おとといの「UFJの統合交渉禁止の仮処分」ですが、昨日伺った会社で、「磯崎さんにしては、結構、あっさりしか書いてませんでしたねー」といわれたので、本日は、もうちょっと「こってり」と書いてみます。
krpさんの書かれた「法的拘束力のある基本合意書」を引用させていただきますと、
私が気にしていたのは、なんで基本合意書そのものに法的拘束力があるみたいな報道をするんだろう、ということです。私の経験では、M&Aについて基本的に合意した段階で取り交わす文書(「Letter of Intent」とか「Memorandum of Understanding」とかいう文書名を当時は使いました)は、「legally non binding」(法的に拘束力がない)と明記していました。
このへん、一般的にはその通りではないかと思います。なぜかというと、krpさんおっしゃるとおり、
基本合意段階では、デューディリジェンスも不十分ですし、条件の詳細も詰まっていません。この段階の合意に「Agreement」並の法的拘束力を持たせると、買い手側に不利だというのが根底にあります。また、売り手側もよりよい条件での売却の可能性を残しておきたいという事情があったりするときもあります。
ということなので。
しかし、krpさんは、
28日付朝日新聞「UFJ「仕込み」裏目に」 によると、
「「第三者との合併等に関する情報提供または協議を行ってはならない」——。27日、東京地裁が下した仮処分命令は、「国民経済に甚大な影響が出る」と情状酌量を訴えたUFJグループの主張をあっさり退けた。信託売却をめぐるUFJと住友信託銀行の約2カ月の交渉経過をたどると、破談を恐れて基本合意書に法的拘束力を仕込んだのは、むしろUFJ側だったという皮肉な構図が浮かんでくる。」
結局、UFJ側が焦って基本合意書を法的拘束力のあるものにしたようです。
とお考えですが、私はちょっと違った予想をしています。
通常、合併交渉や投資の交渉の際の基本合意書(Term Sheet)は、前述のとおり全体としては「法的拘束力がない(legally non-binding)」とすると思うのですが、今回問題になっている独占交渉権や機密保持条項等の部分に限っては、「法的拘束力がある(binding)」とするのが通常ではないかと思います。
なぜかというと、基本合意書のすべての条項について法的拘束力がないとすると、お互いに出し合った営業上の秘密も使われちゃうし、他の人とも交渉し放題なら、そもそも基本合意書という形で約束をする意味がまったくないからです。
今回の基本合意書には何と書いてあったのか?
昨日の日経金融新聞に載っていた東京地裁の仮処分決定の主文の要旨によると、
一般に、当事者間で権利義務を定めた一定の合意内容を証する書面が作成された場合、特段の事情がない限り、当事者は合意内容に拘束される意思を有していたと推認するのが相当である。
基本合意書と独占交渉権を定めた条項は、原案を債権者側が作成し、債務者ユーエフジェイホールディングスの顧問弁護士による検討、債権者及び債務者ユーエフジェイホールディングスの各担当者による修正等を経て、最終的には債権者及び債務者らの各代表取締役の記名押印によって締結された。法的拘束力を有すると認められる。
とあります。
もし、基本合意書に「この基本合意書は(または独占交渉権については)法的拘束力を持つ」と明確に書いてあるならば、裁判官はわざわざ上記のようなことをウダウダ書く必要はないですよね?「契約書に法的拘束力を持つと書いてあるから法的拘束力を持つに決まってる」でいいはずです。
私は、この決定の主文要旨を見て、「基本合意書には、法的拘束力を持つとも持たないとも書いてなかった」というのが真実ではないかと推測します。法的拘束力を持つと明示してあるんだったら、いくらなんでも、そもそも交渉期間が残っているのに白紙撤回を宣言して、他の銀行との統合を表明する、なんてことはできなんじゃないでしょうか。双方の解釈に食い違いが生じるようなあいまいさが残るものだったからこそ、法廷に持ち込まれたということではないかと思います。(あくまで推測。)
前述の朝日新聞の推測も、この観点からは疑わしくなってきます。
もし、基本合意書に「両者は合併する」と明記してあるのだとすると、「(UFJが)破談を恐れて基本合意書に法的拘束力を仕込んだ」という推測もアリだと思いますが、さすがにそれはないんじゃないでしょうか。krpさんおっしゃるように、まだデューデリも済んでないわけですから。
結婚に例えると
「結婚」に例えますと、通常、基本合意書というのは「結婚を前提として付き合ってください」ということであって、「婚約」ではないです。
ステディに付き合ってる間に、「この人と一生暮らしていけるだろうか」と、いろいろな観点から「デューデリ」するわけで、「婚約」にあたるのは「合併契約書」(商法408条1項前段)ということになるかと思います。
合併承認のための株主総会(商法408条1項後段)を開催するのが「両親にも会ってくれないか」。(・・・ちょっと苦しいか・・・。「結納」?)
で、(債権者保護手続等を経て)本当に合併作業を行うのが「結婚」。
住友信託は、「ステディに付き合うっていったのに、他の男と付き合うなんて」ということで裁判所に訴えたはずであって、「結婚してくれなかった」から訴えたわけじゃないですよね?(気持ち的にはそうであったとしても、法律的には。)
デューデリも済んでない(つまり、どんな不良債権等の爆弾が隠されているかわからない)信託銀行と法的拘束力のある合併契約を結んでしまったんだとしたら、住友信託の経営陣が正当な注意義務を欠いていると言わざるを得ないし株主からも訴えられるかも知れない。
(つきあったこともないのにいきなり「婚約」するのは「軽すぎ」。)
さすがにそれはないとすると、基本合意書に書かれていた内容は、「婚約」ではなく、あくまで「結婚を前提にしばらくおつきあいしましょう」という内容ではないかと推測されます。
もし仮に、基本合意書に「両社は合併する」と明記してあったとするなら、逆に住友信託から破談にするときには、「あの基本合意書には法的拘束力があるなんて書いてなかった」という主張をしたはずではないかと思います。(仮にそうだとしたら、住信、ちょっとズルいね。)
逆に、もし「あくまでステディな交渉」と書いてあるだけなら、「UFJが焦って法的拘束力があるものに」という推測は意味がないです。(独占交渉権を法的拘束力があるものにしても、「必ず結婚してもらえる」わけではないので。「それもわからないくらい焦ってた」というのはないとして、ですが。)
ちなみに、昨日、弁護士さんと会ったので、おとといのエントリーで疑問として出てきた「仮処分の効力はいつまでということになるんでしょうか?」というのを聞いてみたら、「主文の詳細が報道ではわからないので何とも言えないが、当然、基本合意書にある期間まででしょう。」とのご意見でした。
そうであれば、基本合意書の期間を過ぎれば、UFJ信託もMTFGに合流できる、ということになりますし、この仮処分は「他の男とは結婚させない」という拘束ではなく、単なる時間の引き延ばしにすぎない、ということになります。
(ではまた。)
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