Krpさんが、「国税庁関係者の本は信じてはいけないの?」で、パチンコ機器メーカー大手「平和」(群馬県桐生市)の元会長への追徴課税に関する最高裁判決を紹介されています。
元会長は、追徴課税されたことを不服とし、「国税当局者が編者に名を連ねた解説書に『個人から法人への無利子融資は課税されない』との見解が記載されていた」と主張して、国税当局を相手に課税処分の取り消しを求めていましたが、最高裁第三小法廷は二審での過少申告加算税計約34億円の課税処分を取り消しを破棄し、元会長側の訴えを退けました。
Krpさんは、「事前にその旨意思表示しないで問答無用に徴税実務を変えてしまうという国税庁のやり方には疑問を感じます。」と、ネガティブなご評価。国税当局が徴税方針をコロコロ変えるのはそれはそれで困りますが、私は、「国税庁関係者の本を信じられない」というのはある意味、いい流れではないかと思います。
税は経理部の仕事から法務部の仕事に
日経ビジネス2004年7月19日号の特集「人気弁護士ランキング」で税務部門第1位になった鳥飼重和弁護士が「税は法務部の仕事になった」という受賞コメントをされてます。
従来、上場企業は税務問題で国税庁などと戦うことはあまりなかった。我々弁護士は、ようやく訴訟を起こすという段階になって関与することが多かったが、最近は国税による税務調査段階から依頼が来るようになった。
更正処分の内容がひどく、法的手段で戦わないと株主に対しても問題になるといった背景があるようだ。(中略)
そこで大事なのは、税法で認められる処理をしたという証拠を残すこと。これは会計でなく、法律知識が必要になる。税は経理部専管ではなく、法務部に関係するものになっている。
とのこと。
今まで、税の実務というのは、「○○税務署の署長まで務められた当社の顧問税理士△△先生が、”おれが税務署とかけあってやるから”とおっしゃってくださってるので安心」てな感じで、課税がオープンなルール(つまり法律)ではなく、特定の「人脈」や「利権」によって左右されていた面が多分にありました。
こうした状況は、16世紀ヨーロッパの宗教改革の流れと似ているかも知れません。宗教改革前には、聖職者が「この免罪符を買えば、あなたも天国にいけます」てなことをやっていたわけですが、宗教革命では、「免罪符を買ったら天国に行けるなんて聖書のどこにも書いてないじゃん」「直接、聖書を読め」ということになったわけです。
今の税に関する状況も、そういう転換点を迎えているかも知れません。つまり「誰が言ったか」ではなく、「直接法律を読んで」「法律としてそう解釈できるかどうか」が重要になってきているのではないかと思います。
宗教改革は、15世紀中盤にグーテンベルグが活版印刷を発明し、聖書が「コモディティ化」して安く大量に普及してきていたことが前提にあったわけですが。現在の税の状況も、インターネットによって、税務関係の法律そのものももちろん、その解釈や判例についても「オープン」になり、無料で情報入手できるようになりつつあります。
オープンな世界では、「マニュアルを嫁」「過去ログを嫁」ってことになるわけですが、情報のオープン化で、税務においても「法律を読め」「判例を読め」という法律中心主義に向かう力が働くのかも知れません。
もちろん、税と法律の両方の感覚を持った弁護士さん税理士さんや法務部部員の方もまだ少ないわけで、急にそちらにドドっと流れがシフトするのも難しいかも知れませんが、まあ、文盲率の高かった宗教改革時に人々に聖書を読ませるのに比べれば、企業が「訴訟になったら勝てるか?」という観点から税務を見るようになる方が、かなりやさしいのではないかとも思います。:-)
(ではまた。)
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税実務判断の材料
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