商事法務No.1739に掲載された、「条件決議型ワクチン・プラン」の設計書〔上〕(武井弁護士他)を拝読いたしました。
〔上〕と書いてあるので、〔下〕とまとめて読もうかと思っていたら、次の号の商事法務を読んでも〔下〕が載ってません。(追記19:26:今、47thさんのブログを確認したら、「上は」と書いてあるので、やはり「下」もあるんでしょうね。)
ということで、「条件決議型ワクチン・プラン」について、遅ればせながらどうでもいいコメント(というか私の個人的備忘録)をば。
スキームのポイント
この論文のポイントは、ずばり、
条件決議型ワクチン・プランでは、差別的行使条件が付された新株予約権の無償割当(新会社法二七七条)をあらかじめ「停止条件付」で決議する。
という部分かと思います。(87ページ)
新会社法第277条は、
(新株予約権無償割当て)
第二百七十七条 株式会社は、株主(略)に対して新たに払込みをさせないで当該株式会社の新株予約権の割当て(以下この節において「新株予約権無償割当て」という。)をすることができる。
となっており、次の第278条は、
(新株予約権無償割当てに関する事項の決定)
第二百七十八条 株式会社は、新株予約権無償割当てをしようとするときは、その都度、次に掲げる事項を定めなければならない。
一 株主に割り当てる新株予約権の内容及び数又はその算定方法
二 (略)
三 当該新株予約権無償割当てがその効力を生ずる日
四 (中略)
3 第一項各号に掲げる事項の決定は、株主総会(取締役会設置会社にあっては、取締役会)の決議によらなければならない。ただし、定款に別段の定めがある場合は、この限りでない。
となってます。
「停止条件付」というのは、おそらく、この278条1項3号の「当該新株予約権無償割当てがその効力を生ずる日」という決議事項の部分を、
「ある者が、(発行済株式総数の5分の1を超える株式を取得する等の)トリガー条項(論文では『フリップ・イン条項』)に該当することとなったことを当社取締役会が認識し、公表した日から起算して○日後」
というような形で決めておく、ということではないかと思います。
「停止条件付き」という部分については、ブログ「ビジネス法務の部屋」で山口利昭弁護士が、新株予約権の発行のような「団体法上の行為について、民法上の「停止条件」というものを付すことが法律的に可能かどうか」という問題提起をされてます。
法律的な議論はよく存じませんが、経済的な観点から考えると、法律で上記のような条件決議を禁止することで、何か(その分 社会が発展するとか、ルールが明確になって調整コストが減少するとかの)メリットがあるのかというと、全く無いような気もしますが。(どうなんでしょうか。)
また、新会社法では定款自治が広く認められるようになったので、上記の278条3項のように、定款で定めればどの機関でも決議ができるようですね。
(「取締役会設置会社だけど株主総会で決議したい」、という場合には、まず、「(一定の条件の)新株予約権の無償割当てについては株主総会決議を要する」といった感じに定款を変更する決議をしてから、次の議案でその発行を決議する、といった感じになるんでしょうか?
「買収防衛策には株主総会決議が必要」という論旨も根強くあるようですが、形式的にいくら株主総会決議を経てもいても、目的が保身だったらダメとすべきだし、取締役会で決議しても、きちんとガバナンスが働いて株主のためになるんだったらOKじゃないかと思うんですが。ex.オーナーと安定株主で3分の2の議決権を取れてしまうようなコテコテのオーナー企業的公開会社の場合、どうなんだ?とか。)
コスト
実際にビジネスされている方が最も知りたいのは、主に「裁判で負けへんでっしゃろな?(法的安定性)」と「で、ナンボかかるんや?(コスト)」という2点でしょう。(商事法務の論文は格調高いので、こういった下世話な疑問にはズバっとお答えいただけないことが多いんですが。)
裁判所がどう判断するかは具体的な条件にも関わってくるかと思いますが、この方式の最大のウリの一つは「事前警告型」と並んで最もコストが安くて済むところかと思います。(弁護士さんの報酬を除けば、とりあえず取締役会議事録の紙代に毛が生えた程度でいいはず。)
導入を検討している企業からすれば、「信託型」が5000万円〜とウワサされるのと、だいぶ違うかと思います。
強制交換
新株予約権が無償で割当てられた後に、これを行使して株式を取得しないと、買収者の希薄化が実現しないわけですが、これも、
米国のフリップ・イン型ライツ・プランで採用されている強制交換(exchange)条項と同様の効果を得るために、株式を対価とした会社側からの強制取得条項(会社法二三六条一項七号イ)を付すことも状況によっては考えられる。
と、新会社法の強制取得の規定を使うアイデアが提示されてます。
会社法二三六条一項七号
当該新株予約権について、当該株式会社が一定の事由が生じたことを条件としてこれを取得することができることとするときは、次に掲げる事項
イ 一定の事由が生じた日に当該株式会社がその新株予約権を取得する旨及びその事由
ロ 当該株式会社が別に定める日が到来することをもってイの事由とするときは、その旨
ハ イの事由が生じた日にイの新株予約権の一部を取得することとするときは、その旨及び取得する新株予約権の一部の決定の方法
ニ イの新株予約権を取得するのと引換えに当該新株予約権の新株予約権者に対して当該株式会社の株式を交付するときは、当該株式の数(種類株式発行会社にあっては、株式の種類及び種類ごとの数)又はその算定方法
(以下略)
つまり、無償割当と強制交換を組み合わせれば、実際の事務手続きは株式分割で子株を一定の基準日の株主に付与するのと限りなく同じ手続きでできることになるかと思います。
コスト的には、この「オートマ」方式が一番安そうです。
(備忘メモ:買収者に割当てた新株予約権については、「ハ」で定める新株予約権の一部の条件に「買収者の関係者等でないこと」等とするのか、それとも、「二」で交付する株式の数の算定方法として、「買収者の関係者等はゼロ」、とするのか?)
発動後の事務手続き
実際にトリガー・イベントが発生して新株予約権を発行するときには、現行の商法では新株予約権には申込書が必要ですが、新会社法では無償で割り当てられるので「申込書を提出してください」という1往復が省略できるわけですね。
(新株予約権の申込手続きの複雑さについては、
「インボイスの新株予約権申込証、来ました」
のあたりの一連のインボイスさん関連エントリーがご参考になるかと思います。)
また、新会社法における新株予約権は、原則新株予約権証券を発行する現商法と違って、「証券発行新株予約権」([新株予約権付社債に付された以外の]新株予約権で、当該新株予約権に係る新株予約権証券を発行することとする旨の定め[会社法236条1項10号]があるもの。会社法249条1項3号ニ)だけが証券を発行するので、おそらく、このスキームの新株予約権は、新株予約権証券を発行しないタイプになるはず。
つまり、現商法では、
となるところが、新会社法下でこのスキームを採用すると、
となり、さらに強制交換を使うと、
といった感じ。さらに、将来(平成21年6月までに)、上場会社の株券が電子化されることになると、
と、まったく株主との書類のやりとりをしないで完結することも可能になるかと思います。
株式交換とどこが違うのか?
一方、新株予約権の無償割当てと強制交換のタイミングがほぼ同時となってくると、「事前警告型の株式分割と何が違うねん?」という疑問もわいてきます。
事前警告型で株式分割をする場合には、基準日の株主名簿に従って機械的に新株が割り当てられるのに対し、新株予約権の条件決議の場合には、「こいつは買収者とグルと判明している人には新株が行かないようする」など、より微妙な調整もできる可能性があるという点が相違点の一つでしょうか。(「大砲」と「トマホークミサイル」といった違い?)
「オートマ」が最良か?
新株予約権行使の申込を行わず強制交換する「オートマ」方式では、株主に書類を書く負担や資金負担も発生しませんし、失権等で後でもめることもなさそうです。ただし、新株予約権者から「私は買収者やその関係者の要件に該当しません」という言質を取れないので、面倒でも行使または交換の申込をはさむ方がいいかも知れません。(どうせ発動しないとすれば、どちらでも同じ。)
ワクチンプランにより取得した株式もいっしょに後で買収者に売却する契約があるのに、それに該当しないと偽って申告して株式を取得した場合、まともな人ならその株式の法的安定性や行為の適法性については考えるでしょう。
また、プランの中身が理解できなかったり長期不在だったりで行使(交換)の申込ができなかった人については、「買収者の要件に該当しないと会社が認めた人には発行できる」ような文言にしておけば、なんとかなるでしょうか。(特に、シェアに関係しないような小口・多数の株主については。)
「差し止められにくさ」は?
私がスキーム毎の法的安定性を語るのはおこがましいのでやめときますが、どんなスキームを採るにせよ、例えば現経営陣が保身のために発動させようとしてる場合には差し止められてしかるべきだし、情報が行き渡らない中で不利な条件で会社が買われることを防止しようというような正当な理由がある場合には差し止められない、ということでないと、世の中のためにはならないかと思います。
(あるスキームを使えば、どんな買収者でもブロックできるんだったら、実際には経営者の保身もできるし、株主には不利益になるわけで。)
(本日はこのへんで。)
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休みボケ中
ネタはある。クライアントはお盆か明けたばかり、資料整理はする気がしないので手を付けない。
なのに帰宅しても何も書く気がせず、夜店で貰った金魚(掬えず、おまけで貰った)に餌をやりつつ、ぼーっと過ごしております。
公私ともに完全に休みボケですね。
そ…
TB頂きまして有難うございます。
相変わらず私のブログは拙くて、お恥ずかしい限りです。
磯崎さんが最終段落で指摘されているように、経営者の保身か否かが重要ですよね。
ポイズンピルを発動させるか否かの判断を適切に行う仕組みはと言った議論を皆が
もうちょっと行っていても良いように私は思うのですが。
理想モデルにあっては取締役会が判断する事柄でしょうが、それで経営者の保身では
ないと、投資家が納得できる日本の会社がどれだけあるだろうか。。。
TB&ご紹介ありがとうございます。
(下)だけかと思っていたら、共著者とやりとりしているうちに、どんどん長くなり、スターウォーズ並の3部作になってしまいました(笑)。
おかげさまで、(中)の方はそろそろ出るかと思います。
ご指摘の司法判断については、(下)にずれこんだようですが、私も「最後は裁判所で争われてなんぼ」と思っております。
停止条件と新株予約権発行決議
実はちょっと前にtoshiさんがブログで新株予約権発行決議に停止条件をつけることはできるのか?という問題提起をなされていました。 条件決議型ワクチン・プランに関する共著論文が同時並行で進んでいたので、あんまりブログ上で暴走しても悪いなぁ、というのがあって、堪..
TBありがとうございました。
ひさしぶりの磯崎先生の亀の甲ブログが帰ってきたようで、その解説の巧みさに思わず手を合わせて拝読させていただきました。
「巨人の星」で星飛雄馬が大リーグボール1号を完成させたとき、花形満が「ビーンボール」ではないか、と審判にクレームをつけました。しかし審判はこのクレームを却下しました。これは花形なりの祝福の表現でした。私の問題提起も、この類いのものです。(ちょっと話が古すぎましたか・・・)
みなさん、コメントありがとうございます。
>ひさしぶりの磯崎先生の亀の甲ブログが帰ってきたようで、その解説の巧みさに思わず手を合わせて拝読させていただきました。
ほめていただいてるんですよね。ありがとうございます。
「亀の甲」って、どういう意味でしょ?
(1) 堅い、という意味。
(2) 年の功は無い、という意味。
(3) ベンゼン環の別称。
>「巨人の星」で星飛雄馬が大リーグボール1号を完成させたとき、花形満が「ビーンボール」ではないか、と審判にクレームをつけました。
なるほど、条件決議型ワクチン・プランは、大リーグボール1号だったわけですね。(笑)
「必ず命中する」という意味でも、「大砲のタマではなくトマホーク」という私の例えは不適切ではなかったということでしょうか。(ではでは。)
isologueは毎朝かかさずチェックしています。
事前警告型、信託型などのライツプラン、そして、条件決議型ワクチン・プラン。
いろいろと防衛策が世に出ていますが、ひっかかることが2つあります。
�例えば、スティールパートナーズのような強面の外国人機関投資家が20%超保有したとして、「我々は会社をのっとるのではなく、あくまで純投資で株式を買っているのだ」といった場合、事前警告型の場合、対抗措置を発動できるのか?また、ライツプランの場合、新株予約権の償却を求められこれを拒むことができるのか?
�新株予約権を発動する際、株主名簿から買収者を除く作業をするわけだが、そもそも株主名簿にあらわれない外国人機関投資家を特定し排除できないのではないか?
明確な回答がなく悩ましいかぎりです。
>isologueは毎朝かかさずチェックしています。
それはどうもありがとうございます。
>�例えば、スティールパートナーズのような強面の外国人機関投資家が20%超保有したとして、「我々は会社をのっとるのではなく、あくまで純投資で株式を買っているのだ」といった場合、事前警告型の場合、対抗措置を発動できるのか?また、ライツプランの場合、新株予約権の償却を求められこれを拒むことができるのか?
(大量保有報告書とかの開示の話はさておき)、すでに20%保有しちゃった後、ということでしょうか?
そもそもこうした買収防衛策は、「強行突破」を思いとどまらせるという効果があるはずというところがキモ。(米国でも1件の例外を除いて実際に買収防衛策が発動したケースは無いとのこと。)特に外資系のファンドなどは、もし強行突破して買収防衛策により希薄化が発生して大損し、裁判でも負けたら投資家への説明責任が果たせない(「一か八か」というバクチは許されない)わけで、説明責任が果たせるような(事前にある程度論理的に弱点を指摘できるような)買収防衛策ではダメということでしょうね。
本文に書かせていただいたように、どのスキームなら裁判所で勝てるか、という判断は私の分を超えますし、買収防衛の「実態」による(よるべき)と思います。
>�新株予約権を発動する際、株主名簿から買収者を除く作業をするわけだが、そもそも株主名簿にあらわれない外国人機関投資家を特定し排除できないのではないか?
新株予約権の場合には、本文のとおり行使(交換)の申込を残す形を取り、「実質株主が買収者でない」という確認をそこで取れば、買収者は「ウソ」を付かないとその株式を取得することができなくなります。上場会社やファンドなどは、コンプラや法的安定性の理論的根拠がないと先に進めませんので、大きなバリアにはなるかと思います。
(直接のお答えになってないとは思いますが、このへんで。)