IFRS(国際財務報告基準)は「”隔壁の無い潜水艦”社会」を生み出す

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【16:58追記あり】
明日月曜日発売の週刊ダイヤモンドの特集「IFRS襲来!」は、なかなか力が入ってます。

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前半は以前ご紹介した国際会計基準IFRS完全ガイド—経営・業務・システムはこう変わる!! (日経BPムック) と同様、IFRS入門・基礎知識といった感じですが、後半、個別の業界、個別企業ごとにIFRS導入によるインパクトを定性的・定量的にまとめているのが、非常に読みごたえあります。

日本企業でも、もうすでにIFRS導入でご苦労されてらっしゃる企業もありますが、一般の企業はあと数年の猶予があるので、こういった書籍や雑誌でゆっくりIFRSを学んでいけば、導入そのものについては、以前心配したようなこともあまりなく、何とかなっちゃうのかも知れません。

しかし、私は、IFRSの問題というのは、単に「まったく新しい考え方を一から学ぶのがめんどくせえなあ」ということだけではないと思います。
つまり、IFRSを構築する会計専門家やIFRSを導入する政府等がまったく研究していないであろう、極めて重要なことが一点あります。

それは、全世界がIFRSを導入した場合に「世界経済の動学的な様相がどう変化するか?」という点であります。

 

今回の金融危機について思い出してください。

今回の危機は、証券化や格付けなどのしくみが複合的・動学的に作用して、本来想定していなかったような社会の挙動が生じたものかといえるかと思います。
平たくいうと、サブプライムローン等の金融商品の取引の参加者は、もちろん、その原資産の性質や、それがどう証券としてパッケージ化され、どういうリスクを負うかという、「プロセス」や「しくみ」はそこそこ理解していたんじゃないかと思います。

ただ、そうした商品が世界で国境無く取引されるようになった場合、一度何かが狂うと、取引参加者が急減して流動性が枯渇し価格が暴落するというポジティブ・フィードバック現象が発生するのではないかといった視点は、ほとんど誰も持ち合わせていなかったんではないかと思います。

同様に、IFRSも、ほとんどの主要な人は、それがどういったものであるかという「プロセス」や「しくみ」は理解することになるんではないかと思いますが、それが全世界の企業に導入された場合に、社会全体がどういう挙動を示すかは全く想像してないんじゃないでしょうか?

そもそも「会計」というのは、個々の企業ごとの財政状態や業績について考えるフレームワークであって、社会全体を考えるためのものではありません。

このため、企業毎の会計数値の公表が他の企業に影響を与える相互連関性(correlation) について考える会計学というのは聞いたことがないし、会計専門家は、「それは社会学とか経済学の話でしょ?」と言うと思います。

ところが、会計基準を理解したり研究している社会学者や経済学者なんてのもあまり聞いたことがないから、結局、世界で誰もそういう視点でものごとを見ている人はいないはずなんですね。

特に、IFRSは時価(公正価値)を大胆に取り入れてますので、資産も負債も包括利益も、資産価値の変動によって、大幅に揺れ動くことになりますし、つまりそれは、公正価値を構成する、利子率、リスクファクター、将来キャッシュフローの見通しなどの個別要因が変化することによって、世界の極めて多数の企業の会計数値が同時に同じ方向に大きくブレる度合いが高まることを意味するはずです。

少なくとも今までは、各国別に会計基準は違ったので、社会がどう動こうと、ある企業の資産の大半は「原価」で評価されてどっしりと動かずにいたり、他方では時価で評価されたりと、よくも悪くもバラバラでした。
しかし、そのベクトルがそろってくるわけです。

「会計って、過去の結果を記録しただけのもので、そんなものが実体経済に影響を与えるわけないんじゃないの?」
という認識は今や大きな間違いではないかと思います。

広範な資産や負債が公正価値で評価されるということは、それは、将来キャッシュフローの予測やリスクの程度の認識などを通じて、人々の「未来」に対する認識を取り込んだものに既になっているわけです。

また、会計上の数値は単なる「過去の結果」ではなく、企業や個人の意思決定や行動に大きく影響を与えるわけです。そうした会計上の数値が、コベナンツや金融商品のトリガーとして使われることによって、ますます社会は自動的に相互連関する度合いを強めています。

しかも、昔と違って、企業の業績は3ヶ月毎に公表されますので、そのフィードバックのプロセスもはるかに速い

今回の金融危機の本質は、証券化してリスクが分散されたものをパッケージ化してリスクの小さな商品を作るというのは、そこだけ部分均衡的に見れば非常に美しい理論で構成されていたけど、世界全体の視点から見ると相互連関性(correlation) がについて配慮がされていなかった、または配慮の度合いが低かったということかと思います。

IFRSも同様で、そこだけ部分均衡的に見れば非常に美しい。
しかしその導入によって、実は世界の経済の相互連関性が高まり、(もちろん、平常時はなんということもないはずですが)、いったん世界経済が思わぬ動きをした場合に、ものすごく跛行性のある経済になってしまうのではないかと考えられます。

つまり、昔の社会は、それぞれ別々の考え方の文化圏ごとに、よくも悪くも違う動きをしていたのが、IFRSが導入されるような社会では、「隔壁の無い潜水艦」のように「1カ所浸水するだけで、圧壊・沈没してしまう社会」なってしまうんではないでしょうか。
相互連関性はカオス的な事象なので、事前に説得力ある説明をするのは難しい。
今回の金融危機も、事前に「一度悪い方に動き出すと、全体が大変なことになる」と予言しても、誰も聞く耳を持たなかったと思います。
なぜなら、個々のミクロな要素のデータの分布や構造といったことが、具体的で説得力があるのに対し、 相互連関性(correlation)などというものは、起こってみないとどうなるかわからないので事前の説得力を持たないからです。

このため、世界に様々な「隔壁」(多様性)を残すことは、世界が連動して滅びるリスクを下げるために極めて有効な方法であるにも関わらず、そうしたリスクは抽象的で現実感がなく、他方、共通化によるメリットや全体的なコストの低下は説得力がある。

つまり、このブログで何を言おうが、世界は間違いなく「隔壁の無い方」に進んで行くのであります。

ということで、今からIFRSを勉強しはじめてもムダになることは決して無いと思われますので、みなさまにおかれましては心置きなくIFRSの勉強に専念していただければと思います。

【追記16:58:
結論がわかりにくかったようですが、「隔壁の無い潜水艦」になるリスクにも関わらず、また、好むと好まざるとに関わらず、IFRS化はもう誰にも止められないと考えているわけであります。
そして、何か1カ所「浸水」するようなことがあったら、もしかすると今回の金融危機以上のショックが世界中を襲うのではないかということです。】

(ではまた。)

 


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