シニョリッジと「資本損益の区分」とホリエモン

  • Facebook
  • Twitter
  • はてなブックマーク
  • Delicious
  • Evernote
  • Tumblr

以前、本石町日記さんの「通貨発行益(シニョリッジ)をめぐる勘違い」に対して、「図解シニョリッジ」というエントリを書かせていただいたんですが、最近、このエントリにトラックバックをいだたいだきました。

image002.gif

出所:日本銀行営業毎旬報告 (平成17年3月31日現在)より磯崎作成(再掲)

この通貨発行益に関する勘違いというのは、会計的に言うと、会計の基本コンセプトを書いた「企業会計原則」の一般原則の2番目に登場する「資本取引と損益取引の区分」に関連するお話であります。
つまり、「資本取引と損益取引の区分」を注意深く考えないといけないというのは、会計的には基本中の基本、最も重要なコンセプトの一つなわけですが、一般の人の頭の中には、やっぱりそうした観念は希薄なのかなあと、最近、いろいろ考えさせられます。
ホリエモン氏が最近またメディアにいろいろ登場されてますが、ライブドア事件というのはまさにこの「資本取引と損益取引の区分」が最大の論点なわけで、(それが「犯罪」に該当するのかどうかは裁判所の判断を待つとしまして)、会計の専門家ならぬホリエモン氏がこの点にさほど注意が行かなかったとしても、それはやっぱり無理からぬところだったのかもなあ、という気もする次第です。
最近拝見した放送大学の授業でも、「ん?」と思ったことがあります。


林敏彦教授のご担当の「経済政策I(’05)」の9月20日放送分の第11回「金融政策」の授業で、日本銀行副総裁の岩田一政氏(当時)にインタビュー(2004年6月収録)しているのを拝見したんですが、林教授と岩田氏の間で、金融政策の初心者にもわかりやすいように、

日本銀行は政府の一部ではなく独立した法人(株式会社ではなく日本銀行法に基づく法人)で、出資金は1億円で55%が政府、45%が民間保有、出資証券はあるが議決権も無いし、株主総会は開かれない。
発券銀行、銀行の銀行、政府の銀行。外国為替のマーケットに介入政策、財務省が所管する政策だが、日本銀行がマーケットで売買する。これも政府の銀行という機能の一部と考えられる。

といった問答(ここまではいいんですが)が行われたあと、

林:そういった取引から、利益や損失が発生することはあるんですか?
岩田:そうですね、基本的な日本銀行の利益といいますのは日本銀行券というのを発行しまして、その代わりにいろいろ金融資産を持つ、これは手形でありますとか短期の国債でありますとか長期の国債ですとかね、日本銀行券の発行と引き換えに日本銀行が保有している金融資産があるわけなんですけれども、そこで金融資産保有に伴う収益ですね、これは通貨発行益というように呼ぶことがあるんですけれども、これが基本的な収入だ、ということになります。もちろん、損失もですね、もちろん発生するということも起こりうるということで。
林:その通貨発行益と今、言葉をお使いになられましたけど、シニョリッジ(seigniorage)という、
岩田:はいシニョリッジ
林:・・・と言うわけですね。これは昔の荘園のお殿様の権利という意味ですね。
岩田:そうですね、はい。領主なりが自分で金貨なり銀貨なりを鋳造できるという
林:そうすると、今、日本銀行は日本銀行券を発行して・・・あの、たぶん印刷費用は安いんでしょうね。(笑)
岩田:ええ、そうですね。原価とお札の価格というのは別のものですので、その差額が、いわばシニョリッジのもとになるということになりますね。
林:そうすると、日本銀行に仮に利益が生じたということになる場合、これは誰に分配されるんですか?
岩田:ま、利益が生じますと、(以下略)

これ、最初に聞いた時には、
「りっぱな経済学者の方だけでなく、(経済学者とはいえ)日銀の副総裁までがお札の発行費用と額面の差を『利益』だと思ってる!?」
と愕然としたんですが、今、あらためてじっくり聞き直してみると、少なくとも岩田氏の発言は会計的にセーフですね。
林教授も、他にも生徒のために、金融政策の初心者の犯しやすいズレた質問をあえてされているところも見受けられるので悪気はないと思いますが、上記のやり取りを通して何も知らない人がさらっと聞いたら、額面とコストの差額が「日銀の儲け」だと思っちゃうのはほぼ確実なのでは、という気もします。
岩田氏が「セーフ」だというのは、「金融資産保有に伴う収益」という言葉を使って、(お札の発行コストと額面の差額ではなく、その発行の対価として取得した)、資産からのキャピタルゲインやインカムゲインのみを「利益」概念として認識されてますし、「その差額が、いわばシニョリッジの『もと』になる」と、差額が直接「利益」ではないとおっしゃってます。
(通貨発行益、という日本語がそもそもミスリーディングですね。
 社債を低利で発行できて、取得した資産の運用益が社債のコストを上回ったとしても、それは「社債発行益」とは呼ばんのじゃないかと思います。)
しかし、「シニョリッジ」という言葉がどの部分を指すかというのは調べてみると、実は微妙だということがわかります。
日本語版Wikipediaでは「通貨発行益」という項目は載ってないようなので、英語版Wikipediaで「seigniorage」を引いてみると、

Seigniorage(which can be used a adjective as well) (pronounced /ˈseɪnjərɪdʒ/ ), also spelled seignorage or seigneurage, is the net revenue derived from the issuing of currency.
Seigniorage derived from coins arises from the difference between the face value of a coin and the cost of producing, distributing and eventually retiring it from circulation.
Seigniorage derived from notes is the difference between the interest earned on securities acquired in exchange for bank notes and the costs of producing and distributing those bank notes.

ということで、コインの場合と紙幣(note)の場合では定義が違ってます。
紙幣の場合には、紙幣発行の対価として取得した資産の運用益とコストの差、とありますので、岩田氏の定義に近いですが、コインの場合には額面と費用との差額とあります。
このWikipediaが参考にしたのがBank of Canadaのseigniorageに関する解説のようなので、そっちを見てみますと、
コインについては、

Seigniorage derived from coins
The Minister of Finance pays the Royal Canadian Mint to produce and distribute all Canadian circulation coins. It costs the Mint about 12 cents to produce and distribute a dollar coin. Consequently, this Crown corporation generates for the Government of Canada approximately 88 cents in seigniorage on each $1 coin sold to financial institutions at face value. Since coins have a very long life and the government does not redeem surplus coins, seigniorage is generated at the time of sale and accrued to the Government of Canada.

つまり、カナダ政府がコインを償還しないので、コインを市中に出した時に会計的に収益が実現(accrue)し、「カナダ政府の」利益として認識する、ということですね。
これに対して、紙幣の場合には、

Seigniorage derived from notes
The Bank of Canada is responsible for issuing bank notes. Their life is relatively short—ranging from seven years for $100 notes to two years or less for $10 and $5 notes.
Since deposit institutions are able to return their surplus notes to the Bank of Canada for payment, these notes represent a payable liability for the Bank. For this reason, the accounting process for revenue and costs associated with the issuance of bank notes differs from that for coins. In compensation for the issuing of bank notes recorded as a liability, the Bank of Canada acquires interest-bearing federal government securities (treasury bills and bonds).
Seigniorage is the difference between the interest earned on the government’s securities portfolio, and the costs of producing and distributing bank notes. Unlike the seigniorage for coins, bank note seigniorage is collected in instalments over a period of years.

耐用年数が短いし償還もされるので発行時には「負債」として計上されるし、「seigniorage」は運用益とコストの差額になる、という説明です。
「額面を負債として計上して運用益だけをシニョリッジとするか」「額面と費用の差をシニョリッジとして認識するか」
紙幣と貨幣で違いが生じること、その理由など、収益の認識のタイミングがなぜこっちの方がわかりやすいですね。
(ではまた。)

[PR]
メールマガジン週刊isologue(毎週月曜日発行840円/月):
「note」でのお申し込みはこちらから。

コメントは停止中です。