「アゴラ」に掲載された、池尾和人教授の「価値破壊的な活動は抑止されなければならない」から。
情報の非対称性の存在を前提にすると、ミドルリスクの貸付市場というのは、安定的には存在し難いものだと考えられます。要するに、ハイリスクの借り手とミドルリスクの借り手を識別できないと「レモン問題」が起きて、ハイリスクの貸付市場しか成立し難くなります。もちろん実際は、担保を差し出せるその他のシグナルによって自らがローリスクであることを示せる借り手に関する市場は存在することになりますから、ローリスク向けの貸付市場とハイリスク向けの貸付市場に2極化するのが、理論的には、最も起こりやすい状況だと考えられます。
それでは、商工ローンとかがやっていたビジネスは、いったい何なのかということになります。商工ローンのみならず、ほとんどのノンバンクについて、一般の銀行に比べて、とくに審査能力が優れていて、ミドルリスクをハイリスクから識別できたとは考えられません。そもそも、商工ローンのマーケティングは、事前審査に力点などおいておらず、きわめて簡便な手続きで融資を実行するというものですから、リスクの識別に優れているとはとても思えません。
にもかかわらず、商工ローンがミドルリスク向けに貸付を行っていたのは、「取り立て」に自信があったからです。
ということで、ミドルリスク向けのビジネスが成立するのは、「腎臓売って金返せ」に代表されるような「厳しい取り立て」が行えるからだ、という理解をされてらっしゃるようです。
「日本の貸金業者が悪く無かった」なんてことは申し上げるつもりはないですが、その池尾さんの理解にはちょっと違和感があるので、ミドルリスク向けの貸出しは過度な回収を前提としなくても存在しうる、という点について述べたいと思います。
1.消費者金融と商工ローンは全く異なるビジネスモデル
世間のほとんどの方は、消費者金融も商工ローンも「高利貸し」という同じイメージで考えてらっしゃるかと思いますし、池尾さんの文章もここが区別されてないのが違和感のもとの一つになっているかと思いますが、この2つのビジネスモデルは大きく異なります。
(従来の)消費者金融は、ご案内のように、マス媒体での広告を大々的に行い、それを見て来店した顧客に対しての貸付を行います。つまり「新規顧客のニーズに即時に応じる」業態です。
これに対して商工ローンでは、基本的に飛び込みで来た客には絶対に貸付を行わないのが原則。つまり「顧客のニーズに対応しない」という変わったビジネスなわけです。
店舗も、消費者金融の店舗が駅前等の一等地や郊外の車通りが多い道沿い等にあるのに対して、商工ローンの店舗は、市街地からややはずれた場所、地方ではバイパス沿いのへんぴな場所などにあって、目立つ看板も出してなかったりします。これはそもそも客の来店を想定していないからです。
なぜこうなっているかというと、特に事業金融の場合に、顧客から「お金借りたいんですが」と来る場合には、そのほとんどが(池尾さんもおっしゃるとおり)「レモン」だという経験則があるからだと考えられます。
新銀行東京や日本振興銀行の開業時に「困っている中小企業を助けます」といった趣旨のことを標榜したのは、(直感的な正義としては正しいことをしたのだと思いますが)、自ら「レモン」を招き寄せることになるのは明らかだったと思います。
また、程度の差こそあれ、通常の金融機関も、優良そうな企業を見つけて金融機関側からアプローチするのが基本で、窓口に来た客の中から貸付先を探す業態ではないと思います。
私は、80年代の消費者金融や商工ローンの大手が上場する前の市場を調査している時に、当時の日栄の会長や商工ファンドの社長を含む主要各社社長にヒアリングをしたことがあるのですが、(その後のアップデートが十分ではないので、状況が変化した部分もあるかも知れませんが)、「来た客には貸さないのが原則」というのは、どのトップも明言してました。
2.貸金業者は「安全弁」になるか?
つまり、池田信夫さんが、
商工ローンのようなノンバンクは、荒っぽい融資回収などの問題はあるにしても、今のように大手の支払いが遅れやすい時期には、つなぎ資金を供給して黒字倒産を防ぐ安全弁の役割を果たしていたのです。
とおっしゃってますが、あくまで事後的に見た場合、中にはそういう役に立ったケースもあるということであって、経営者から希望して商工ローンを借りようと思った時に安易に金が借りられたかというと、そうではなかったのではないかと思います。
また、日銀の資金循環統計を見ると、2009年1〜3月期確報、2009年4〜6月期速報とも、金融機関(1)の企業・政府等向け貸出(Cdc )の値は3ヶ月で10兆円を超えるマイナスとなってます。
(前年2008年通期では179兆円のプラス。)
もちろん、これらのすべてが「貸しはがし」であるわけがなく、ほとんどのものは金融機関と企業が双方で合意して(つまり資金需要自体が無くなって)回収されたものだと思います。
しかし、もし仮にこの5%程度が「企業側が希望しない」残高減だったとしても、四半期毎で5000億円規模の資金需要になるわけですが、もともと数兆円(の下の方)しかない限界金融的枠組みである商工ローンは、そうした景気変動による巨大な資金ニーズに対応することは困難だと思います。
そうした「経営者が欲しいと思った時にすぐ借りられるニーズ」は、むしろ消費者金融の方で吸収されていたのではないかと思います。ただし、消費者金融では、サラリーマン等の安定収入がない自営業者のスコアリングはあまり高く無いので、大手ではそう借りられないのではないかと推測します。
また、以前に消費者金融業者の方に聞いた話では、
「世間の人は『サラ金は不況の時に残高が伸びる』と思ってる人が多いけど、実際には回収可能性を考えたら不況の時には貸せないわけで、残高が伸びるのは好況の時だ」
とのことでしたので、マクロ的に見て消費者金融がこうした「安全弁」になっているかどうかも疑わしいかと思います。
もちろん、これも事例として中には、
「いやー、消費者金融でちょっと金をつまんだおかげで従業員に給料払えたよ。遅配で騒がれたらえらいことだった。」
というケースはたくさんあるでしょうけど、あまりマクロ経済に影響を与えるレベルではない気がします。
3.消費者金融利用者は非常に広範
80年後半当時、全情連で名寄せした貸金業者利用経験者は延べ4000万人程度になっていたと記憶してますので、今や延べの利用者は5000万人とか6000万人にはなっていると思います。
池尾さんが、
むしろサラ金や商工ローンに手を出す借り手は愚かだと個人的には思っています。
とおっしゃってますが、「消費者金融を利用したから愚か」だとすると、日本の人口の半分以上がアホだと言っているのと同じことになりますね。:-)
私も(「愚か」とは申しませんが)、一部上場企業に勤務してる人クラスでも金利選好曲線がブッ壊れているという話もあり、また、元本×(1+r)nといった複利の計算ができる人というのは(小学校で習う四則演算でしかないのに)、日本人の5%から10%くらいしかいないんじゃないかと思うので、問題の根は深いとは思います。
そもそも、アメリカでは昔から銀行のリテール業務=クレジットカード発行=リボ払いによる消費者金融となっていて、消費者金融業というのはまさに銀行業務そのものだったわけですが、日本ではクレジットカードが通産省管轄で「縦割り行政」のために銀行自身がクレジットカードを発行していないという珍しい国であった等の理由から、ここがぽっかり空いていた。
その市場の隙間を埋めるべく発展したのが消費者金融専業者だったわけで、消費者金融領域においては、銀行や銀行系カード等の方が後発のニッチだったのではないかと思います。
また、利用者も非常に広範なため、「レモン」がまじっていても「大数の法則」でリスク分散できるところがミソかと思います。
また、池尾さんがおっしゃる「貸金業者の方が審査が甘い」というのも、少なくとも消費者金融業者については、あまり正しくないと思います。
伝統的に、貸金業者間では貸倒等が発生していない人の残高等の信用情報である「ホワイト情報」が交流していたのに、銀行やカード業者の間では「ブラック情報」しか交流していなかったわけです。
「他の業者で合計いくら借りているかがわからずに貸す」というのはバランスシート見ずに貸すようなもんで、それでは消費者金融業者より銀行系カードの方が貸倒率が上がるのもしかたない。
つまり、伝統的に消費者金融業者の方が「高度な」審査をしていたと言えるのではないかと思います。80年代後半から、すでに大型コンピュータで統計パッケージ等を使って顧客属性によるスコアリングの研究も進んでましたし。
また、消費者金融については、80年代後半には消費者金融専業者大手の金利は30%前半から20%後半まで下がっていましたので、数十万円程度の平均貸出額を回収するために、テレビドラマに出て来るようなアパートのドアに「金返せ!」というビラを貼るといったステレオタイプ的な回収方法を取るのはコスト的に困難になってきていたわけで、当時既に大規模コールセンターからの電話や裁判所を利用した郵送での回収中心になっていたかと思います。
マスコミの報道で「青少年の犯罪は近年急速に悪化している」と思ってる人が多いけど、実は統計的には凶悪犯罪は減少の一途をたどっているといった話と同様、ステレオタイプなイメージに引きずられることについては注意する必要があると思いますし、「そういう回収を行う業者や担当者もいた」という話と、全体のビジネスモデルがそうした回収無しには成立しないという話とは区別する必要があると思います。
4.伝統的な銀行が、なぜミドルリスク融資ができなかったか?
伝統的な銀行の融資で、なぜミドルリスクの融資ができないかというのは、「厳しい取り立てをしないから」とも言えますが、より本質的には、先日の記事でも申し上げたとおり、(1) 個別の融資が「繰り返しゲーム」の中に位置づけられ、かつ、(2) 企業間等で情報交換が行われることを想定して行動する必要がある、ことに起因するものではないかと思います。
これに対して商工ローンは、「1回限りのゲーム」で借り手間でのレピューテーションの情報交換もあまり気にする必要がなく、「契約”書”どおり」の回収を行える立場にあったかと思います。
なぜかというと、こうした商工ローンの市場規模は、せいぜい数兆円の下の方の規模であり、500兆円にのぼる金融機関の企業等向け融資とは全く規模が違う「超ニッチ」の金融だから です。
また、日本の金融機関は、全体としては上位下逹的な風土であるものの、個別の案件についてはボトムアップ的であって、銀行全体としての債権のポートフォリオ管理やリスク管理が遅れて来たという側面もあるかと思います。
これに対して、商工ローンというのは、 たいていは(かっこよく言えば)「本社一元管理」という完全トップダウン型のポートフォリオ管理が行われて来たのではないかと思います。
銀行などの金融機関では、 基本的には各支店で業績管理が行われ、しかも低リスクな融資を基本にしているので、ミドルリスクの案件は取り扱いづらい。本来は、銀行全体でミドルリスク分野に対して貸倒れ額以上に利鞘が取れれば利益が出るので取り組むことが経済合理的なはずですが、評価単位が支店毎・個人毎になると、将来のある優秀な支店長や行員としては、貸倒れのリスクがちょっとでもあるような対象に貸して万が一本当に貸倒れた場合には、大きな失点になります。
ご案内の通り、銀行の貸付の利鞘というのは非常に小さいので、1社貸倒れたら、その何十倍の会社への貸付金から発生する利益がいっぺんで吹っ飛ぶわけで。
つまり、全社で考えれば経済合理的なことが、「支店」という非常に小さいポートフォリオで業績を考えると実行できないということが発生しているのではないかと思います。
これに対して、商工ローンのある大手では、銀行等から転職して来た審査経験者を工場のように本部に並べ、その社員が、全国の企業の中から融資ができるであろう企業を信用情報などを元にピックアップし、全国の支店にFAXでそれを送信していました。各支店では、担当者がそのリストをもとに一軒一軒アタックして必要とされる書類を徴求し、それを本部に送って、本部の審査部門で融資ができるかどうかの判断を下す、という完全な中央集権型モデルです。
つまり、「レモン」をつかまないように、末端の社員は一切信用せず、 審査は金融機関経験者による集中管理にしていたということですね。
つまり商工ローンというのは、大きく見れば、こうした既存金融機関の組織論的・リスク管理的なアノマリーをついたニッチ的業態であって、「情報の非対称性(レモン市場)」があるからミドルリスクの市場には対応できないとか、「厳しい取り立て」だけが優位性であった、ということではないと思います。
5.ミドルリスクマーケットには「全体での一元的リスク管理」が必要
こうした「全体でのポートフォリオ管理」というモデルは、その後、大手リース会社やメガバンク等の商品にも取り入れられています。「レモン」をつかまないためにマス広告もしないので、そういう商品は一般の人には認知されていないと思いますが。
こうした商品は、従来のように「ボトムアップ」ではなく、完全に本部で業種別・地域別等にリスクが分散できるように候補を選び、それを各支店に投げてアプローチさせ、全体でのポートフォリオ管理を行っています。
金利が利息制限法の範囲内という違いこそありますが、銀行融資よりははるかに高い金利で貸付け、貸倒れは全体の利益で吸収できればいい、というモデルという点では商工ローンと同じかと思います。
こうした業種別・地域別にリスクを分散するというのは、サブプライムローンのCDOとも同じ考え方です。
サブプライムローンとの違いは、
- 第三者に持分を売るわけではなく大手リース会社やメガバンク等が自己ポジションで貸付けを行うので、モラルハザードが発生しにくい構造である
- 市場で取引されるわけではないので、証券化された商品を譲渡しようと思ったら市場の流動性がなかった、ということもない
といった点で、「リスク分散をすれば全体でのリスクが下がりミドルリスクマーケットに対応できる」という考え方それ自体が間違っていたわけではないと思います。
「繰り返しゲーム」を想定していない対象先への融資になるので、基本的に対象は「継続的におつきあいしたい先」では必ずしもなく、前回の記事でもご紹介したこういったことにもなるのではないかと思います。
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以上、完全にきちっと統計を分析したり、最近の状況をヒアリングしたわけではないので、どなたか近況をご存知の方はコメントいただけるとありがたいです。
(ではまた。)
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磯崎さん、参考になりました。
あの記事では、ちょと売り言葉に買い言葉的に、少し乱暴な議論をしてしまったかなと反省しています。それで、私の記事のコメント欄でも書きましたが、「SFCGの大島謙伸が作り上げた属人的なビジネスモデル」と商工ローン一般のビジネスモデルを区別しないで議論してしまいました。おっしゃるような意味での「健全な」商工ローンのビジネスモデルが考えられないわけではないと思います。
消費者金融についても、上限金利が下がってくると、経済合理性から「厳しい取り立て」をしなくなるということを書かれていて賛成です。改正法はそれを狙っているのだというが、私の主張です。ただし、大手消費者金融の従来のビジネスモデルは、下に中小業者/零細業者/(ヤミ金)が存在していることを前提にした(借りて返させる)ものなので、本当に彼らのスコアリングモデルが(事前の意味での)リスク識別に優れたものだといえるのかについては、疑問を持っています。
−−池尾
早速コメントありがとうございます!
いろいろ再コメントさせていただこうとしたら、長くなりそうなので、取り急ぎ御礼まで。
(ではまた。)
個人の破産が簡単になれば、解決しますよ。それと、個人が借り入れする場合、警察に届け出て、パソコンの中にしっかり記録されて、迅速に保護されるようにすることでしょうね。金融のシステムの問題でなくて、生活権に対する個人がないがしろになってきた結果であって、これが改善されない限り、ザルで水をみたいなものです。個人から比べれば、大企業ほど、優先的に支援されているし、された後、社会に対して感謝をもって仕事をしているように思えないことのが多い。特に、金融の大企業。
さる銀行で融資の管理をしていますが、書いておられることに全く同感です。銀行は、支店単位で与信ポートフォリオを管理しているので、中程度のリスクを取るような営業は中々できません。私のいる銀行では、スコアリングシステムを用いて商工ローンのような商品を手掛けていたこともありましたが、結果は大失敗で、早々と取り扱いをやめてしまいました。それと、大手の消費者金融の商品を間接的に扱っていたこともありますが、統計学を活用して、銀行等より洗練された審査をしていると思います。取り立ても、怖いお兄さんを雇って個別に対応していたら、到底利益は出せないと思いますよ。
「3.消費者金融利用者は非常に広範」の最後の段落「凶悪犯罪は現象の一途」は、「減少」の間違いですね。
銀行と商工ローンとのリスク管理単位の違いは勉強になりました。
[economy]
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「厳しい取り立て」を前提にしないとミドルリスク融資はできないか?
Twitterのお蔭で磯崎哲也の表題記事を知った。要点を転載する。 銀行などの金
みなさんコメントありがとうございます。
「”減少”の間違いですね。」も修正いたしました。
(ではまた。)