「期待値」による意志決定
minoriさんがblog「Law Maniac」で、経営の意志決定についての記事を書かれています。
・あなたは、株主のために、どちらを選びますか
・風を恐れるな − 株主価値の極大化のために
・frontier −チャレンジとリスクと
検討されてらっしゃるのは、例えば以下のような問題。
A社は、1,000億円の資産を持っているとします。
A社の取締役会は、Xという意思決定と、Yという意思決定のいずれかを選択しなければなりません。
いずれの意思決定についても、10億円の投資を必要とします。
意思決定X
成功率は75%で、成功した場合、A社は20億円を得ることができますが、失敗すれば投資額の10億円を失います。
意思決定Y
成功率は90%で、成功した場合、A社は10億円を得ることができ、失敗しても投資した10億円を回収することができます。
取締役会の議論は拮抗しており、代取のあなたの意見が大勢を決します。
あなたは、株主の利益のために、どちらがベストだと判断しますか?
(解答は、上記の記事リンクをご覧ください。)
もちろん(ケチを付けるわけではなくて)、教科書的なシンプルなケースとしては全くこれでいいと思うのですが、実際の企業における意志決定はより複雑なわけで、例えば、75%の成功確率ということが確実にわかってる案件というのは、まず存在しないですよね。(教科書的な例として書かれてらっしゃるわけで、繰り返しになりますがminoriさんにケチを付けてるわけじゃありません。)
もちろん、「意志決定Xの場合20億円が手に入る」というように、キャッシュフローの額が確定してることもめずらしいでしょう。
DCFやNPVによる検討
もちろん、業種や対象によっても意志決定のやり方は異なってくるはずです。不動産の案件とか、大企業のエンタープライズレベルのお話なら、DCF(Discount Cash Flow)法でも説得力があることが多いと思うのですが、(参考文献:例えば、)
多くの案件では、そもそも、将来キャッシュフローやリスクウエイトをどの程度に設定すればいいのかという部分が「鉛筆なめなめ」の世界になってしまうことも多いのではないかと思います。
「総合的に勘案」とは?
実務では、結局、いろんな要素がからみあうので、minoriさんの設問に類似するようなケースでも、「・・・というような損益、および○○、○○、○○等の諸事情を総合的に勘案し」ということになると、上記の「正解」と違う意志決定をしたとしても、経営判断の原則や取締役の善管注意義務違反で取締役の責任を問うことはかなり難しくなる気がします。
(議事録とは違って、ホントは何にも検討せずに社長の独断で決めていた、というような証拠でもない限り。)
絶対に自信のあった案件を「総合的に勘案し」というノリで上司や顧客に握りつぶされたりして、「チキショー、絶対オレの案の方がいいのに・・・」と安酒場で酒を飲みながらグチをこぼした経験をお持ちの方は、今までの人類の歴史の中で、推定1000万人くらいはいらっしゃるんじゃないでしょうか。(ちょっと多いか?)
シナリオによる検討
日本の普通の大企業では、期待値とかDCFで数字的にカチっと意志決定できないようなもので、振れ幅が大きそうなものは、「シナリオ」で意志決定することが多いんじゃないでしょうか。
つまり、「成功したケース」「most likelyなケース」「ワーストケース」みたいに3つくらいシナリオを作って、「ちゃんと検討しました」という形を取る方法です。
モンテカルロシミュレーション的意志決定
このシナリオをより一般化させた方法として、モンテカルロシミュレーションを応用した方法による意志決定が考えられます。
モンテカルロシミュレーションとは、その名の通り、コンピュータに「サイコロ」を振らせて、多数のケースを生成し、それに基づいてシミュレーションをする方法。
基礎からこの理論を勉強されたい方には、参考書
(例えば)も出てますが、よほどσとか√とかがお好きでないとハードかと思います。
たいていの方は、(あまり細かい理屈はわからなくても)実際にシミュレーションができればいいわけで、そういう方のために、(例えば)、構造計画研究所さんから「Crystal Ball」というパッケージが出てます。
この製品のホームページを見てみると、
全米で意思決定支援ソフトウェア市場 シェア1位46%
Fortune 500社の内、85%の企業で導入
全米MBAトップ50校中、45校で講義教材として採用
と書いてありまして、「アメリカではそんなにみなさんモンテカルロシミュレーション的な意志決定をされてらっしゃるのかしらん?」とビックリするわけです。
Crystal Ballは、中身はExcelのアドインになってまして、Excelのシートに設定したセルの条件や数値に従って、好みの分布に従った乱数などを発生させて、モンテカルロシミュレーションを実行してくれます。(何万回とか。)
ここに具体例が載っていますが、下記の図、
(出所:構造計画研究所)
のとおり、単なる期待値とかNPV(現在価値)等の「一つの値だけ」で評価するわけではなく、いろんなパラメータが変動した場合に、評価する値が全体としてどういう分布を取るか、ということまでわかるわけです。(黒字になる確率とか、1%の確率でしか起こらない損失の値とか。)
こうしたシミュレーションは、「成功ケース」「ワーストケース」といったシナリオがより一般化されている(何万、何十万ケースを検討していることになる)ので、前提さえちゃんと作れば、ツッコミようはより少なくなるはずです。
また、確率分布が上図のようなグラフで出てくれば、(細かいことがよくわからない頭の固い役員等でも)、「リスク」がイメージしやすいかと思いますし、「網羅的に検討しとるな」という感じもより強く出るかと思います。
VaR(Value at Risk)のように、片側99%の点を取れば「最大でも○億円の損失で済みます」というコメントも説得力が増すかも知れません。
一つ一つの前提を設定していくのはちょっと大変かも知れませんが、こうしたツールを使えば、基本的には従来DCF等を計算するために作っていたExcelのワークシートにパラメータを追加するだけです。頭の堅いオジサンに「総合的に勘案し」で逃げられないように、こういうツールを使って「総合的に勘案ちゅーのはこういうことじゃー!」と示して差し上げるのもいいかも知れません。
試用版がこちらから無料でダウンロードもできます。(ご参考まで。)
https://www.kke.co.jp/iit/cb/regist.html
もちろん、日本でもこうしたシミュレーションで意志決定しているケースはあるのでしょうが、まだまだ少数派ではないでしょうか。
もし、上述のように「Fortune 500社の85%の企業が購入」してるとしたら、もしかすると、米国における「経営判断の原則」なり「訴訟に耐えうる意志決定のエビデンス」というのは、こうしたモンテカルロシミュレーションのような、より網羅的でツッコミようのないものが要求されるようになってきているのかも知れませんね。
(ではまた。)
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