本日の日経新聞に、上場会社のみなさんには他人事ではない話が載っています。
http://markets.nikkei.co.jp/kokunai/hotnews.aspx?site=MARKET&genre=c1&id=AS2C2801V%2028032008
アパレル大手サンエー社長、インサイダー取引の疑い・監視委
アパレル大手のサンエー・インターナショナル(東京・渋谷)の三宅正彦社長が自社株でインサイダー取引をした疑いがあるとして、証券取引等監視委員会が調査を進めていることが28日、明らかになった。三宅社長が2006年、公募増資を発表する前に、持ち株数千株を売却したことが職務上知り得た「重要事実」を利用した行為に該当するかどうか調べている。
インサイダー取引というのは、ただそれだけを聞くと非常に卑劣な(アンフェアな)犯罪というように聞こえてしまうわけですが、日本の場合、実際には利益を獲得するために非常に確実性の高い取引を行うものから、形式的に罪になってしまうものまで、かなり幅が広いところが特徴であります。
記事をよく読むと2006年春ごろに増資を検討していたが、4月に社長がストックオプションを行使した株式をすぐに売却し、同年7月に新株の発行を取締役会で決議したとのことで、大分間があいております。
読売新聞の記事にある、
有価証券報告書によると、三宅社長は昨年8月末時点で、発行済み株式の5・2%にあたる92万株を保有。監視委は、三宅社長が大量の自社株を所有していながら、あえて新株予約権を行使して株を取得していたことから、株価下落を予想した不正取引との見方を強めている。
というのも、よくわからんですね。本当に悪人なら、たった数千株でなく、保有している大量の自社株の方を売却すると思うのですが・・・。
会社側のリリース
http://www.sanei.net/ir/press/pdf/2008-011.pdf
で述べられている経緯は、下記のとおり。
三宅が当社の増資について社内的に検討を開始し始めたころの 2006 年 4 月に先にストックオプションで得た自社株数千株を売却した事実と、これについて証券取引等監視委員会の調査を受けている事実は間違いありませんが、三宅にインサイダー情報で利益を得ようとした意図がなかったことは勿論のこと、そもそも、インサイダー取引に該当するとは考えておりません。
上記株式売却は増資案の検討の初期段階になされたもので、重要事実の決定がなされる以前のものでしたが、株式売却を行った後、インサイダー取引の疑いをもたれるおそれや、緊急に増資を行う必要性もなかったことから、主幹事の野村誰券と協議して、この増資案の検討は中止しましたところが、その後、野村誰券から新たに増資を持ち掛けられ、当社では、インサイダー取引に問われることはないのかを同社に確認したところ、同社から問題がないとの会社としての正式な回答を得たことから、その後、改めて増資を行うことを決定し、 2006年7月14日に同社を主幹事として増資を実施したものでした。
もしこの会社側のリリースが本当だとしたら、会社側も全くインサイダー取引についてケアしていなかったというわけではなくて、専門家である野村證券に問い合わせて確認をしているわけで、それで刺されたら「一体、どうすりゃいいの?」という話ではないかと思います。
いまどきのインサイダー取引は、「電車での痴漢(冤罪)」と非常に構造が良く似てるんじゃないでしょうか。
「物理的にそういうことが置きうる状況」が存在し、「潜在的な動機も存在する」が、衆人環視のようでいて「実は何も証拠が残っていない」。にもかかわらず、実質的に「推定有罪」になってしまうこともしばしば。
痴漢冤罪事件に巻き込まれないようにするための解の一つは、「電車に乗らないこと」であります。インサイダー取引を防止するのも同様で、「上場しなければいい」し「自社株の取引を全く行わなければいい」。しかし、全員がそこまで慎重になってしまうと経済が回りません。
痴漢冤罪と比べると、インサイダー取引はまだ対策の打ちようがあるかも知れません。
昨今の世知辛い状況を鑑みると、(車の免許書換えの時に見せられるビデオと同様)、「(問題にはならない)だろう」ではなく、「(捕まる)かもしれない」という観点から準備をしておく必要があると思います。もっと言えば、ストックオプションを行使して株式を売却するためには、将来、取調べで、「おまえはインサイダー取引をしただろう!」と、責められている自分の姿を明確に想像して、その時にどのような証拠を提示できれば無実と認めてもらえるだろうか?ということをよくよく考えて対策を打ってから取引する必要があると思います。
判断をもらう相手は証券会社でよかったのか?
上述の会社側のリリースには、
インサイダー取引に問われることはないのかを同社に確認したところ、同社から問題がないとの会社としての正式な回答を得た
とあります。
しかし、「同社から」「正式な」回答をもらったといっても、野村證券の具体的に誰に確認したんでしょうか?また、「正式な」というのは文書で回答をもらえたんでしょうか?
野村證券の営業の担当者に、「大丈夫っすかねー」、「大丈夫じゃないすか?」という確認を口頭でしただけでは十分ではないのはもちろんですが、例えば、増資を引受ける部門の部門長の名前などで文書で回答をもらったとしても、それだけで果たして十分でしょうか?
証券会社は増資で手数料が入るわけですから、利害関係を持つ当事者であって、第三者(監視委員会)の目から見て、独立したフェアな判断をしたとみなされない可能性は高いのではないかと思います。
そもそも野村證券さんは、そういう際に文書で回答を出して下さるんでしょうか?
少なくとも、今回、日経新聞の取材に対して「個別案件についてはコメントできない」と回答されているようですので、「いざ」というときにただちに弁護してくれる立場にないことは明らかかと思います。
では、弁護士から意見書をもらっておけばよかったのか?・・・これもなかなか実務的には難しいのではないかと思われます。
弁護士といえども超能力者ではないので、実際に会社の中でどこまで事実上の決定が行われているかはわかるわけがない。「もしこうだとしたら、問題ない。」という仮定でしか意見を言えないはずですが、今回の場合であれば、「もし増資の決定が行われていないとしたら、インサイダー取引にはあたらない。」ということでしょうから、要するに、「インサイダー取引の要件を満たさなければ、インサイダー取引ではない。」というトートロジーになってしまう可能性大であります。意見書を書いてくださる弁護士さんも少ないでしょうし、書いていただいたとしても、効果は薄いでしょうね。
一方で、何かの決定をいったん本当に中止しても、何ヶ月経ってももともとの決定自体が「重要事実(インサイダー情報)」として残ってしまうというのでは、一度何かの検討を行ったら、一生、自社株の売買はできなくなってしまいます。
コーポレートガバナンス、内部統制との関係
こうしたことを防ぐには、結局、内部の意思決定の事実関係を詳細に記載した「記録」と「判断」をリンクさせる必要があるのではないかと思います。
例えば、取締役会等の議事録ですが、かなりの上場企業では、「将来、議事録の閲覧権などを利用して外部の人が議事録を見る可能性があるので」てなことで、議事録には、
「説明の後、議長は本議案に関して議場に諮ったところ、原案通り全員一致をもって承認可決した。」
といった数行の記載しか行わず、極力、会議の様子を記録にとどめないようにしていることが多いのではないかと思います。
しかし、私はこれは昨今、極めて危険ではないかと思っております。実際の会議が、社長の独断で他の役員は何も言わずに「しゃんしゃん」で形式的に進められたのか、いろんな取締役や監査役が意見を出し合って、様々な観点からリスクやプロコンが検討された上で意思決定されたのか、(そもそも、その機関が実質的な意思決定機関なのか、社長が実質的な意思決定期間なのか)が、まったく第三者からは判断できない。
今回の事件でも、「いったん、増資案の検討を中止した」、ということが、取締役会できちっと決定され、それが記録に残されていたか?ただ、「全員一致をもって承認可決した。」という記述だけではなく他の取締役等からの質問等ややりとりがあるのと、全く無いのとでは、また心証も変わってくるのではないかと思います。
(程度にもよりますが、もちろん、完全に防げるとは限らないとは思います。しかし、合理的に出来る限りのことをやったにもかかわらず、それでも信じてもらえないとしたら、上場企業の関係者は、一体どうすればいいんでしょうか?)
記事によると「若者に人気のブランド」とのことなので渋谷系の若い社長なのかと思いきや、サンエー・インターナショナル社の役員構成を見ると、今回の三宅社長は、昭和10年生まれで73歳なんですね。「会長は、社長の実兄で、取締役副社長は会長の長男」という注釈もありますが、40代の取締役は、その副社長ともう一人だけ(当時)だった模様。
「若くないからダメ」とか「同族経営だから上場しちゃダメ」とは申しませんが、少なくとも「フェアであるコスト」の支払いをシブる会社が上場しているというのは、今やたいへんなリスクをはらんでいるのではないかと思います。
ライブドアのニッポン放送株大量取得に関わる村上ファンドのインサイダー取引についてもそうですが、もし、ライブドア社が社外取締役が過半を占める取締役会によって実質的に重要な決定が行われており、堀江社長の一存でニッポン放送株の大量取得が認められるなんてことがないことが外形的にも明らかであったならば、大量取得を「することについての決定」を行う機関や行われた時期についての判断も、大きく変わっていた可能性が高いのではないかと思います。
内部統制や議事録などにコストをかけるというのは、少なくとも数年前までであれば私も、「あほくさい」と思ってたと思います。「大事なのは本質であって、他人からどう見えるかは関係ない。」「悪いことをしてないのであれば、きっと当局も理解してくれるはずだから、『言い訳』のためだけに文書を作るなどというのは、経営の本質ではない。」と。
しかし、現在の日本の上場企業がおかれている環境を考えると、「フェア」という概念を考え直した方がいいかも知れませんね。
以前のエントリに対してRauru Blogさんからいただいたトラックバック「フェアと美しさ」によると、
Fair という言葉は、もともと古英語で「美しい」を意味する fæger から来ている。しかし英語における fair という語の持つニュアンスは興味深い。
日本語の「公正」に対応する英単語はいくつかあるが、それぞれニュアンスが微妙に異なる。例えば just は「法や原理原則に従っている」ような公正さを意味し、equitable は「関係者それぞれを平等に取り扱う」ことを暗示する。これに対して fair には、「自分の利害・感情・偏見を排して判断する」というニュアンスがある。
ここには英語圏文化の興味深い特性が現れているように思う。英語圏文化の考える「美しさ」と「自分の感情を排する」こととは、イコールとは言わなくても、かなり近い概念なのだ。日本人は逆に「感情をかきたてるもの」を「美しい」と考える傾向が強い。この差は決して小さくないと想像する。
とのことです。
私は、例えば、買収防衛策において独立性のある委員によって構成される特別委員会を作るなどというのは、文字通り「特別」なことであって、かなり「技巧的」「人工的」」な仕組みではないか思ってました。「あ、そういう方法もあるのか。」と。
しかし、Rauru Blogさんのおっしゃるような英語圏文化の話が本当だとすると、特別委員会を作るとか、社外取締役を過半数にするとかいうのは、アメリカ人にとっては、「自分の利害や偏見を排して判断する」という美意識からある程度自然に導かれて来る話なのかも知れません。「美意識」というのは、言い換えると「素直に湧き上がる感情」ということだと思います。
そういう「フェア」な概念が経済の中に内包されている社会では、法令であまりガチガチに「フェアとは何か」を定義してやる必要がない。
ところが、日本はもともと、「疑いをかけらるのは不徳のいたすところ。いざそんなことになったら切腹して責任を取る。」みたいのが美意識の国だから、あらかじめ大量のコストをかけて「弁解のための資料作り」をしておくなんてのは「美しくない」と思う人が大半なんではないかと思います。ところが、そういう「フェア」概念が発達している国の大量の裁判例を法令の中に取り込んじゃったので、さあ大変。「英語圏文化」的に見ても日本的に見ても「美しく」ない状況ができあがってしまっているのではないかと思います。
つまり、日本のインサイダー取引規制は、もちろん米国のインサイダー取引規制を参考に構築されたものですが、漸近的にアメリカのインサイダー規制に近づきつつあるのではなく、全く違ったモンスターに成長しつつあるのではないでしょうか。
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28日の日経夕刊の「ベアー会長 保有自社株売り切る 買収価格引き上げ直後」という記事で、自社株約60億円分を売り切ったということが報じられてますが、これなんか、日本でやったら絶対インサイダー取引規制違反で逮捕されるんじゃないかと思ってビックリしました。
買収価格を引き上げた直後に売却したことがインサイダー取引の要件に引っかかるという意味ではなくて、「このようなドタバタした時期には、小さくても必ず何らかの未開示情報があるはずだから、有罪にするつもりで調査に入れば、日本の法令に照らすと、必ず何かしらの要件にひっかかるはずだ、ということです。
ベア・スターンズの会長は、証券のプロで、当然、ちゃんとした法律事務所からの意見書を取って売却をしたんでしょうから、アメリカ的には「フェア」さは確保されてらっしゃるのではないかと思います。
(ではまた。)
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今回の件の論点はただ一つ、「増資案の検討の初期段階」というのが金融商品取引法166条の「重要事実の決定」に該当するかどうか。その後に増資案の検討を中止したとか、野村に問い合わせてOKをもらったとかは、全く関係がない。
「重要事実の決定」とは、取締役会決議のみを指すのではなく、役員会で内定しているとか、オーナー企業で誰も逆らえない社長が決めたとか、実質的に決定している場合も含まれる。「増資案の検討の初期段階」というのが実質的な重要事実の決定に該当するのかどうかは、現状の報道や発表からは判断することが出来ない。野村にはこうした問題を判断する専門部署があるから、サンエー側が詳しい事情を話し、野村がOKを出したというのが実情だろう。
以下、社長の保有株数の推移等、経緯。
03/11/27 SO(@3160)を付与(社長が何株分のSOを付与されたかは不明)
?05/8/31 1123千株(有価証券報告書)
05/12/1 SO行使期間開始
06/2/28 1128千株(半期報告書、5千株増加→SO行使か?)
06/4ごろ 増資案の検討開始、社長が株式を売却
06/3/1?06/4/30 サンエー全体でSO4.5千株分が行使される(半期報告書、SOの残高の減少から判明、誰が行使したのかは不明)
06/7/14 増資
06/8/3 1123千株(大量保有報告書)
06/8/4 923千株(大量保有報告書)
06/8/31 923千株(有価証券報告書)
06/4の株価は5000-6000円程度で推移。一方、05/12/1に行使期間が始まったSO(03/11/27付与分、その後2回SOが付与されており、社長は10千株分を保有していたが、その行使期間開始は06/12以降であり、今回の件とは全く関係がない)の行使価格は3160円。
もし、大規模な増資案の検討を始め「上場後初めてもらったSOの行使期間が05/12に始まって、株価が行使価格を上回っているのに、増資で株価が下がったらSOは紙くずになる」と思って売却したのならば、インサイダー取引に該当するかどうかは別として、どうなのか。もちろんどのような考えでSOを行使し株式を売却したのかは不明だが。
人事
最後は人、とはよく言うことですが、ではそこにどこまでとことん向き合っているか。人を大切にする、人を育てるということはどういうことか。そうなると組織はどう育…
経営者としての法的リスクヘッジ
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番犬さんのおっしゃることは法律論としてはそのとおりでしょうが、
>増資案の検討を中止したとか、野村に問い合わせてOKをもらったとかは、全く関係がない
というのは言い過ぎではないでしょうか。自主的に増資を中止したり、証券会社や顧問弁護士に確認して取り止めていたのであれば、(理論的には該当しうるとしても)行為の可罰性は比べるべくもないでしょうし、そもそも実務上は問題にはならなかったケースと思われます。
なお、磯崎さんが示唆されているように、証券会社に確認して回答をもらったからといって、それだけでは決して安心できないのでしょうね。証券会社は資本市場のプロですが法律のプロではないので、顧客のこういった問題を自社の弁護士に尋ねて回答をもらい、顧客に対しては自らの回答として連絡することも多いのではないか、と思います。弁護士側としてもこのような照会への対応には限界があります。もしそのような形でしたら、仲介者が入ることによってますます事実関係の確認が難しくなりますので、その弁護士の意見は意味をもたないおそれがあるでしょう。やはり証券会社を頼ることなく、自ら弁護士に照会するなどしつつ、手元にインサイダーを否定するための記録をきちんと残しておくべきだと思います。
最後に、「英語圏文化」的に見ても日本的に見ても「美しく」ない状況、というのは言い得て妙だなと感じました。しかしながら、インサイダー取引のみならず、そもそも資本市場という制度自体が極めて「英語圏文化」的なものかもしれない、という気もいたしますので、やむを得ないのではないでしょうか。