「社外取締役と会社の旬」にモノ申す。(本日の大機小機)

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本日の日経新聞朝刊の「大機小機」の欄に、「桃李」氏が「社外取締役と会社の旬」というコラムを載せておられます。
私の記憶では、「桃李」氏は、いつも鋭い切り口でズバッとものを言うタイプのコラムを書かれてらっしゃると思いますが、今回のは、いろいろ社外取締役の本質を認識されてらっしゃらない面が多々あるのではないでしょうか。


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社外取締役の導入がブームである。広い視野から経営を監視し、トップ人事や経営の透明性を確保し、法令を遵守した企業運営を行うためとされる。業績を上げた著名な経営者や弁護士、学者など多様な分野からの人選が多い。だが、いかに優秀とはいえ、社外の人材に経営の詳細が把握できるはずもなく、社外取締役の功罪については議論が分かれている。

社外取締役が経営の詳細を把握できるはずがない、というのはある程度その通りだと思いますが、社外取締役の仕事は経営の「詳細」を把握することじゃなく、「経営の基本的方向性は間違っていないか?」「内部統制がちゃんと行われているか?」等、かなりマクロな実態を監督することが中心かと思います。

社外取締役を導入した企業には、もともと業績不振や不祥事などがその契機になった場合が多い。(中略)しかし、暴走しそうなトップから社内の論理に基づいて依頼された人が、意見を言うだけで業績が上がるほど企業経営は甘いものではない。

と言う話ですが、業績不振や不祥事が契機になってない真面目な企業も多いんじゃないでしょうか。
「社外取締役が意見を言うだけで業績が上がるほど企業経営は甘いものではない」というのはその通りだと思いますが、もともと社外取締役は「業績を上げるための人」とはちょっと違う気もします。根本的なビジネスモデルがいくらがんばっても利益が上がらないようなものだったら口を出すでしょうが、業績を上げる一義的主体は、社長を始めとする執行役[員](officer)の方ですよね?

(中略)もちろん、視野の狭い短期的利益追求や社会的に容認されない行為があれば、その企業は長期的に利益を失い自然淘汰される。

・・・って、自然淘汰されちゃったらまずいじゃないですか。淘汰されないように経営監督をする必要があるわけで。

将来を見据えて自らを律しつつ、すべてを監視するのが経営者の仕事である。広い視野を持つための個人的努力は当然だが、社外取締役の導入は経営者が自らの無能力を認めることに等しい。

ここまでおっしゃられるともう爆笑するしかないんですが、どんな優秀な人でも人間一人の力には限界があります。こんな変化の激しい時代に、社長一人の器に会社の成長が制約されるような経営の仕方をしている方が、企業の成長の阻害要因なんではないでしょうか。

急成長するベンチャー企業や好業績を続ける企業が、社外取締役を導入する理由はない。

とのことですが、日本でもベンチャー企業の多くはVCさんなどから社外取締役を入れて、自社にない視点や外部との人的ネットワークの形成に大いに役立っているのが現状じゃないでしょうか。米国でもGoogleをはじめ、イケてるベンチャー企業には社外取締役がいない企業はほとんどゼロではないかと思いますが、だからといって、米国のベンチャー企業が日本のベンチャー企業より劣っているかというと、全く逆で、日本のベンチャー企業で米国のベンチャー企業を上回る業績や成長力があるところがどれだけあるのか、という方が正しいかと思います。

投資家の視点からは、トップの暴走や内部の論理是正のために、外部の力を必要とする企業は既に旬を過ぎている。

というのは、「トップの暴走や内部の論理是正のために必要とする場合」という条件付では正しいかも知れませんが、社外取締役の役目は「トップの暴走を防止するため」だけじゃないでしょう?

しかし、暴走と見えた行動が、数年、十数年後には先見の明であったことが評価されることこそが革新の本質である。すべての人が理解できる経営を行っていたのでは、生き馬の目を抜く競争社会で生き残ることはできない。

私は、以前も書いたとおりコーポレートガバナンスというのは、「独裁者を生まない仕組み」ではなく、「イケテる(”破壊的”な)独裁者を生み続ける仕組み」だと思ってますので、そこは大賛成なのですが、

真のビジョンを持つ経営者にとっては、社外の素人を集めて経営内容を説明し相談する時間的余裕などはないだろう。

というのは、どうなんでしょうか?
桃李氏が考える社外取締役というのは、重箱の隅的なことに口を出す小姑的存在をイメージされているのかも知れませんが、取締役会の決議事項というのは、上場会社であれば取締役会規定等で明確に定められてますし、特に社外取締役が必須である委員会等設置会社においては、経営の基本方針や執行役人事、合併など、商法特例法第21条の7第3項に列挙される事項を中心とした非常に「マクロ」な事項が中心で、ほとんどの事項については執行役に権限移譲されているのが現状ではないかと思います。
また、取締役会規定では、取締役会の招集は通常3日前程度で、緊急時にはその期間すら短縮して招集できるようにしている企業がほとんどではないかと思いますが、上場企業のトップが会社の大方針に関わる何かを思いついてから3日でアクションを起こすというようなことは通常ありえないわけです。会社の業績を揺るがすような新施策は必ずスタッフを含めて、何ヶ月もフィージビリティを検討するのが普通でしょうし、そういうプロセスを経ずに社長が3日で勝手に決めちゃったとしたら、株主代表訴訟等で経営判断の原則の欠落を問われたら負ける可能性も極めて大ですね。
最近はメール等もあるので、検討の過程から社外取締役にもこまめに通知しておけば、短期間で取締役会を招集しても実質的に中身を審議することも可能なわけで。
売上数億円の会社ならともかく、時価総額何千億円の会社の業績を大きく揺るがすようなことを社長が数日で決めてしまうというのは、明らかに「バクチ」であって、許される話ではないですし、経営者がデュー・ケアを果たしたかどうかというのは、社外取締役でなくとも、監査役の監査でもひっかかる事項になってます。(参考:監査役監査基準第14条あたり。)

社外取締役を必要とするような経営トップしか選べないような企業は、すでに衰退期に入っている。社外取締役になる側にとっても、本業以外に非常勤の他企業の経営責任を取らされるのでは荷が重すぎる。(中略)

社外取締役があまり「おいしい」商売でないというのはその通りだと思いますが、取締役の責任軽減規定(社外取締役の場合には報酬の2年分を上限にできる。商法266条第18項)もありますので、「本業」に比べて報酬がそこそこであれば、そこそこのリスクに抑えられるかと思います。
また「社外取締役を必要とするような経営トップしか選べないような企業」とありますが、社外取締役を必要とするのは、経営トップじゃなくて「株主」だと思うんですよね。
桃李氏の社外取締役への批判は、比較的「通常業務」寄りのことに重点が置かれているかと思いますが、社外取締役の本領が発揮されるのは、会社自体が買収されるときとか、株主代表訴訟されたときなど、経営陣と株主の利害が大きく対立するような場面かと思います。
こうした社外取締役による監督機能は、例えば、会計監査や監査役の機能と対比して考えてみるとわかりやすいかと思うのですが、「監査法人や社外監査役を導入する企業は衰退期に入ってる」とか「商法や証取法を改正して、監査法人や社外監査役を廃止した方が、経済は活性化する」いうような議論は出てこないわけです。
監査役設置会社の監査役は、商法上は取締役を一方的に監視する極めて強い権限を持つ立場であり、それこそ暴走されたら何されるかわかったもんじゃないので、実務的には、あまり暴れなさそうな「枯れた」方が選任されるケースが多いんではないかと思います。一方、社外取締役が必須の委員会等設置会社では、監査委員になる社外取締役は、社内も含む他の取締役からも相互に監督されているわけで、「もうちょっとちゃんと監査やれよ」という注文も付けられるし、監督される立場でもある分、思い切って「濃い」人材も登用できるわけです。
(というか、そもそも「社外取締役」というのは、一人一人が単独で何かができる「機関」ではなくて、取締役会や委員会としてチームではじめて一人前の「機関」として意志決定ができる存在なわけです。)
とはいえ、平成16年6月に比べて、今回の平成17年6月の総会で委員会等設置会社に変更する企業数はガクンと減少しちゃったので、びっくりするとともにちょっと悲しい気持ちになりましたが。日本でのコーポレートガバナンスに対するマインドは、まだまだ非常に低いんじゃないかと思います。
株式というのは会社の権利を小口化したものなわけですから、株式を公開するということは、会社自身を、個人も含む一般のお客さんに「商品」として販売する、ということを意味します。
80年代90年代までは、銀行が資金調達の中心だったので、株式市場に対してはテキトーにやっていても通用したかも知れませんが、これだけ個人投資家や外国人投資家が株式市場の中心的存在になってきた場合には、今までのやり方は通用しないはず。
日本のメーカーであれば、出荷される製品の検査を念入りにやるのはあたりまえのお話かと思いますし、メーカーの製品を検査するのに「検査をしたら売上が増えるのか?」「検査することによって萎縮して、本当に革新的な製品が出てこなくなるのでは?」なんてことを言う人はいないですよね?
会社自体を「商品」として売るなら、(牛乳を出荷する前に品質検査するのと同様に)、その会社自身(の経営プロセス)も「品質管理」して当然ではないかと思いますが、いかがでしょうか?
(以上)

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14 thoughts on “「社外取締役と会社の旬」にモノ申す。(本日の大機小機)

  1. 止めたのは、日経新聞ではなかったみたいですね。
    それとも「大機小機」は、ネットで読めるんでしょうか。
    紙の新聞を購読することのメリットの一つは、
    思いがけない(想定外の)記事に出会える、
    ということのように思えます。
    他の媒体でも不可能ではないんでしょうが。

  2. いつも楽しく拝見させていただいております。
    豊かな知識と経験と遊び心に満ちた文章に毎回唸ってしまいます。
    恐縮ですが、自分のブログにリンク貼らせていただきました。
    ご了承の程よろしくお願いします。

  3. >止めたのは、日経新聞ではなかったみたいですね。
    さっそく、バレてしまいました。
    >自分のブログにリンク貼らせていただきました。
    どうもありがとうございます。
    よろしくお願いいたします。
    (ではでは。)

  4. 日経新聞の記事編集ガバナンスに問題がありそうですね。www

  5. >だが、いかに優秀とはいえ、社外の人材に経営の詳細が把握できるはずもなく、社外取締役の功罪については議論が分かれている。
    高校生の時(といってもそう昔じゃないですけど)、「功罪」という言葉の使い方の間違いを指摘されたのが今でも印象に残っています。功罪というときには、「功」と「罪」とを論じないとおかしな日本語になってしまうと。
    この1センテンスの前段ではほとんど「罪」しか論じていませんし、以下もそうです。これでは私の恩師には叱られてしまいそうです。

  6. いつも興味深く拝読させて頂いております。
    確かに御指摘の通り「桃李」氏は、社外取締役と通常の取締役を同質のものと考えておられるようです。
    ただ、「桃李」氏の言う「業績を上げた著名な経営者や弁護士、学者など多様な分野からの人選が多い。だが、いかに優秀とはいえ、社外の人材に経営の詳細が把握できるはずもなく、」という一文が、商法学者や裁判官出身の弁護士が、もとより企業経営や組織運営に何の関心もないにも拘らず、社外取締役に「格式」を求める企業に依頼されて、安易に社外取締役に就任している、という事実を言外に指摘されているのなら、正鵠を得ている、と思われます。
    また、最後の方で、社外取締役の他の取締役に対する監督機能を品質管理に喩えておられますが、非常に分り易くて優れている、と思います。
    以上簡単ですが、所感まで。

  7. 今後の「大機小機」での「桃李」氏の反応や如何?(^^;)

      日経新聞の朝刊の「大機小機」のコーナーは、いい意味で刺激的な匿名コラムである

  8. 単純に、キヤノンの御手洗さんみたいな経営者達をヨイショしてるだけでしょう。
    キヤノンのような会社はいろいろ突っ込み所がありながらも、日経はヨイショばかりですから。そら、広告代たくさんもらってるし。
    財界寄りの日経に対抗できるメディアが必要ですよね。

  9. ルールブックを探せ  プロ野球球団の親会社と社外取締役?

      先日、ちょっとした用があったのでお昼休みの時間に、東京ドームの売店に立ち寄り

  10. はじめまして。bunと申します。ご意見ごもっともで言及されている日経記事に賛同できるところは皆無でした。笑止千万という他ありませんがあまりに度を超えているので何らかの反動的な政治的意図すら疑われ、少々薄気味悪く感じます。