GoogleのYouTube買収と有限責任性

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日経BPさんで連載させてもらってます、「ネット・エコノミー解体新書」の次の回の原稿として、GoogleがYouTubeを買収した件に関して先週金曜日に書いて送らせてもらったのですが、webにアップされるのはちょっと先になると思いますので、その件に関して若干。
YouTube買収スキームの詳細
まず、SECのEDGARに、先週金曜日にフォーム8-Kで、開示が行われました。
これによると、今回の買収のスキームは、この買収のために新たに設立するグーグルの100%子会社(ペーパーカンパニー)「Snowmass Holdings, Inc.」とYouTubeを合併させ、YouTubeの株主に合併対価として、(Snowmass Holdings, Inc.の株式ではなく)、16.5億ドル分のグーグル株式(Class A common stock)を渡す、という・・・いわゆる三角合併の取引となるようです。(下図)
 
 
google_youtube_merge.jpg
つまり、報道にあったとおり、YouTubeは引き続き「別会社で」営まれるということになります。
池田信夫さんのブログ「Google/YouTubeの深いポケット」、および、小飼弾さんのブログ「子会社の賠償責任は親会社に及ぶか?」でも議論されてますが、今後、YouTubeがコンテンツプロバイダー各社から巨額の訴訟を受ける可能性があるという点が、今回の取引の最大のポイントの一つかと思います。
(池田さんのブログでは、WSJの報道として、違法なビデオクリップ1本について15万ドルなので、7000万本以上あるクリップの0.1%(7万本)が請求の対象になるとしても、総額は100億ドル、という規模感が提示されてます。)
こうした訴訟が提起された場合に、YouTubeおよびGoogleにどういう影響が及ぶか?というところが、非常に興味をそそるところ。
取締役はどう行動したのか?
さて、今回の買収で、Googleの取締役、officerのみなさんが、経営判断の原則(business judgement rule)を果たすために、どういうことを検討する責任が発生し、何を押さえておかないといけないかったか、ということですが;

  • 日本円で2000億円というような巨額な投資が、ちゃんと経済的にペイする確証があるという点を確認したのか?金額はどういう根拠をもって妥当と判断したのか?
  • 特に、YouTubeが著作権侵害について訴訟された場合に、その訴訟について勝てる見込みがあるかどうかを、YouTubeに対する(法務を中心とする)デューデリをきちんと行ってから投資を意思決定したのか?
  • YouTubeが仮に訴訟に負けた場合に、Googleが大ゴケするというようなことが無いように、適切なスキームを検討したか?

等は、真っ先に思い浮かぶところでありましょう。
訴訟大国アメリカのことですので、訴訟が行われることを前提に対策を打たないとアホであります。Googleは(過半の日本企業とは違って)社外取締役がboardの過半を占める会社ですし、この社外取締役の方々は、アホというよりは、どちらかというとアメリカの中でも最も優秀な(こういうことに慣れた)方々がそろってらっしゃるわけです。
ということで、このディールを行う前提としては当然、米国の中でもベスト&ブライテストな弁護士の方々を多数駆り出して、調査(デューデリ)を行ったことでしょう。
その結果、「絶対大丈夫です」てな意見が弁護士から出たとはとても思えないが(むしろ、「訴訟される可能性は極めて高いし、その場合に負ける可能性も結構あります」という言い方のほうが、ありうるかな、と思いますが)、少なくとも、「YouTubeが訴訟されてGoogleも共倒れになる可能性が極めて高い」といった結論が出たのにGoogleのboardが「Go」を出した、とは思えません。(経営判断を適切にしなければ、代表訴訟で負けるし、負ければ取締役自身の財産が危ないので。)
ということで、工夫(というか当然の話)として、YouTubeはGoogleと直接合併するのではなく、上記のように子会社として引き続き別会社として運営することとして、「limited liability protection」が働くスキームを採用しているのではないかと思います。
「YouTubeは、Googleとは本社も別々の場所で運営できる自由のある条件で・・・」といった感じの報道も見かけたのですが、ヒネた見方をすれば、これは、「自由」というより、「Googleと事実上一体の運営がなされているという外観を作らないため」の工夫の一つではないかと思います。
もう一つは、(法務というよりは、経済的なお話として)、YouTubeの株主に、合併の対価として現金ではなく、Google株式が渡されるスキームを採用した、という点ですね。デューデリしたとは言っても、検討期間は短かかったでしょうから、いくらYouTube経営陣が「representation and warranty(表明と保証)」でコミットしても、リスクは大きいわけで、それをヘッジする意味でも、「YouTubeがコケてもYouTubeの元株主はキャッシュが日本円で2000億円も入ってウハウハ」ではなく、「YouTubeの訴訟の影響で、Googleの株価が下がった場合には、YouTubeの株主も損する」ようにしたということじゃないかと思います。(つまり、当然、今回の取引で得たGoogle株式は、ある程度の期間、売却してはいけないというロックアップは掛かっているんでしょう。)
本来、下記BSのとおり、Googleは、現預金・有価証券あわせて、98億ドル(約1.2兆円)ものキャッシュを持っており、16.5億ドルなら、「ポン」とキャッシュで払っても、痛くもかゆくも無いはずなわけです。
google_BS.jpg
 
Googleの時価総額に対して1.3%程度の株式が発行されるだけで、しかも、これがもし、上述のように当面ロックアップされるとすると、需給が株価に与える影響は微小なはず。
ちなみに、グーグルの14-6月 第2四半期の税引前利益は17.8億ドル。半期ごとにYouTubeが1社づつ買えるほど利益が出ているわけで、仮にGoogle本体に壊滅的な影響を与えるというようなことがなければ、別会社であるYouTubeが訴訟に負けて破産しても、保有しているYouTube株式の価値がゼロになるだけで、痛くもかゆくも無い。
(追記10/25:すみません・・・四半期でなくて、半期[6ヶ月]の利益を見ておりました。)
Googleに影響は及ぶのか?
問題は、みなさんご心配の通り、YouTubeの行為についての損害賠償請求がGoogleに及ぶのか?というところでしょう。
アメリカの法律や判例を詳しく知らないので以下推測にすぎませんが、アメリカの書物でも「有限責任は資本主義の最大の発明の一つ」てなことが書いてあるので、(もちろん、「法人格否認の法理」的なものもあるでしょうし、別会社だから何をやっても許される、ということにもなるわけがないですが)、株式を投資しただけで責任が株主に及ぶというような(不良債権処理で、日本の法人が「株主責任」を問われて、外国の人にはわけがわからなかった、というような)ことが原則だ、てなことは無いと思います。
今のところ、Googleが実質的にYouTubeをコントロールしていた、というようなことは事実から反するでしょうし、今回、株式を購入(正確には子会社と合併)しただけなので、それでもGoogleにまでYouTubeの損害賠償請求のトバッチリが及ぶ、ということだと、資本主義の根本原理である「有限責任」というお話は吹っ飛びます。
もちろん、「訴訟する側がGoogleを訴えるなんてことがありえない」ということじゃありません。
YouTubeにVCが投資した資金は、Forbesの記事などを読むと、たかだか数十億円のオーダーのようですので、YouTube自体は金もってない。むしろ、池田さんのおっしゃるとおり、コンテンツを持ってる側の弁護団は、当然、なんとかGoogleにも責任が及ぶという理屈をつけてGoogle本体を訴訟できないか、と頭をひねると思います。
ちなみに、技術的なお話ですが、池田さんのコメントで、

アメリカでは連結財務諸表しか発表しないので、両者は法的にも財務的にも一体である。

とありますが、これは、「財務的には一体であるが法的には一体とは限らない」が正確ではないかと思います。
連結財務諸表は、経済的に一体な企業集団についてまとめて財務諸表を作成するものであって、証券化のSPCなどで倒産隔離がきちんと図られていても、経済的に一体と考えられるものについては、一体として表示することが義務付けられており、また、財務諸表で一体だからといって法的にも一体と解される、というわけではないと思います。

今のところ、Googleの時価総額は1300億ドルもあるので、たとえ100億ドルの賠償を命じられたとしても破産することはないと思われるが、その企業価値は大きく損なわれるだろう。

という部分ですが、上記のGoogleのBSのとおり、Googleはキャッシュ(有価証券含む)は今年の6月末で98億ドル「しか」持っていないので、”万が一”、Googleが100億ドルもの賠償をしないといけなくなれば、破産もありえない話ではありません。
「時価総額」は、市場がGoogleが将来生み出すであろうと考えているキャッシュフローの現在価値(のはず)で、破産するかどうかは、現在の資金繰りの話ですので、賠償額が時価総額に対して十分小さいからといって安心はできません。
でも、上述の通り、Googleのキャッシュフローは、すさまじくストロングであり、これがYouTubeの件で減少するということも考えにくいので・・・実際にも、おっしゃるとおり、Google倒産てなことにはならないとは思います。
訴訟する側は、テレビに変わりうる世界第6位(alexaベース)のトラフィックを持つ「金のガチョウ」のYouTubeやGoogleを「殺す」よりも、今までの損害額としてそこそこの額(多くてもせいぜい5000億円程度まで)を一時金として支払わせて、後はYouTubeやGoogleと、コンテンツについてプロフィットシェアリングをしたほうが、長期的に得なはずなので。
Googleも5000億円なら、半期分くらいの利益にすぎませんから、それを払って後はおおっぴらに商売できるなら、払う価値はあるかと。
少なくとも、コンテンツ保有側の論理として、日本でなら想定される「映画館を守るため(だから、何があってもYouTube、コロス)」といった理屈が働くとは、あまり思えません。
(ではまた。)

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6 thoughts on “GoogleのYouTube買収と有限責任性

  1. 法人格否認の法理は元々アメリカの判例上構築された理論で、日本の法人格否認の法理は一時期のアメリカの判例の基準を少し変えた感じのものです。もちろん今も法人格否認の法理はあります。
    Google側の弁護士も法人格否認の法理によって責任を負わされる可能性があるか?という点についてDDの際に調べた上で決断したのでしょうね。

  2. はじめまして。いつも楽しく読ませて頂いております。
    素人的な疑問なのですが、間にペーパーカンパニーを挟んだのは、なぜでしょうか?
    法的責任を隔離するだけなら、直接買収しても良さそうですが。。

  3. アメリカの法律のことでよく存じませんが、おそらく、
    ・YouTubeのすべての株主の株式を強制的にGoogle株式と交換できるスキームか?
    ・税務上、どう扱われるか?
    等が検討事項になってくると思います。
    「株式を買い取る」という場合には、
    ・合併と違って、個別の株主との交渉になる
    ・米国の税法上、Google株式を対価としても、キャピタルゲインに課税されるか?
    ということになりますが、合併という形式を取れば、
    ・株主総会で決議されれば、全YouTube株主の株式がGoogle株式と交換される。(はず。)
    ・合併の対価なら、(おそらく)課税されない。→Google株式を売却するときまで、課税繰延。
    ということになるかと思います。
    (詳しくは、米国法の専門家にご確認ください。)
    では。