みなさま、明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。<(_ _)>
さて、ツイッターのタイムラインを見ていたら、マクロ関係の議論でブログにコメントしたことが名誉毀損にあたるとした札幌地裁の判決のニュースが話題になっておりました。改めてよく見ると一昨年(2011年)の判決なので、なぜ今これが話題になったか(田端さんの目にとまったか)はよくわからないのですが、それはさておきまして、マクロ概念における「フロー」と「ストック」は、マクロ経済学をかなり勉強された人にも理解がややこしいことなんだなあ、と改めて思いましたので、ちょっと「書き初め」としてブログの記事を書いて見ます。
私は、この元のコメントが名誉毀損に該当するかどうかには関心がありませんし、また、当然この記事の著者の名誉を毀損することを目的にするものでもございませんので、念のため。(つまり、マクロ経済の議論の素材にさせていただきたいだけですので、以下、当事者のお名前もイニシャルにさせていただきます。)
このSYNODOSジャーナルの記事では、M氏の発言として、
決して無理な話ではありません。14兆円というのは1400兆円超の個人金融資産のたった1%ですよ。毎年その額を使っても100年分の貯金があるのです。…彼ら自覚なき強者=高齢者富裕層から、若い世代への所得移転を促進すべき」
「彼らが中心に保有している日本人の金融資産の1%、14兆円でも企業努力でモノ購入に向けさせることができれば、政府の景気対策の何倍もの効果がある」「ここでお話しているのは日本経済の活性化策、具体的には個人消費の増加策であって…高齢者が死蔵している貯金のいささかでも…消費に回れば…
が引用されているのに対して、記事の筆者であるS氏が、それが実際には無理である理由を説明をしています。
「個人金融資産の1%だからといって14兆円の消費を増やすというのは簡単なことではない」というS氏の結論には私は同感なのですが、その理由の説明を「14兆円もの消費をすると国債を売ったり貸しはがしをしないといけないから」とするところがいただけないと思いましたので、以下、ご説明を。
記事を書かれたS氏も文中で引用されていますが、日銀の「資金循環統計」という、家計や企業といったの主体別のストック(金融資産・負債)やその動きを記載した統計があります。
これを、財務諸表の貸借対照表的にイメージ化したものが、下記の「資金循環マンダラ」という図で、拙著「起業のファイナンス」にも掲載させていただいてます。
この図が企業会計の貸借対照表と違うのは、不動産などの有形固定資産などは抜けていて、基本的に金融資産・負債だけを扱っている、ということです。
また、資金循環統計上の「家計」は、個人事業主の金融資産も含まれる概念ですので、念のため。(参照:日銀Q&A)。
農家、個人経営の老舗旅館やコンビニ、大手法律事務所(民法上の組合)などの事業性資金も一部含まれるとすると、「サラリーマンの貯金」というイメージとはちょっと食い違うかと思います。
上図は2008年のデータを元にしたものでちょっと古いのですが、確かに、「家計」(図の右上)には1400兆円もの個人金融資産が存在しており、その資産の過半(55%程度)は「預金」として銀行(真ん中の縦の列)に預けられており、銀行や郵貯を通じて、その資金が政府や企業等に供給されていることがわかります。
この構造自体は現在も基本的に変わっていませんし、M氏やS氏のご認識も、まったく間違っていません。
ただし、
ここから、「14兆円というのは1400兆円超の個人金融資産のたった1%ですよ。毎年その額を使っても100年分の貯金」といって、消費に回すということは、その14兆円分、負債を強制的に返済してもらうということ(貸しはがし)になります。あるいは、家計が手放した債権を、誰か(政府・企業等)が肩代わりするということです。
というと、ちょっと「おやっ」ということになります。
実際、年間で14兆円の消費が増えるというのはどういうことかというと、1日平均で384億円程度の消費が増えるということです。もちろん、1日だけで14兆円を使うということも想定としては可能ですが、1人が1日で14万円のパソコンを買おうと思い立つということはあっても、「節子、それはミクロの議論や」ということで、マクロでその1億倍の14兆円を1日で使うとなると、そんな需要が発生するのも難しければ、供給を追いつかすのも大変です。これは、本日のやまもといちろうブログの記事の後ろから2番目のパラグラフの最後に書かれている懸念と同様のお話。ということで、「年間で14兆円の消費が増える」というのは、だいたい1日で数百億円程度(週末に偏るとしても、せいぜい千数百億円とか程度)の消費の増加、ということで考えてよさそうです。
この資金は、個人が銀行から現金を引き出して企業に対して支払うと、その瞬間には企業の現金となります。つまり、上図の左下の企業(「非金融法人企業」) の「現預金」のうちの「現金」が増えます。(つまり、その瞬間には銀行の預金は減ったままです。)
しかし、現代企業は、売上で得た現金を金庫の中にずっと積み上げておくということはしませんで、通常、1日以内には銀行に預金します。つまり、マクロで見ると、個人が現金で消費をしても、預金が消滅するわけではなく、1日程度のラグを置いて、それはまた銀行の預金(別の口座)に戻るわけです。つまり、ならしてみると、銀行の預金は減りませんし、貸しはがしをする必要もないのです。
また、もちろん、サラリーマンの奥さん(「家計」)が個人経営の八百屋さんやコンビニで買い物をした場合には、「家計」の中でお金が回るだけですし、これも結局、銀行から引き出された預金が銀行に戻るだけです。
また、また、消費というのは必ずしも「現金」で行われるものではありません。店舗やネットでカード決済で購入されるものもあります。この場合は、現金が銀行から引き出されることすらなく、個人とカード会社と法人の口座の間を預金が移動するだけです。つまり、マクロで見た上図の真ん中の銀行の預金の額は変わりません。
このへんはマクロ経済学の初歩の「信用創造」のところで習うイメージのとおりです。
(私も「信用創造でお金が増える」という話を大学時代に最初に聞いたときは頭がこんがらがったので、トラウマを抱いている方も少なく無いと思いますが、現在、(残念ながら)教科書のような、「銀行に預けられた預金から預金準備率を引いた残りが企業に貸し出されて、それが企業により投資として支出されて、販売した企業側でまた銀行に預けられ…」といった「乗数効果」的なことはあまり起こらない(高度成長時代と違って、そんなに企業の投資意欲が活発でない)ので、上記の取引の理解は、シンプルに「Aさんの預金がB社の預金になる」「預金量は(あまり)変わらない」という理解で、概ね間違いでないと思います。)
また、2012年11月末の日銀のデータを見ると、コール市場(銀行間の貸し借り) の残高は、20兆円弱程度ありますし、千数百兆円規模の金融資産を持つ日本の預金金融機関全体で千数百億円(1万分の1)程度の預金が数日間引き出される部分についても、銀行が14兆円分の国債を売りまくったり、企業から貸しはがしをする必要は無いはずであります。
([追記]日本の消費は年間約300兆円ありますが、「だから300兆円の国債の売却や貸しはがしが起こっている」かというと、そうでないのと同様です。)
また、個人が14万円のパソコンを買うと、個人の預金が減って法人の預金が14万円増えますが、マクロで14兆円の消費が増えても、個人が保有していた預金が14兆円減って法人の預金が14兆円増えて「行ったきり」で終わりというイメージになりがちですが、そうではありません。
年間で14兆円もの消費が増えると、企業もその分忙しくなるので、サラリーマンの残業代が増えるということもあるでしょうし、 企業から個人業者への発注が増えたり、といった「変動費的な部分」が必ずあるはずですし、個人が直接個人商店で買い物をしたり、企業が個人投資家に配当したり、といった形での支払もありますので、消費が増えれば、それは結局個人(の預金)にも一部は還流してくるのであります。
そういう意味では、コメントしたM氏の「毎年その額を使っても100年分の貯金があるのです」というのもちょっと誤解を招く表現です。働かない老人だけが消費をするようなイメージで考えていらっしゃるから「引き出されたきり」になるイメージになっているのだと思いますが、マクロの資金循環統計というくくりで見ると、毎年14兆円余分に使ったら「家計」の個人金融資産はゼロになるわけじゃなくて、どんどん給料や配当などの形で還流するはずです。
もちろん、増加した14兆円の消費のほとんどを海外の企業の海外口座に送金して購入した、といった場合には、国内の預金はその分減少することになります。(追記:これすら考えなくていいようです。次のエントリ「企業や個人が海外投資や送金をすると、日本の預金や資産は減少するのか?」をご覧下さい。)
しかし実際には、14兆円の資金を全部海外に向かわせようなんてことは、やろうと思っても難しいです。個人が14万円の買い物を海外からすることを突如思い立つ、といったことは十分に起こりえますが、その1億倍のマクロレベルのことを起こそうとすると、そうはいきませんで、消費の対象は、非常にバラバラなものに分かれるはずです。 (国内でまともな商品が生産されていない発展途上国ならともかく、日本はかなり内需の厚い国なので。)
つまり、「なぜ、14兆円の消費を増やすことが難しいか」といえば、(国債の売却や貸しはがしが必要だからではなく)、消費というのは「欲しい」と思うものを消費するものであって、他人から強制されて買わせるということは難しいから、ということに尽きると思います。
現代においては、個人の消費需要や企業の投資需要は、非常にバラエティに富んだ多様なニーズから成り立っており、それは、ビジネスの現場(レストランとか家電量販店とか広告代理店とかSNSの会社とか、その他様々な)の人がものすごい工夫をしてはじめて喚起できるものがほとんどであって、何か1つのマクロのパラメータをいじれば魔法のように消費が増えるというのは、基本的には難しいと思います。(財政政策や金融政策の効果はゼロである、と申し上げているわけでは全くありませんので、念のため。)
財政政策や金融政策の必要性を説く人たちも、いつまでもそうした「薬漬け」になっているのがいい状態だとは決して思っていないでしょうから、基本的には「現場」の人たちが「新しい需要」をガンガン掘り起こすことが重要だと思います。
というわけで、少なくとも「消費を増やすと国債が売り浴びせられる危険があるから消費は控えよう」といった気にする必要は全くありませんし、毎年、個人金融資産の1%(14兆円)程度であれば、別にお年寄りの預金だけに頼る必要もなく、若い人も十分協力して消費できる額です。そして「消費」と言っても、遊んだり飲み食いしたりするだけが消費ではなく、「将来への投資」と称されるような勉強等のために使う支出も「消費」なのであります。
ということで、今年は大企業の人にもベンチャーの人にもがんばってもらって、ジャンジャン新しい需要を喚起していただくとともに、消費者のみなさんにもジャンジャン消費をしてもらって、みんななかよく景気を良くしていただければ幸いです。
(ではまた。)
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