事業承継税制の「拡充」は、日本の競争力を下げる(・・・のではないか)

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昨日、有名なエコノミストの方を講師に招いた勉強会に参加させてもらったんですが、以下は、その席上で出た発言やご意見。

例えば、東北地方ブロックを考えてみると、秋田や福島からは、仙台にバスでわずか1,000円から1,500円で行くことができる。このため、秋田や福島の人は、地元の百貨店で買い物するよりも、仙台の大型の百貨店まででかけたほうがいいから、仙台だけが栄えて秋田や福島は地盤沈下するという一極集中化の現象が起きている。本来はこの淘汰の流れを「加速」することが必要なのだが、日本では、「それは地方切捨てだ!」という一言で、学者も政治家も思考停止してしまって、誰も本当のことが言えない。私も、もちろん地方の人の前では、こんなことは言わない。
また、北海道の有効求人倍率は1を大きく切っているが、名古屋では2倍もある。にも関わらず、北海道の人は名古屋に行かない。北海道の人に聞くと、「結局、なんだかんだ言って、ここの居心地がいいんだよね。」と。つまり、格差が広がっていることが問題ではなく、格差がまだ生ぬるいことが問題なのだ。

今後、少子化で日本の労働人口が減る中で、バングラデシュやイランから名古屋に来てもらって、日本語の勉強を一からはじめるのと、北海道から名古屋に人が移るのと、どちらが効率がいいか?北海道の人は日本語もしゃべれるし日本のビジネスの慣習にも通じている「即戦力」である。こちらの人材を活用する方が効率がいいに決まっている。にもかかわらず、この人は失業者として北海道でそれなりに暮らしていけてしまうのだ。
同様に、秋田や福島の百貨店がつぶれて、その人たちが仙台の百貨店に働きに出れば、その方々は即戦力なのである。
日銀が本来国際的にあるべき水準より低く金利を設定する等の政策によって、企業は支払う利息が減免され、本来つぶれるべき企業がまだ温存されている。本来、そういう秋田や福島の将来性の無い店が淘汰されるような金利水準に設定することが必要なのだ。

特に地方の方は、こうした考え方には強い抵抗感を感じられるでしょうし、昨今の情勢で、こうした意見が表に出てきて真剣に議論されることは(良くも悪くも)絶望的なので、残念ながら、日本全体が仲良く地盤沈下していく傾向が止まることは当面、無いでしょう。
昨日の日経新聞朝刊4面では、事業承継税制の拡充が取り上げられてましたが、これも同様ではないでしょうか。


エンジェル税制については、先日、ちょっと疑問を投げかけさせていただきました。
総合課税される所得から投資額が差っぴけるということは、税率の高い人ほど節税になるので、実態は「金持ち優遇税制」なんですが、「ベンチャー税制」というと、なんだか、「いたいけなベンチャー企業のためになり、起業を促進する」ように聞こえます。
でも、違いますよね?
ベンチャー企業にとっては1千万円は1千万円で、VCから出資してもらう代わりに個人から出資してもらったとしても、実は何もメリットが無いわけです。つまり、エンジェル税制というのは、文字通り、金持ちのエンジェルのための税制であって、ベンチャー企業のための税制ではない。
(今後、サブプライム問題で世界大恐慌になる、なんてことになれば別ですが)、これだけ資金がジャブジャブな環境下では、先日申し上げたとおり、ほとんどの場合、ベンチャー企業側はむしろ個人から投資を受け取らない方がいいはず。また、私の知る限りでは、(ネットバブル崩壊直後にオーバーシュートしている時期を除き)、(もちろん、イケてないベンチャーがツブれた例は、山ほどありますが)、そこそこイケてるベンチャー企業が、資金調達がうまくできないためにポシャった、という例は見たことがありません。
ということで、このエンジェル税制は、あまり経済にプラスにはならないと思いますが、一方で、さほど大きなマイナスにもならないと思われるので、まだいいとして。先ほどの東北地方の例のように、日本経済に大きなマイナスのインパクトを与えかねないのは、事業承継税制の方でしょう。
「相続税の負担が重くて事業存続の危機に陥っている中小企業」というと、なぜかみなさん、「蒲田や東大阪市にある世界的に競争力のある特殊技術を持つ小さな町工場」みたいな会社を思い浮かべるられるのですが、そんなイケてる中小企業って、ほんの一握りですよね?
(まだ、エンジェル税制の対象になるベンチャー企業というのは、「起業した」という一点だけ考えても、その勇気が賞賛されるべきと言えなくもないかも知れませんが)、「中小企業」というのは、ただ「小さい」ことだけが要件なわけで、イケてるかどうかは全く関係ない。
相続で問題になる中小企業のほとんどは、「社長が能力があるだけで社長が死んだら取り得がない会社」だったり、「そもそもイケてなくて淘汰されてしかるべき会社」だったり、「イケててすごい儲かっていて社長がベンツ乗ってる会社」だったり、といった感じかと思いますが、そういった企業の株主の相続税を優遇して、どういうメリットがあるんでしょうか?
面白いことに、日経のその記事が書いてある裏の5面では、サントリーがとんかつの「まい泉」を買収したり、ロッテホールディングスが銀座コージーコーナーを買収したり、という、子供への承継ではなく、「資本の論理」に従った事業売却の事例の記事が載ってるわけです。
例えばこういう食品産業は、今、ご案内のとおり世間からコンプライアンスの要求が厳しく突きつけられていますので、不慣れな社内のメンバーだけでそういう態勢を確立するよりは、ノウハウのある大企業に協力してもらうほうが、国民経済的にもメリットがあるはずです。
ところが、株式を売却したり会社を清算したりするのではなく、仮に、社長や物言う株主として効率アップを図る能力の無い「バカ息子」であっても、そいつに株式を相続させた方が得だということになると、態勢不備から将来、食品偽装問題が発生し、結局その企業のブランド価値が地に落ちる・・・といった事態も想定されるわけです。中世でもないのに世襲がまかりとおって、最も適材適所な株主や経営者に経営が引き継がれない、というのは、そっちのほうが国家的損失が大きくないですか?
また、この税制によって、一見、雇用維持が図られるように見えますが、ホントでしょうか?この税制が適用されるのは、中小企業基本法で定める、資本金が(3億、1億、5千万、5千万円)以下の、それぞれ(製造業等、卸売業、サービス業、小売業)で、従業員はそれぞれ、(300人、100人、100人、50人以下)、の会社にしか適用されないとのこと。
ということは、節税対策としては、資本金が多すぎるようなら資本金の減少(減資)をすればいいわけです。前にも書きましたとおり、資本金というのは、今や、会社の実体にはあまり関係ない、単なる「外づら」でしかありません。例えば製造小売なら小売部門を廃業して製造業だけにしたほうが要件に当てはまりやすくするとか、というリストラの動きもあるかも知れません。
また、従業員が基準をオーバーしている場合、適当な理由をつけて従業員をクビにしたり、そうでなくても自然減にまかせて新たに人を採用せず、前向きなことはとりあえずストップ、という手が一番安易なわけです。
(追記:コメントで、資本金要件と従業員数要件は、「or」なので、従業員数要件で引っかかる場合には、減資を選択するのではないか?というご意見がありましたが、確かにおっしゃるとおりなので消しておきます。)
そうした積極的な事業展開を控える行動が、はたして日本経済のためになるでしょうか?もし上記のようなことが起こるとすれば、雇用維持の逆、じゃないですか。
もちろん、あまりにあからさまな租税回避行為は否認されるでしょうけど、相続税対策なんてのは、数年かけて行われるのが普通でしょうから、いかようにでも理由は付けられるはず。
こういう気前のいい税ばら撒きの話は、当然、対象となる人から文句が出るわけないですし、「困っている中小企業の雇用維持のために!」と言われれば、誰も文句が言えません。しかし、上述のように、日本経済のためを思えば、決してやっちゃいけないことじゃないかとも思うのですが、みなさん、いかがお考えですか?
(ではまた。)

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8 thoughts on “事業承継税制の「拡充」は、日本の競争力を下げる(・・・のではないか)

  1. 磯崎さんのおっしゃっていることは、一部は真実をついていると思いますが、次のような問題点があると思います。
    (1) 子供が親の会社を相続で継いだ場合に、将来、発展するかどうかは未知数のことが多いので、その時点で潰した方が国民経済上有利かどうかは不明です。他方で相続税は、10ヶ月後には有無を言わさず取られるわけですから、将来、イケテル会社になるはずの会社まで、相続税負担によって苦しむことになります。事業承継税制は、イケテル会社の成長の目をつむことを回避する意味があります。
    (2)イケてない会社は、いずれ潰れるわけですが、相続という偶然の事象で、潰れる時期を早める必要もありません。
    (3) 事業承継税制の是非を論ずる前提として、非上場株式の原則的評価方法が正しいのかという問題を論ずべきだと思います。株式の評価が「経営者の能力に大きく依存してる会社である場合には、経営者が死亡したときの株式の評価は、0円とする」とされているのならば、よいのですが、そうではありません。相続人からみれば、経営者の死亡後にみるみる赤字がふくらみ純資産が減少しても、死亡時の純資産方式で相続税は計算されるし、親の連帯保証を相続しているのに、保証債務は、相続財産から差し引かれません。
     事業を承継するということは、本来、相続財産として評価してもらえない債務やリスクを承継することであり、それを株式の評価の一要素として評価するという発想があってもよいと思います(もちろん、一律に80%減することがよいかどうかという問題は残ります)。

  2. …資源配分の最適化なんて、そんなに簡単なお話でないことは、お立ち場上よくご承知の上でのエントリと思いますので、いろいろ考えさせていただきました。
     まず、承継に当たっては、安定して利益の出ているはずの会社が数年に亘って赤字基調での決算報告をするために種種の努力を強いられるわけで、その辺り、優遇税制を利用すれば正直ベースでの申告ができるようになるというのは、他に代え難い美点と思います。…まあ、所詮は美醜の問題であって、プラグマティックな問題ではないわけであるのかも知れませんが…。
     また、課税当局にとって見れば、承継時点での税収をある程度諦めることによって、その前後の申告がより適正であることが期待できるものであるのかも知れません。…効果は甚だ疑わしいですが、逆に、不適正な申告に対してこれまでよりも強く出られるようになることが期待されているのかも知れません。
     あるいは政党レベルで言えば、赤字企業の割合そのものがより実態を反映して少なくなることが期待されているのかも知れません。
     8割を占める赤字中小企業の承継など、実態として食指が動くようなシロモノではないわけでありますが、承継を意識して諸表を汚すための無駄遣いをする必要がなくなれば、逆に企業の本当の価値が見えるようになるのかも知れません。…どう転ぶのかわかりませんが。

  3. 論旨を大きく覆すものではありませんのであくまでご参考ですが、中小企業基本法にいう中小企業とは、資本金要件と従業員数要件を「かつ」ではなく「または」で定義しているので、いずれも充足していない場合は、従業員解雇より資本金減資を選択するのが普通と思われます。

  4. 経済学の最近のホットイシュー「なぜ人は非合理的と思える行動をとるのか」に根っこは共通すると感じました。「こっちの方が効率的」と思えても、なぜか違う行動したり違うことを支持をする(例えばサンクコストの影響)。こうなると、混沌としているなという感じです。この問題に関していうと、「コスト」が目に見えるものではなく(これも機会費用ですかね)、ベネフィットは見えやすいので支持されやすいのだろうなと感じました(「天下り」叩きと逆のパターン)。以上、単なる感想失礼しました。

  5. 専門家でもなく経済の事に疎いのですが。
    >なぜかみなさん、「蒲田や東大阪市にある世界的に競争力のある特殊技術を持つ小さな町工場」
    >みたいな会社を思い浮かべるられるのですが、そんなイケてる中小企業って、ほんの一握りですよね?
    えーっとここに誤謬があって、生産に携わっている人はそれが技術力があろうがなかろうが、
    1人や1社などと言う単位でなく蒲田周辺になぜそういう地帯があって長々と産業構造を気づいているのか?
    思考停止して先にいくのが多い、研磨が凄くてもその資材って?どこ?資材が凄くてもその原料はどこ?
    私の叔父はプラスチック整形業を未だ行ってますが「中国産が余りに酷いから特需」で困ってますが
    周辺に日本国内の協力会社が減っていてそろそろ辞めないと…というなんとも惨い事になってます。
    いま経済のグローバル化で一瞬に富の還流ができるわけですがそれって一次原料げ堅調に生産されるのが前提なのであって
    その原因である中小企業や農業労働者(農業経営者でなく)に有効な政策をとるのは当たり前で
    それを使った隙間事業はそれ自体に罰則を設けないとどうしようもないのではないか?
    中世に商取引が勃興して国自体が疲弊したとき徳政令で商人の首を切ったのとグローバル化で格差や負けた市場を
    焼け野原にして最初からやり直すのの違いって
    そんなにないのだから当面打てるミクロな行為は必要悪としても肯定したほうがいいかもしれません?
    長い目でみて意味がなかったとしても労働者は生きているので。

  6. コメントありがとうございます。
    >「中国産が余りに酷いから特需」
    なるほど、日本の人が作るそこそこのクオリティのものであれば、今はかなりの需要が見込まれる、ということなんでしょうか。
    >周辺に日本国内の協力会社が減っていてそろそろ辞めないと
    というのは、相続税の問題なんでしょうか?
    「地価が高いので、工場潰してマンション建てて賃料収入を得た方が得。」
    というなら、相続税の問題にも思えます。しかし、工場潰して「マンション経営をする中小企業」に転業してもその株式の相続税が減免されるのであれば、あまり工場を残すことにはつながらない気もします。
    「日本の生産力を支える一次原料を扱う工場」というのはやはり「一握り」ではないでしょうか。「中国から粗悪品を輸入する商社」も、「中国からの輸入食品を出す飲食業」も、「中小企業」だからといってみんな相続税が減免されるのであれば、いずれにせよ、あまりSTしんさんの目指す方向性は達成されない気がします。
    (ではまた。)

  7. [日記・コラム・つぶやき]中国新聞は「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律案」を社説で支持表明

    ブログ担当者さん、こんばんは。お元気でしょうか? 2月になって一つも記事がエントリーされていないので、仕方なく 2008-01-26 の記事にコメントし…