前回、1994年4月より、ワラント債の会計処理が変更となり「区分法」が強制されたことによって償却負担が増えたのが、ワラント債市場消滅(セカンドインパクト)の原因だった、というお話をしました。
で、この、「区分法」とか「一括法」とは何か、ですが、「会社法による新株予約権及び新株予約権付社債の会計処理に関する実務上の取扱い」(平成17年12月27日企業会計基準委員会実務対応報告第16号)のQ3の「転換社債型新株予約権付社債の場合」の「発行者側の会計処理」によると、
� 発行時の会計処理転換社債型新株予約権付社債について、その発行に伴う払込金額は、以下のいずれかの方法により会計処理する。
ア 社債と新株予約権のそれぞれの払込金額を合算し、普通社債の発行に準じて処理する(一括法)。
イ 転換社債型新株予約権付社債の発行に伴う払込金額を、社債の対価部分と新株予約権の対価部分に区分した上で、社債の対価部分は、普通社債の発行に準じて処理し、新株予約権の対価部分は、新株予約権の発行者側の会計処理(Q1のA1参照)に準じて処理する(区分法)。
(なお書き以下略、後述)
とあります。
一括法
さて、一括法では、上述のように、転換社債であっても発行時に普通社債と同様の仕訳を行います。
仕訳をビジュアライズしてみると、以下のとおり。
例えば社債額面が100、入ってくる現金が98とすると、上図のように、社債発行差金が2だけ発生して、この社債発行差金を毎年償却していくわけです。(社債発行費は考慮してません。)
前述の基準では、「社債と新株予約権のそれぞれの払込金額を合算し、」とありますが、そもそも、日本の転換社債の発行要項においては、
本新株予約権の発行価額を無償とする理由及びその行使に際して払込をなすべき額の算定理由
新株予約権は、転換社債型新株予約権付社債に付されたものであり、社債からの分離譲渡はできず、かつ新株予約権が行使されると代用払込により社債は消滅し、社債と新株予約権が相互に密接に関連することを考慮し、また、市場環境等に基づく新株予約権の価値と、社債の利率、発行価額等のその他の発行条件により得られる経済的な価値とを勘案し、その発行価額を無償とした。また、新株予約権付社債が転換社債型新株予約権付社債であることから、各新株予約権の行使に際して払込をなすべき額は社債の発行価額と同額とし、当初転換価額は、○○○○とした。
(注:4月までの旧商法下でのイメージ例)
というような形で、新株予約権の発行価格を無償とする例しか存在しなかったと思いますので、「合算」もなにもないわけですが。
区分法
これに対して「区分法」だと、新株予約権のバリューを考慮することになります。
「区分法」は基準には書いてあるものの、実際にはほとんど使われたことがないと思いますので、実際には個々の額をどう計算するか、ということになるわけですが、もう一度先の基準を見てみると、
イ 転換社債型新株予約権付社債の発行に伴う払込金額を、社債の対価部分と新株予約権の対価部分に区分した上で、社債の対価部分は、普通社債の発行に準じて処理し、新株予約権の対価部分は、新株予約権の発行者側の会計処理(Q1のA1参照)に準じて処理する(区分法)。
とあり、(Q1のA1参照)とあるのは、単独で新株予約権を発行する場合の発行者側の会計処理のことで、
(1) 発行時の会計処理新株予約権は、その発行に伴う払込金額(会社法第238条第1項第3号)を、純資産の部に「新株予約権」として計上する。実務対応報告第1号において、新株予約権の発行価額は、以前の新株引受権付社債の会計処理(「金融商品に係る会計基準」(以下「金融商品会計基準」という。)第六 一)を勘案し、負債の部に計上することとしていたが、平成17年12月9日公表の企業会計基準第5号「貸借対照表の純資産の部の表示に関する会計基準」(以下「純資産会計基準」という。)に従い、新株予約権は純資産の部に表示することとなる(純資産会計基準第4項及び第7項)。
ということで、「新株予約権」の額を、「純資産の部」に載っけろ、ということですね。
前掲で省略した「なお書き」の部分ですが、
なお、転換社債型新株予約権付社債を社債の対価部分と新株予約権の対価部分に区分する場合には、金融商品会計基準注解(注15)1に準ずる方法によることとなるが、社債と新株予約権それぞれの払込金額が明らかに経済的に合理的な額と乖離する場合には、当該払込金額の比率で配分する方法を適用することは適当でない。このような場合には、区分法における他の方法を適用することとなる。
とあり、金融商品会計基準注解(注15)1というのは、「(注15)新株引受権付社債を区分する方法について」の発行者側の処理のことで、
1 発行者側においては、次のいずれかの方法により、新株引受権付社債の発行価額を社債の対価部分と新株引受権の対価部分とに区分する。
(1) 社債及び新株引受権の発行価格又はそれらの合理的な見積額の比率で配分する方法
(2) 算定が容易な一方の対価を決定し、これを発行価額から差し引いて他方の対価を算定する方法
ということになります。
これだけ読むと発行価格100%を、社債部分(例えば95%)とオプション部分(同5%)に分けるようにも読めますが、「金融商品会計に関する実務指針」のIII説例による解説、説例26「転換社債の会計処理(区分処理)」のとおり、社債の額面は(返済義務なので)満額100%で計上しなきゃダメですから、オプションバリュー部分が100%の外書きになります。
(つまり、説例26の仕訳だと、
現金預金 10,000/社債 10,000
社債発行差金 480 株式転換権 480
となります。ちなみに、会社法下では、「株式転換権」の部分は、「新株予約権」という科目[純資産の部]になります。)
2つの区分法
前述のとおり、金融商品会計基準では、「算定が容易な一方の対価を決定し、これを発行価額から差し引いて他方の対価を算定する方法」でもいいよ、と書いてあります。
従来の実務としては、(もし区分法をやったことがある会社があったなら・・・・ですが、おそらく、)、前述の説例26のように、同格付(BBBならBBBの)の会社の発行金利を参考にDCF的に社債部分の現在価値を求め、発行価額との差額をオプションバリューとして算定したはずです。
(なぜかというと、オプションバリューの算定をしてくれるコンサルタントなんてほとんどいなかったはずだし、発行体の財務担当者も、「オプションバリュー?何それ?」という人がほとんどだったはずなので。)
ところが!
今度の「会社法による新株予約権及び新株予約権付社債の会計処理に関する実務上の取扱い」には、(今までの「金融商品会計基準」とか、旧商法による新株予約権及び新株予約権付社債の会計処理に関する実務上の取扱い」とは異なり)、前述のとおり、
社債と新株予約権それぞれの払込金額が明らかに経済的に合理的な額と乖離する場合には、当該払込金額の比率で配分する方法を適用することは適当でない。このような場合には、区分法における他の方法を適用することとなる。
という文言が付いてます。ここが、ストックオプションの費用認識との関連で、ささやかながら今までと大きく異なる部分じゃないかと考えます。
どういうことかというと、新株予約権付社債の処理を(仮に)区分法で行う場合、金利から逆算すると、
というように、新株予約権の額も社債発行差金の額も、まあ穏当なものになるけれど、新株予約権の条件からオプションバリューを算定した場合、
というように、非常に巨額の新株予約権(ないし社債発行差金)を計上しなければならないケースがあるかも、ということですね。
特に、ボラティリティの高いベンチャー企業の発行する転換社債においては、(もちろん「一括法」が採用されていると思いますので新株予約権のバリューは表面に全く出てこないわけですが、)、実態としては上記のようなことになっている可能性もあるのではないでしょうか。
つまり、みなさんMSCB(転換価格修正条項付きの転換社債)にばっかり注目して、「MSCB=悪者」じゃないの?という疑惑のまなざしで見る風潮は(過度かどうかはともかく)ここ最近、急速に発達してきたのではないかと思いますが、実は、「ただの(修正条項が無い)転換社債でも、非常に有利発行性の高いシロモノが隠れているかもしれない」という点にはあまり注目がされてないのではないかと思います。
ボラティリティの高いベンチャーだと、at the money(行使価格=株価の時価)での発行で、オプションバリューが株価の5割を越すケースもあるようですから、アップ率等にもよりますが、一見、会社に有利ないい条件(例えば、転換価格の修正条項なし、100円の額面を100円で発行して、金利ゼロ←すごくいい条件に見えますよね?)で発行しているようでも、実は、とんでもない条件かも知れない、と。
例えれば、おじいちゃんは「お菓子(社債)」部分を喜ぶだろうと思って孫に食玩を買ってあげたとしても、実は孫は、「おまけ(オプション)」の方に着目していて、そのおまけが「ただのおもちゃ」か「海洋堂のフィギュア(しかも激レア)」かで、まったく価値が異なってくるわけですね。
(そして、「おじいちゃん」には価値があるようには見えない「おまけ」の部分についても、適正な評価額をつけましょう、というのが今月5月からはじまったストックオプション会計であります。)
なぜストックオプションを費用化する会計基準が施行されても、転換社債にだけオプションバリューを認識しない「一括法」が認められる会計基準になっているのか。なぜ、ストックオプション会計基準では、どういう処理にするかのカンカンガクガクの検討の過程が非常に多くのボリュームを割いて説明されているのに、社債の処理では、
金融商品会計意見書の考え方は、以前の転換社債と経済的実質が同一である会社法に基づき発行された転換社債型新株予約権付社債の会計処理にも適用することが可能と考えられるため、発行者側については、以前の転換社債と同様に、一括法と区分法のいずれの方法も認められることとし
と、数行で片付けてしまっているのか?
これは、「区分法」の強制により、転換社債市場が消滅すること(サードインパクト)を恐れる何者かによるインボー「大人の事情」によるものなんでしょうか?
(次回に続く・・・)
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昔は証券会社の損失補てんに使われたぐらいなので、プレーンな転換社債であっても有利発行性を持ちうることはある程度広く認知されているかと思います。
今回の経緯については、(もうご存知かもしれませんが)
http://www.jsda.or.jp/html/oshirase/CBWGreport.pdf
が詳しいです。
>プレーンな転換社債であっても有利発行性を持ちうることはある程度広く認知されているかと思います。
そうですかねえ。そうだといいんですが。
もちろん、転換価格が時価より安かったりしたら気づくんでしょうけど、転換価格が発行価格より10%上でも、重厚長大産業のA社だと適正な条件で、ネットベンチャーのB社だと有利発行性が強くなる、というような感覚はあまりないんじゃないでしょうか。
>今回の経緯については・・・が詳しいです。
ありがとうございます。
でも、これは、「今回(会社法)」というよりは、14年施行の旧商法の改正への対応の経緯、ですね。
コメントありがとうございました。
(ではまた。)
私の朧気な記憶によると、何故SOと違ってケンケンガクガクの議論にならなかったかと言えば、SOと違って転換社債は発行時においては一応独立当事者間取引なので、「発行時点での公正価値」は払込価額と同額として扱うことに一応の合理性があると考えられていたからだと思います。(もっとも、この点についてはSO解禁以前から江頭先生が問題を指摘されていて平成14年改正の時にも座談会でかなりキツイことを仰っていますが・・・)
この独立当事者取引価格的なものを尊重する限りにおいては、新会社法の下でも、負債総額が払込価額を超えるような形での認識ということにはなりにくいような気がします。
寧ろ、転換社債のサード・インパクトは、(転換社債に限らず)負債一般について発行「以後」の公正価値についてmark-to-marketで洗い替えをすべきという議論との関係で出てくるのではないでしょうか。それに備えて、今のうちから密かに「金融補完計画」を立案しておく必要はあるのかも知れませんが。
転換社債というと私のような素人はついライブドアのMSCBなどを思い出してしまうのですが、ああいう特殊な転換社債がいつでも大量に発行可能である場合、その会社の株価というものは恒に砂上の楼閣になってしまうと思うのですが、ライブドアを叩きたがっていたはずのマスコミなどは、なぜその点をついて騒がなかったのでしょう。未だによく分かりません。
SOの費用認識はCBを殺すか?
最近、実質、開発ネタと消費者金融ネタで、アイデンティティの喪失を感じ始めている…