっとカネが足りない」という場合に、個人からダラダラと株で「お金を無心」して、取り返しの付かない資本構成になってしまっているベンチャー企業というのをたまに見かけるんですが、上述のとおり、VCファンド等が乱立してベンチャー向けの資金がジャブジャブいってる環境下で、なぜその企業は個人から資金を調達する必要があったのか?という目で見られてしまう可能性については十分考える必要があります。
投資額の50%もが所得から控除できるようになった場合、そうしたお金にイージーに手を出してドツボにはまる企業は、ますます増えるんじゃないでしょうか。
個人投資家にとっても、ホントにいいことなのか?
「1000万円投資したらその50%が節税できます!」と言われれば、「おっ」と思うかも知れませんが、そもそもその1000万円が適正な価格なのかどうか、はわからない。(わかるとは限らない。)
つまり、企業価値1億円しかない企業で500万円投資してもらうのと、企業価値2億円と評価して1000万円投資(500万円節税)するのとでは、ベンチャー企業に資金が潤沢に供給される分、後者の方がいいようにも思えますが、投資家からしてみると、「半分節税できて得した!」というよりは、「半分の価値しかない株を倍の価格で買わされただけ」、にもなりえるわけです。
金商法の「集団投資スキーム」に対する規制じゃないですが、「一人でもVCなどのプロが入っている」増資と「(節税をエサに)個人ばかり49人かき集めました」という増資では、今後は特に、意味合いが大きく違ってくるかも知れません。
「市場型間接金融」的な投資も期待できるんでしょうか?
新聞記事では、2006年度のエンジェル税制による投資実績が13億円しかなかった、と書いてありました。(仮に13社だったとしたら、1社1千万円ぽっち。)
今までのエンジェル税制でも、認定投資事業組合経由で投資したものについても控除が認められていたはずなので、VCさんもこの制度は全く利用してこなかった、ということなんでしょう。
今後、最高50%も節税ということになれば、VCがニューリッチ層から資金調達する場合に大きなプラスになる可能性はありますし、個人側からしても、「プロの目利き」が仲介するのはいいことかと思います。一方で、投資対象企業の資本構成上の制限や、「ハンズオン」が義務付けられていることなど、なぜ、今までVCさんがこの制度を活用しなかったか?ということを考えると、やはり今後もあまり一般的にならないのかも知れません。
「ハンズオンするイケてるブティック型のVC」が増えればこんなうれしいことはないですが、比較的小規模なブティック型のファンドで金商法上のコンプラやドキュメンテーションの態勢を(コスト上、能力上)どこまで構築できるのかと考えると、そういうファンドが何十も設立されるというのは絶望的にも思えます。
節税をウリにする怪しげな投資スキームにだまされる人が増えるだけになったら・・・・イヤですね。
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以上、資金がこれからもジャブついている前提で悲観的なお話をしてまいりましたが、今後(また)「ベンチャー冬の時代」が到来する可能性もないではなく、資金調達スキームの選択肢は多ければ多いに越したことはないので、思い切った改正はありがたいお話ではありますので、念のため。
(ではまた。)
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個人投資家からお金をうけつけるかどうかは、経営者と個人投資家との間で、信頼関係が構築できているか否かによる所が大きいと思います。
信頼関係ができている個人投資家からの出資は、VC・事業会社と比較すると情報開示請求や投資契約書による拘束等がないという点でかなりメリットがあると思われます。
おはようございます。
確かに、個人投資家から出資を頂くと
事業が成功しても失敗しても
面倒なことになりがちですね。
しかし、最も出資を受けたくないのが
「数十万円しかカネを出さないのに
『俺の会社』だと言い出す顧問税理士」
と言われると・・・(苦笑)
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とても勉強になるコメント、ありがとうございます。
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