カネボウの粉飾決算と監査

  • Facebook
  • Twitter
  • はてなブックマーク
  • Delicious
  • Evernote
  • Tumblr

(以下、特定の監査法人さんの擁護をするものでも、非難をするものでもありませんので、念のため。)
たまごさんよりのご質問:

意図的に話題を避けていらっしゃるのかもしれませんが
是非カネボウの粉飾決算にハンコを押した中央青山の会計士の意味について
分析、コメントしてください。
同業なので言える点言えない点あるかと思いますが、
あまりにもこの中央青山の監査は不可解でなりません。
会計士は、クライアントの茶坊主なのですか?犬ですか?
言える範囲でけっこうですので、同業だからこそ、のコメントをしてください。

原則論のお話
「同業だからこそ」のコメントというよりは、監査論の教科書に書いてあるような初歩的なコメントになっちゃいますが、会計監査というのは、「原則として試査による」、ということになってます。

監査基準 第三 実施基準 一 基本原則、3
監査人は、十分かつ適切な監査証拠を入手するに当たっては、原則として、試査に基づき、統制リスクを評価するために行う統制評価手続及び監査要点の直接的な立証のために行う実証手続を実施しなければならない。

つまり、会計監査というのは、「どこが怪しそうか」というリスク評価でウエイト付けをした上で、サンプリング等の方法で抽出したところだけをチェックしているわけです。
もしカネボウ全体の活動を網羅的にチェックするとしたら、16年3月期の人件費関係の費用700億円超の(仮に)1%のコストとしても約7億円かかるわけですが、もちろん、監査にそんなに金を出してくれるというのは一般には難しい。
結局、予算の範囲内で監査するにはサンプリング等による抽出しかないわけですが、そう、「抽出」なので、抽出しなかったところが間違っていたら「アウト」なわけです。
また、抽出の範囲は通常、全体に対する割合は極めて小さいので、会社側の主要メンバーがグルになってゴマかしたら、監査法人と言えどどうにもなりません。
監査基準の第一「監査の目的」を見ても、

財務諸表の監査の目的は、経営者の作成した財務諸表が、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠して、企業の財政状態、経営成績及びキャツシュ・フローの状況をすべての重要な点において適正に表示しているかどうかについて、監査人が自ら入手した監査証拠に基づいて判断した結果を意見として表明することにある。
財務諸表の表示が適正である旨の監査人の意見は、財務諸表には、全体として重要な虚偽の表示がないということについて、合理的な保証を得たとの監査人の判断を含んでいる。

と書いてありまして、監査基準の前文によると、これは「二重責任の原則」を表すものです。二重責任の原則というのは、「財務諸表の作成の一義的な責任は企業の経営者にある」つまり、財務諸表にインチキがあったら、まず責められるべきは経営者であって監査した人じゃないですよ、監査人が責任を負うのは経営者が作った財務諸表に対する「意見」についてのみで財務諸表そのものの正確性に対してではないですよ、としているわけです。
つまり、問われるべきなのは監査人が「合理的にここまでやればOKだろう」というところまでちゃんと監査をやったかどうかがであって、最終的に虚偽表示があったかどうかではないわけですね。(本来。)
ぶっちゃけたお話
ただ、一般の人達は、「会計士がちゃんと見てるから、企業の財務諸表はちゃんとしてるんだろうなあ」とか「監査証明は、企業の財務諸表が正確であることの”お墨付き”だ」と思ってるわけで、こうした事件が起こると、たまごさんと同様、「何やってんだよ!」という怒りがわき起こるわけです。
これは監査論では、「期待ギャップ」と呼ばれています。
今回のケースで、「監査法人はちゃんとやってたのに、抽出の範囲外でたまたま粉飾が行われていた」のか「そもそも、専門家ならやるはずのことをちゃんとやってなかったのか」は、部外者の私にはよくわかりませんが、今後の調査で明らかになっていくんじゃないかと思います。
こうした事件が起こった時は、そうした「監査の限界」について一般の理解を深めるいい機会のはずですが、こういうシチュエーションで監査法人や役所が「財務諸表を作る一義的責任は経営者にあるわけでして・・・」てなことを言っても、「言い訳」にしか聞こえませんので逆効果。
また、あまりここを強調しすぎると、「じゃあ、監査ってのは何の意味があるのさ?」「監査なんかしなくてもいいじゃん!」という別の怒りを呼び込むことにもなるわけで。
市場で証券が安心して取引されるためには、こうした監査の信頼性が保たれることが大前提になるわけですが、「抽出なので間違うこともあります」ということでも、こうした信頼性を保つことが可能なのかどうかというのは、根源的問題じゃないかと思います。
エンロン事件後のSOX法では、内部統制の拡充を含む様々なコーポレートガバナンスの仕組みの強化が図られたわけですが、それでも粉飾の可能性はゼロにはできません。
「オープンな法体系(SF小説風)」で、原始データの発生時点から網羅的に会計監査人が企業の会計に関わる「監査のSTP (Straight Through Processing)化」(仮称)というのを持ち出しましたが、これも、「この先、公開会社の財務諸表の正確性が、よりガチガチに求められていくとすると、行き着く先はどこなのか?」という疑問の答えを「SF小説風」に考えてみたものです。
その中に「世界三大会計事務所」とも書いてありますが、これも、このままいくと、(ディアハンターのロシアンルーレットのように、いつかは確率的に「負ける」時が来て)、今後、エンロン並の大不祥事がまた発生したら、もう一段、「再編」が進んじゃうんじゃないかなあという不吉な妄想でございました。
(こんな話で答えになってますか?>たまごさん。
ご参考になれば幸いです。ではまた。)

[PR]
メールマガジン週刊isologue(毎週月曜日発行840円/月):
「note」でのお申し込みはこちらから。

22 thoughts on “カネボウの粉飾決算と監査

  1. はじめまして。
    監査論については勉強中の身ですが、この文章ですと
    読み手に「試査=サンプリング」という誤解を与えないでしょうか?

  2. 2000億円が何年間にもわたって、とっかかりもつかめないサンプリングっていうのはどういうものなのでしょうか?

  3. SOX関係はかなり要件が厳しくなっています。
    取引の詳細を全てチェックするわけではないものの、
    相当細かく取引フローや虚偽を防ぐ手だてがどのように
    なされているかを確認をしなければならないことになって
    いますし、実際の対応もかなり大変です(経験談)。
    ただ、じゃあどこまでまじめにやれば十分なのかというのは
    結局のところ監査法人さん次第というのも、これありかなと
    いう気がします。とりわけ、日本でSOX対応している会社も
    限られてますし、経験のある会計士さんも少ないですからね。
    #東京三菱銀行さんはUFJさんとの統合でSOXどうするんでしょう?

  4. PwCさんは目立つのが続きましたからね。
    等松のセザールみたいに大衆受けする方で目立つのがあれば良かったんでしょうが。
    理屈じゃ限界があるって分かってても、でかい話しを聞くと私のような素人には「なんでだ?」って思えてしまいます。会計監査の業務って知らんので下手なコメントは止めときます。
     
    しかし、こう言う事件が続くと、先生方が妙に厳しくなるので、困るんですが、、、、、、って、不正があるって意味じゃないよ!!(笑)

  5. INALCIKさん、
    表現を一部変更して、「サンプリング」→「サンプリング等」または「抽出」などに変更してみました。ご指摘ありがとうございます。
    他のみなさんも、コメントありがとうございます。
    (ではでは)

  6. 監査がもっと、時間と人をかけて、企業側はもっと監査にお金を払わないと
    しょうがないのでは。日本の監査報酬はアメリカと比べて一桁違う、とよく
    ききます。監査報酬は、利益処分にして、株主に負担してもらう、という姿勢を
    明確にするという案はどう思われますか。監査報酬が費用だから、財務諸表を
    作成する側の経営者としては、自社の業績をよくみせたいインセンティブから、
    監査報酬は安く押さえたい、と考えて財務諸表に信頼性を与えるに十分なお金
    と時間を監査にかけない。利益処分にすれば、別に利益の額には影響を与え
    ないので、経営者側としては、監査にお金をかけてもいいんじゃないかな、と
    思うのでは。そもそも監査証明の直接の受益者は投資家であるので、投資家が
    そのコストを負担する、ということで監査報酬を利益処分にすればなんかすっきり
    すると思うんですが、どうなんでしょうか。

  7. 以前、日経新聞で監査報酬の額について、今後増やしたいか、現状維持か
    減らしたいかを上場企業の経営者にアンケートを取った結果、現状維持もしくは
    減らしたいが大部分だったというような記事があったんですが、あれももし
    投資家にアンケートをとったらまた別の結果になったんじゃなかろうか。
    投資家ならば、真実でない可能性の情報で投資判断をさせられるよりも、
    しかるべき対価を払って、真実の情報により投資判断をしたい、と考えるほうが
    多いんじゃないか、と・・・。

  8. 不正は、会社の人がちくってくれるか、試算表に目立つようにやってくれていれば、監査人も気づきますが、そうでなければはっきり言って見つけられません。共謀されると監査人は不正とかを発見することはすごく難しくなります。
    監査時間を増やしたからって、それを発見できるかって言うと疑問です。
    また、監査法人のほうでもマニュアル第一主義のところがあって頭を使って監査することってあんまりないかもしれません。しかも、監査法人内でナレッジが共有されていないというか、効果的・効率的な監査手続きをあル監査チームでやっていても、事務所全体で共有されていない。不正がどこに起こりやすいとか、その手法とかいったことが共有されていない。研修でも教えられないし、OJTでも上司がそういう知識がないから教えてくれない。
    研修で教わるのは、商法改正とか新しい会計基準とかで、OJTで教わるのは調書は鉛筆で書いてね。とかってことだけ。。。ほんとに有効な監査の手法を監査法人が作っていこうなんて気がない。

  9. >日本の監査報酬はアメリカと比べて一桁違う
     
    監査報酬が1桁上がったら?
    仮に1億数としたら、きっと勢いだけで上場しようと言う輩が減って、すっきりするでしょう(笑)
    ついでに、形だけ上場してる状態の会社が耐えられなくなって、身売りorゴーイングプライベート。。。
    いや、勢いある内に上場して、さっさと売っちまおうと言う輩が増えて、まだ小さいが真面目な会社が上場を躊躇するようになってしまうかも。。。orz

  10. 三角形の「のろい」

    会社勤めの経験のある方や、経営している方にはよくわかる話だろうが、決算書でマイナスをあらわす記号に「△」がある。「−」と書くと見にくいからだろう。EXCELの表示形式では指定できないので、1列使って、(ifマイナスなら△)というような論理式を使うことになる。特に

  11. 磯崎さん。皆さんこんぱんわ
    話が多少ずれてますが、数年前からの特にTBS等で
    言われるスローライフというキーワードがあります。
    私はどうも納得できない。
    時代に求められているのはそんな情緒的なお慰み
    ではなく、公正とかモラルとか、そういうことだとしか
    思えないのです。
    内部告発の情報提供者保護や、不公正なことを
    した場合の罰則や事前の予防などについて、
    磯崎さんのコメントをお伺いできれば、と希望します。
    私の在住する香港ではICACという不正告発に関する
    独立機関があり、政府も含めた汚職防止に相当の
    抑止力が効いているらしい、、、、という意見もあり
    ますが、中華思想的な考えである、自分だけうまく
    やろうということに対して、英国統治時代に制度的に
    防波堤を作ったのだと思います。
    公正・モラルというのはそもそも、各個人の内部に
    ある精神的なものですので、それがどのような形
    をもって制度として具現化されているのか、興味が
    あります。

  12. 10年にわたり累計2,000億超の不正との事。
    それも、連結外し・売上過大計上・費用過少計上との事。
    以上の点につき、新聞を一読したところ、通常の監査手続きから、見落とされるようなものすごく複雑な性質のものではないような気が致します。
    特に連結の範囲につきましては、連結会計導入以前の粉飾決算の温床として、リスクの高い分野として、監査の資源が投入されるべきではなかったのでしょうか?
    実際、なぜこのような不正が看過されたのか?という点は、明らかにされるべきものではないかと思います。 これは1監査法人の品質の問題なのか、日本の監査の品質の問題なのか。。。 いずれにせよ、粉飾決算の手口と、それを看過した監査手続きについては、今後の監査の信頼性回復のための品質向上のためにディスクローズしてほしいものです。
    実は、この記事は楽しみにしていたのですが、もう少し踏み込んで欲しいところでした。

  13. ご期待に添えず、申し訳ないです。
    「○○○○も○○に○○してたに違いない!」とか言えればわかりやすくて一般受けするんでしょうけど、公開されてる情報からはなんとも言えませんし、公開されてない情報を知ってたとしても申し上げるわけにいかないでしょうから、こんなところでご勘弁ください。m(_ _)m
    (ではでは)

  14. >一般の人達は、「会計士がちゃんと見てるから、企業の財務諸表はちゃんとしてるんだろうなあ」とか「監査証明は、企業の財務諸表が正確であることの”お墨付き”だ」と思ってるわけで
    これが一般人による無理無体な期待だとすれば、確かに
    >「じゃあ、監査ってのは何の意味があるのさ?」「監査なんかしなくてもいいじゃん!」という別の怒りを呼び込むことにもなる
    さて、では、一般人の期待に対してどう対応されるのでしょうか?かつて、このような「期待」の重圧に耐えかねた学校の先生たちは「教職は聖職ではない。教師は労働者だ」と自らカミングアウトしました。
    �「監査」なんかやめて、「会計処理業務アドバイザー」に徹する。(一般人の期待の誤りを正す)
    �「監査」の実効性を高めるための制度、仕組みづくりに励む。(一般人の期待に近づく)
    私は、監査人の先生方におかれましては、是非、�ではなくて�の方向で一般人(Public)の期待に応えるべく励んでいただきたいと願っています。少なくとも現状そのような「期待ギャップ」を放置しておくのは止めた方がいいと思います。その意味では�の選択も勇気ある誠実な選択だと言えます。業界みずから声を挙げて�の方向なのか�の方向なのか、我々一般人に明快なメッセージを戴きたいものです。

  15. >やぶ猫さん
    はじめまして、横レスです。
    「期待ギャップ」は
    1.一般の理解を深める
    2. >�「監査」の実効性を高めるための制度、仕組みづくりに励む。
    の両面から解消が図られるものです。
    2.として例えばこんなのがあります。
    ・監査基準委員会報告書第10号「不正及び誤謬」
    不正の発見自体は監査の目的ではない、しかし・・・
    ・監査基準委員会報告書第21号「継続企業の前提に関する監査人の検討」
    倒産の可能性について
    ただ1.を含めた
    >一般人に明快なメッセージ
    がどうなされているかは知りません。

  16. INALCIKさん、レス有難うございます。
    >「期待ギャップ」は
    1.一般の理解を深める
    2. >�「監査」の実効性を高めるための制度、仕組みづくりに励む。
    の両面から解消が図られるものです。
    おっしゃるとおりだと思います。双方が努力して共通の理解の上に立ち、時折生じる事件はアノマリーとして処理できれば一番いいですね。ぶっちゃけた話、一般投資家は「痛い思い」を経験することによって否応無しに「学ぶ」ことにもなります。これは hard way ではありますが、しょうがないとも思います。しかし、監査人の態度ひとつで上場企業の命運が大きく影響を受けるのは事実です。「お墨付き」ではなくて「意見」だとは言ってもその意見の有無と内容が上場(維持)基準や投資・融資基準に組み込まれているわけで、これをも「期待ギャップ」という訳にはいかないと思います。
    むしろ2.の方に関心があります。
    「監査がきちんと行なわれているから安心だ」、とみなすことによって得られる社会全体が享受する経済的・時間的コスト削減効果は膨大だと思います。監査の品質を上げるために何が必要なのか、費用と制度の両面から監査人の立場をヨリ強固にする方向での積極的な議論を期待しています。

  17. ヽ(`⌒´メ)ノ ユルサン...

    過†去†最†大†規†模... 5年間で、約2000億円の粉飾決算が発覚したのだぁ

  18. 新時代の「新しいインフレ」

    日本の金余りと低金利については以前に述べた通りだ。面白いことに同様の現象が世界経済においても顕著化している。BRICsの台頭によって原油を初めとした鉱物資源価格が高騰する中での、金余りと長期金利の低下の両立は非常に興味深い。これまでの常識で考えれば、将来の…

  19. カネボウ決算粉飾事件

    勉強会で講演されていた会計士の方が、カネボウの粉飾決算について逮捕された会計士達を擁護するようなコメントをしており、大変興味深かったので記述しておく。
    *資本に計上することが出来れば負債と相殺できたはずである
    *実際カネボウの買い手が現れると言うこと…

  20. 本当のことを隠してますね>磯崎さん
    どんな巧妙に隠そうが、1年2年ならともかく、これだけ長期に粉飾をやっていれば、在庫の滞留や債権の滞留・付替えが生じて、すぐにわかります。在庫や不良債権を飛ばしたり押し込んだりしても、資金繰りが不自然になって判明します。
    事実、昨今の報道ではカネボウ担当の会計士は粉飾を知っていたとされています。
    事実は単純です。あるクライアントが社運をかけて粉飾等の不正をしたときに、それを修正させる、あるいは不適正意見を出すためには、そのクライアントとの契約を切っても監査法人の経営が成り立つだけの基盤がなければなりません。そのためには保険と同じで、一定の確率でクライアントとの重大な問題が生じることを前提の上で、その分をほかのクライアントからの報酬でカバーできるような適正な利益率を保った報酬を確保することです。しかるに、道路公団の監査で2万円入札などという愚かしい行為があったことでわかるように、実際にはダンピングが激しく、適正な利益率を確保できていません。だから不正をする会社に強く出ることができない。
    適正な利益率の確保、ブランド(信用力)確立による付加価値、といった経営努力をせず、ダンピングとコネを「営業努力」としてきたツケが、今監査法人に回っているのです。

  21. >本当のことを隠してますね>磯崎さん
    別に隠してまへんがな。
    >事実、昨今の報道ではカネボウ担当の会計士は粉飾を知っていたとされています。
    逮捕されたんだから当然ですね。
    私もこのエントリを書いた時点で、前記コメントのとおり、「○○○○も○○に○○してたに違いない!」と思ってたわけですが、それを書いちゃうと、失礼を通り越して侮辱罪とか名誉毀損になっちゃうので遠慮させていただきました。
    ご指摘のようなお話は、最新のエントリ
    http://www.tez.com/blog/archives/000537.html
    http://www.tez.com/blog/archives/000538.html
    あたりでも触れさせていただいてますので、もしよろしければご覧いただければ幸いです。