いわゆる「デイトレーダー」を含む株式市場で頻繁に売買を行う個人投資家については、いろいろ功罪が言われますね。「市場の流動性を高める(つまり、取引量を増加させることによって、注文の執行がより早く、確実に、なめらかに行われ、市場の機能を高める)」という好意的な意見もありますが、批判的な意見の方は、「プロのファンドマネジャー等に比べて知識不足で頭もあまりよくないのに、目先の利益だけを追って意味のない売買を繰り返しているやつら」というようなデイトレーダー像を持たれているようです。
証券取引に詳しい金融関係者やマスコミの方と話をしていてもそう思ってらっしゃる方が結構多いのですが、あながちそうとも言えないのではないかというのが本日のお題。
デイトレーダーを含む証券の売買を頻繁に行う個人投資家層というと「オンライン証券の顧客」ということになりますが、複数のオンライン証券会社のデータを拝見すると、驚くことに、それらのオンライン証券の顧客というのはほとんど常に市場平均に対して数%づつ「勝って」いるんです。(*追記2)
プロのファンドマネジャーでも市場平均を上回るパフォーマンスをあげるのは至難の業ということを考えると、個人投資家ってかなり「頭がいい」んじゃないでしょうか。もちろん、個人ごとに見ると、当然、市場平均を下回っている方も上回っている方もいるわけですが、「全体」としてはプロ以上のパフォーマンスを出しているというわけです。
この理由はいろいろ考えられますが、私のジャスト推測では、ここ5年あまりで、以下のような構造変化が起こってきたんじゃないでしょうか。
「執行コスト」の観点から見た個人投資家の特性
投資家から見た証券の執行コストは、一般に、よく下図のように表されます。
証券取引のコストというと真っ先に思いつくのが「手数料(Commission)」。
オンライン証券会社の登場によって、個人投資家も大口の投資家と同様の手数料率で取引ができるようになりました。手数料率が10分の1になれば、頻繁に損切りして損失のリスクを最小化したりもしやすくなります。
ただし、手数料はあくまで「氷山の一角」であって、パフォーマンスに影響する要素は他にもいろいろあります。
一般の個人投資家が機関投資家より有利な点として、「マーケットインパクト(Market Impact)」が考えられます。個人投資家が100万円だけ買うのであれば現在の取引価格で買えても、機関投資家が5000万円分買おうとすると、その銘柄の「板の厚さ」にもよりますが、株価がかなり上がってしまう可能性大です。結果として、同じ銘柄で同じタイミングで買った場合、機関投資家の平均取得コストは個人投資家の取得コストより上がってしまうはず。(結果としてパフォーマンスは落ちる。)
同様に、「Timing」のコストがあります。ある銘柄を個人投資家が100万円買うのなら30秒後に注文が執行される場合でも、機関投資家が5億円分取得しようとしたら、取引量から考えて数日間に分けて買っていかないといけないこともあり得ます。大口で注文を入れる機関投資家だと、この間の価格変動がコストになりうるわけです。
また、「こういう条件の銘柄があったら売買しよう」と考えていたのに買い損ねたり売り損ねたりする「Opportunity Cost」があるわけですが、オンライン証券会社の登場で条件注文が行えるようになったり、24時間思いついたときに発注できたり、または携帯電話等でも市況の確認や発注を行えるようになって、べったり発注端末の前に張り付いている機関投資家でなくても、この機会損失は小さくなったのではないかと思います。
一方、無料の株式情報サービスやアナリストレポートなども増えて、「Research Cost」は個人投資家でも非常に小さくなってます。というか、従来は機関投資家でないと入手困難だったが個人でも使えるようになった情報が、ここ5年間で爆発的に増えました。
おまけに、個人投資家の場合、「人件費」が表面化しません。
オンライン証券1社あたりの預かり資産残高はせいぜい数千億円程度ですが、その(少ない)資産を数万人〜数十万人の人が運用しているわけです。同じ資金量を、機関投資家なら、十数人とか数人で運用するかも知れませんので、個人投資家は得た情報を分析したり投資の意志決定をしたりするのに、潜在的にすごい(数百倍〜数千倍?の)「人件費」をかけているわけです。
当然、一人一人を比べると、プロのファンドマネジャーの方が、一般的な意味では「いい情報」を入手できたり、「頭もいい」かも知れませんが、「マス」で考えると一般の個人投資家(全体)というのは、すごく「インテリジェント」なんではないでしょうか。
これ(追記1/11 8:03 :つまり、人件費を払って同じことをやってもらってもペイするかどうか微妙だが、そうした「自発的な」行為で、市場全体が「よく」なっているとしたら、それって)、ある意味、Linux等のオープンソースのソフトウエアと似てますよね?
ソフトウエア会社で働く「プロ」の方のほうが、一般的な意味ではよく勉強もしているはずですが、そうした「プロ」が作ったソフトウエアより、膨大な数の「有志」が作った無料のソフトウエア群の方が(ものによるでしょうが)うまく機能したりするわけです。
Linux等の開発にも、実は潜在的に大きな「人件費」が隠れているわけですが、プログラムを作る方は、好きでやっていたり、自分で必要があって作っているわけで、その「人件費」は表面化しません。
個人投資家も(分析の高度さや精度はさておき、)1投資単位あたりにかける時間も機関投資家より大きいし、一つの注文に対する「思い入れ」も大きいのではないかと思います。
−−−
「デイトレーダー、けしからん」みたいな評論家的意見じゃなくて、インターネットやオンライン証券会社の登場によって証券市場がどう変化したかという学術的な研究は、(特にアメリカあたりには)存在しそうな気がしますが、まだちゃんと探してません。どなたか、そういった研究をご存じの方がいらっしゃったら、教えていただければ幸いです。
(ではまた。)
(*追記2:損益の計算方法については要検討かも知れません。
「信用取引損益だけ」とか、個人投資家の中でもかなり知識をお持ちの層のパフォーマンスということはありえそうです。信用の保証金に対する率ということは無いと思いますが、期末の残高に対する損益も含めたものか、実現した損益だけか、分母がどうなってるのか、等細かいところは要チェックですね。
機会があったら調べておきたいと思います。)
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前段のところはおっしゃる通りかなと思うのですが、OSSとの比較はちょっとどうかなと思います。
OSSの場合は、実際に一つのソフトウェアを作り上げていくという過程のなかで、いろんなアイデアや意見を集約していくわけです。ですけれど、有象無象の個人投資家全体をリードするようなモデレーター的な人がいるわけではないので、ちょっと違うかなと思うわけです。インデックスなんかで行われた小判鮫的なトレーディングでも、性格的には違う現象ですよね。
デイトレーダーが増えて証券市場が変化したというレポートは、ぼちぼち出始めています。具体例は失念してしまったので、見つかったら御連絡しますね。
[linux][stock]『デイトレーダーとLinux』無理は承知の上の極論か?
当然、一人一人を比べると、プロのファンドマネジャーの方が、一般的な意味では「いい情報」を入手できたり、「頭もいい」かも知れませんが、「マス」で考えると一般の個人投資家(全体)というのは、すごく「インテリジェント」なんではないでしょうか。 これ、ある意脈..
中妻さん、ぬえさん、どうもです。
「似てる!」と思って書き出してみたら、あまり似てない気もしてきたのですが(笑)、タイトルつけちゃったので。すみませーん。
似てると思ったのは、「人件費が隠れている」というところ(だけ)です。人件費を払って同じことをやってもらうのではペイするかどうか微妙だが、そうした「自発的な」行為で、市場全体に「流動性(liquidity)」が供給されて市場がよくなっているとしたら、それは(Productとは呼べないけど)一つの「成果」ではないかと思った次第です。
もちろん、オープンソースの参加者は自らの「利益」を追求しているわけではないですし、デイトレーダーの方が「一つのものをみんなで作り上げよう」と考えて行動しているわけでもないので、「全く違うやんけ!」と言われれば「はいそうです」としか申せません。
本文に一部追記させていただきました。
>ぬえさま。
私も探しますが、レポート見つかりましたらよろしくお願いいたします。
単に「取引に占める個人の比率が増えてます」というのではなく、「(例えば)中小型株の値付率がよくなった」とか、「個別株のボラティリティが全体としては小さくなったが、特定の株については上がっている」とか、そんな感じのデータがありましたら。自由化でいろんな制度が変わったので、デイトレーダーの影響だけ抽出するのは難しいかも知れませんが。
ではまたー。
>市場平均に対して数%づつ「勝って」いる
の算定方法が気になる。
>mor様
そうなんですよね。算定方法によっても違って来ますし。
(可能であれば)、今度詳しくチェックしてみます。
コメントありがとうございました。
ではまた。
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