遅ればせながら、東京高裁がUFJの信託部門の統合交渉の差し止めを命じた東京地裁の仮処分決定を取り消した件について。
仮処分とは何か
まず、そもそも今回の「差し止め」とは、民事保全法の「仮処分」にあたるものです。
民事保全法は、
第一条 (趣旨)
民事訴訟の本案の権利の実現を保全するための仮差押え及び係争物に関する仮処分並びに民事訴訟の本案の権利関係につき仮の地位を定めるための仮処分(以下「民事保全」と総称する。)については、他の法令に定めるもののほか、この法律の定めるところによる。
という趣旨の法律で、六法全書では、民事訴訟法や民事執行法と並んで載っており、仮処分命令は、
第二十三条(仮処分命令の必要性等)
係争物に関する仮処分命令は、その現状の変更により、債権者が権利を実行することができなくなるおそれがあるとき、又は権利を実行するのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発することができる。
2 仮の地位を定める仮処分命令は、争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができる。
3 第二十条第二項の規定(注:債権が条件付又は期限付である場合においても、これを発することができる)は、仮処分命令について準用する。
(以下、略)
という場合に出せることになってます。
地裁は、「争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするとき」に該当するとして仮処分命令を出したのでしょうし、高裁は、「独占交渉権には法的拘束力があ」り、「UFJによる七月十四日付けの住友信託への解約通知に法的根拠は無い」としつつも、「両社の信頼関係はすでに破壊されており、最終合意に向けて協議を続けることは不可能」なので、仮処分を行っても「著しい損害又は急迫の危険を避ける」ことにはならないと考えて、仮処分命令は取り消しという判断としたのではないかと思います。
各方面のご反応
日経新聞8月12日朝刊4面のコメントによると、
決定について、渡部晃・学習院大法科大学院教授は「海外の事例を見ても、独占交渉権の法的拘束力について他との交渉を差し止める権利までは認めないのが一般的で結論は妥当」と認める。
ただ「信頼関係の破壊により差し止めの権利が失効した」との論理構成には、「一方的に契約を破棄すれば権利を失効させられることになり、疑問もある」と指摘する。
また、企業法務に詳しい外立憲治弁護士は「こうしたケースで信頼関係が壊れるのは当然だが、それを理由に独占交渉権の効力を否定したら『独占交渉』の意味は失われる」と批判する。
また、同日の朝日新聞朝刊7面では、
近藤光男・神戸大大学院教授(商法)
基本合意書の法的拘束力を認めながら、交渉差し止めを認めないというのは意外な決定だ。法的拘束力を否定して基本合意書に効力がないというのであれば筋が通るが、信頼関係が悪化したという結果を理由にするのであれば法的拘束力の意味がない。こういうケースでは、損害賠償は認められる可能性が高いが、差し止めは難しいということになる。今後、企業の統合話は「状況が変わった」という理由でいつでも相手方に逃げられることを覚悟しなければならなくなり、約束や合意の意味が薄れてしまう。神田秀樹・東大教授(商法)
UFJグループと三菱東京グループとの統合協議を差し止めてまで、住友信託がUFJ信託との統合交渉を進めても、信頼関係は元に戻ることはないというのが今回の裁判所の判断で、ありうる考えだ。住友信託は今後、UFJに対して損害賠償を求めることができる。かつてなら、企業間の争いはお互いの話し合いの中で解決することが多かったが、株主への説明責任が重要視される中で、裁判所の判断を仰ぐケースは銀行に限らず増えそうだ。訴訟を利用しながら企業が活動する「訴訟社会」に入りつつある。
ということで、賛否両論ですね。
Blog系では、
強いていうならばそれは何かの間違いでしょう!?
http://krp.web.infoseek.co.jp/mt/archives/000200.html
「双方の信頼関係はすでに破壊され」という理由で仮処分決定を取り消したのはどうかなと思います。どちらかが信頼関係を壊したら、法的拘束力のある独占交渉権が無効になってしまうのでは、独占交渉権は無意味だといっているようなもので、独占交渉権の法的拘束力を認めていることと矛盾していると思います。
(中略)
「仮処分決定がなくても、損害賠償請求ができるではないか」という意見もあるでしょうが、仮処分決定があるからこそ、損害をこうむった側が優位に交渉ができるという考えはできないでしょうか。minori_takahashiさん;
http://www.minori.com/archives/law/2004/08/post_1.html
住友信託銀行との合意を反故にしたUFJグループに「お墨付き」を与えた高裁の判断には、背筋が寒くなりました。
と、比較的高裁の判断に対して批判的なご意見が多いように思います。
今回の教訓
確かに、「契約書に書いてあることを守らない」のはいけないことですが、それに対して民事保全を行う必要があるかどうか、というのは、またちょっと違うことも確かです。
krpさん曰く「仮処分決定があるからこそ、損害をこうむった側が優位に交渉ができるという考えはできないでしょうか」とのことですが、(確かにそりゃそうですけど裁判所が過度に被害者の肩を持つことはないわけで)、いずれにせよUFJが交渉のテーブルに着くことは無いとすると、すでに損害賠償請求で認められうる、今回の独占交渉権破棄による「直接」かつ「現実」に発生した通常の損害部分というのは、ある程度確定してしまっていて、仮処分決定があってもなくても、その部分の損害が増えたり減ったりすることもないとも考えられます。
ご案内の通り、不法行為による損害賠償請求では、因果関係がいくら存在しても、間接的な損害については一般に認められない(でないと、「バタフライ効果」または「風が吹けば桶屋が儲かる」で世界中のすべての事象について賠償しなければならない)ですし、現実に発生していない将来の損害(例えば、信託一位になれなかったことによる機会損失)などまで請求するのは厳しいかと思います。
今後、損害賠償請求の裁判にもなるのではないかと思いますが、その際に、裁判所がどの範囲を不法行為責任と認めるのか(例えば、交渉をしていた事務方の人件費やコピー代だけだとしたらちょっと安すぎる気もしますし、「株価が下落した」というなのが直接の損害に入るのかどうかというと入らないような気もしますし)、というのにも非常に興味があるところです。
また、これを機に、世の中の企業が契約書に書いてあることを守らなくなっちゃったら、確かに「背筋が寒く」なりますが、高裁は基本合意書自体に法的拘束力が無いということは全く言ってません。
むしろ(前向きに考えれば)、この高裁の判断をはじめとする一連のドタバタは、日本におけるM&Aの実務に「背筋が寒くならない」ための実務を定着させるために、非常にプラスだったんではないでしょうか。
つまり、今回の教訓として、今後やるべきことは、
・基本合意書には、必ず法的拘束力がある範囲を明示する。
・独占交渉権のように、信頼関係が崩れると契約で縛っても経済的な意味があまりない条項については、(可能なら)違約金を条項に盛り込んでおく。
ということ(で十分)ではないかと思います。(「強制執行または仮処分が可能である」、というような条項を入れることも考えましたが、上述の渡部晃教授の「海外の事例を見ても、独占交渉権の法的拘束力について他との交渉を差し止める権利までは認めないのが一般的」とあるので、どうなんでしょうか?)
今後、合意書にこれを盛り込めば今回のようなトラブルにはならないし、今回のドタバタがあったおかげで今後は、「違約金っていうと仰々しいですけど、”あの事件”みたいになっちゃってもなんですしね〜。ははは。」てな感じで言えば、以前よりも格段に(あたりさわりなく)、上記のような条項を合意書に盛り込めるんじゃないでしょうか。
「オプション」としての独占交渉権
ここで、「違約金として、いくらくらいを盛り込めばいいのか」という問題が発生します。
違約金条項のある独占交渉権を基本合意書に盛り込むということは、経済的に考えると、「いざ交渉を破棄された場合に、○○億円もらえる権利」というオプションまたはデリバティブを無償で発行する(しあう)行為、と考えられるのではないかと思います。
違約金条項として盛り込むのであれば、必ずしも損害賠償の裁判で取れる直接的な損害部分だけでなく、間接的な損害や将来の損害も含めることができるのではないかと思いますし。(法令や公序良俗に反しない範囲で。)
この違約金の額がいくらになるかというのは、一筋縄では出てこないと思いますが、この額をいくらにすればいいのかというvaluationの方法は、ちょっと考えてみても非常〜におもしろい。
(少なくとも、合併契約書を交わした後にそれを破棄した場合に考えられる損害額よりはかなり小さいのではないでしょうか。)
交渉に入る両者の「気合い」やこの交渉の「位置づけ」も違約金の額をどれくらいに設定するかで見えてくるというもんですし、そもそも、オプション価値という観点から考えておけば、何年もにまたがる独占交渉権の期間など設定するわけがないわけで。:-(
(ではまた。)
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