ストックオプションというのは、会社法上のものであるだけでなく、税務が切っても切り離せないものであり、売却時には証券取引法も関連し、費用計上の会計上の知識、金融工学的知識も必要で、おまけにインセンティブですから労務の観点も必要で、考えれば考えるほど、ディープな世界が広がってきます。
ということで、「知らなければ幸せに暮らせたのに、知ってしまったばっかりに、つまらんことで悩まないといけない(かも知れない)」というシリーズをいくつか。
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第1回目は、「売却のマーケットインパクトを考える」。
ご案内のとおり、ストックオプションの行使にはインサイダー取引規制(証券取引法第166条)は適用されませんが、行使で取得した株式の売却はもちろんインサイダー取引規制の対象となります。
このため、日本の実務では、(決算に関するインサイダー情報がない)四半期決算の開示の直後、概ね2週間くらいの間に売却をしている上場会社が多いのではないでしょうか。
しかし、この方法は、インサイダー取引規制を回避するにはいいかも知れませんが、役員等の売却が、年間4回の特定の短い期間に集中し、決算発表直後の需給を悪化させる可能性があります。
銘柄の流動性に比べてストックオプションの量が少ない企業はさておき、一般に、マーケットにインパクトを与えないように、もっと、分散して売却する方法はないでしょうか?
アメリカではどうしているのか
米SECのEDGAR で企業の開示書類を検索すると、「Form4」という様式がズラズラズラーと並んでいます。
(Googleの例)
Form 4とは、Wikipediaによると、
Every director, officer or owner of more than ten percent of a class of equity securities registered under Section 12 of the ’34 Act must file with the United States Securities and Exchange Commission a statement of ownership regarding such security. The initial filing is on Form 3 and changes are reported on Form 4. The Annual Statement of beneficial ownership of securities is on Form 5. The forms contain information on the reporting person’s relationship to the company and on purchases and sales of such equity securities.
とのことで、アメリカでは取締役や執行役の自社株の売買は、全部報告されて簡単に閲覧できるんですね。(初期値が「Form 3」、年間報告書が「Form 5」で、異動が「Form 4」。)
また、EDGARは、提出者コードで一発で抜き出せますので、たとえばGoogleのCEOのEric Schimidt(0001242463)のForm 4を抽出してみると、 下記のURLのとおり。
http://www.sec.gov/cgi-bin/browse-edgar?type=&dateb=&owner=include&count=100&action=getcompany&CIK=0001242463
ストックオプションを行使して月初と月末の売却が多い気がしますが、四半期ごとということはなく、毎月バラバラと売却されています。
毎月、売却してOKなんでしょうか。
個別の開示書類(例)を見てみると、「7. Nature of Indirect Beneficial Ownership」という欄に、「By Trust」とか「By Limited Partnership I」などとあって、本人が直接売却当事者になるのではなく、信託等に売却をまかせている、ということでしょうか?
日本での法令
日本では、信託等に株式を預けて、そこで年間に分散して売却してもらう、ということは法令上可能なのでしょうか?
会社関係者等の特定有価証券等の取引規制に関する内閣府令
(重要事実に係る規制の適用除外)
第六条 法第百六十六条第六項第八号 に規定する上場会社等の第一項 に規定する業務等に関する重要事実を知る前に締結された当該上場会社等の特定有価証券等に係る売買等に関する契約の履行又は上場会社等の同項 に規定する業務等に関する重要事実を知る前に決定された当該上場会社等の特定有価証券等に係る売買等の計画の実行として売買等をする場合のうち内閣府令で定める場合は、次に掲げる場合とする。
一 業務等に関する重要事実を知る前に上場会社等との間で当該上場会社等の発行する特定有価証券等に係る売買等に関し書面による契約をした者が、当該契約の履行として当該書面に定められた当該売買等を行うべき期日又は当該書面に定められた当該売買等を行うべき期限の十日前から当該期限までの間において売買等を行う場合
二 業務等に関する重要事実を知る前に証券会社との間で信用取引(証券取引法第百六十一条の二に規定する取引及びその保証金に関する内閣府令 (昭和二十八年大蔵省令第七十五号)第一条 に規定する信用取引をいう。第八条第一項第二号において同じ。)の契約を締結した者が、当該契約の履行として証券取引所又は証券業協会の定める売付け有価証券又は買付け代金の貸付けに係る弁済の繰延期限の十日前から当該期限までの間において反対売買を行う場合
三 上場会社等の役員又は従業員(当該上場会社等が他の会社を直接又は間接に支配している場合における当該他の会社の役員又は従業員を含む。以下この号及び次号において同じ。)が当該上場会社等の他の役員又は従業員と共同して当該上場会社等の株券の買付けを行う場合(当該上場会社等が会社法第百五十六条第一項 (同項 第百六十五条第三項 の規定により読み替えて適用する場合を含む。)の規定に基づき買付けた株券以外のものを買付けるときは、証券会社に委託等をして行う場合に限る。)であって、当該買付けが一定の計画に従い、個別の投資判断に基づかず、継続的に行われる場合(各役員又は従業員の一回当たりの拠出金額が百万円に満たない場合に限る。次号において同じ。)
四 上場会社等の役員又は従業員が信託業を営む者と信託財産を当該上場会社等の株券に対する投資として運用することを目的として締結した信託契約に基づき、当該役員又は従業員が信託業を営む者に当該上場会社等の株券の買付けの指図を行う場合であって、当該買付けの指図が一定の計画に従い、個別の投資判断に基づかず、継続的に行われる場合(当該役員又は従業員を委託者とする信託財産と当該上場会社等の他の役員又は従業員を委託者とする信託財産とが合同して運用される場合に限る。)
五 第三号に掲げる場合を除くほか、上場会社等の関係会社の従業員が当該関係会社の他の従業員と共同して当該上場会社等の株券の買付けを証券会社に委託等をして行う場合であって、当該買付けが一定の計画に従い、個別の投資判断に基づかず、継続的に行われる場合(各従業員の一回当たりの拠出金額が百万円に満たない場合に限る。次号において同じ。)
六 第四号に掲げる場合を除くほか、上場会社等の関係会社の従業員が信託業を営む者と信託財産を当該上場会社等の株券に対する投資として運用することを目的として締結した信託契約に基づき、当該従業員が信託業を営む者に当該上場会社等の株券の買付けの指図を行う場合であって、当該買付けの指図が一定の計画に従い、個別の投資判断に基づかず、継続的に行われる場合(当該従業員を委託者とする信託財産と当該関係会社の他の従業員を委託者とする信託財産とが合同して運用される場合に限る。)
七 法第三十四条第一項第八号 に規定する累積投資契約により上場会社等の株券(優先出資証券を含む。)の買付けが証券会社に委託等をして行われる場合であって、当該買付けが一定の計画に従い、個別の投資判断に基づかず、継続的に行われる場合(各顧客の一銘柄に対する払込金額が一月当たり百万円に満たない場合に限る。)
八 業務等に関する重要事実を知る前に法第二十七条の三第二項 の規定に基づく公開買付開始公告を行った法第二十七条の二第一項 に規定する公開買付け等の計画に基づき買付け等を行う場合
九 業務等に関する重要事実を知る前に法第二十七条の二十二の二第二項 において準用する法第二十七条の三第二項 の規定に基づく関東財務局長への届出をした法第二十七条の二十二の二第一項 に規定する公開買付け等の計画に基づき買付け等を行う場合
十 業務等に関する重要事実を知る前に、発行者の同意を得た特定有価証券の売出し(法第二条第四項 に規定する有価証券の売出をいう。以下同じ。)に係る計画又は令第三十条 に定める公表の措置に準じ公開された特定有価証券の売出しに係る計画に基づき当該特定有価証券の売出し(証券会社が売出しの取扱いを行うものに限る。)を行う場合
この第1号は、もともと、銀行の持ち合い解消等に使われることを想定した条文だそうですが、これで重要事実等を知る前に四半期計画や年間計画を立てて、分散して売却するするという手はあるかも知れません。
しかし、2号の信用取引は関係ないですし、3号〜9号の持株会や信託の利用、累投、公開買付等は、すべて「買い付け」のときだけで、「売却」を想定してません。10の売出も、ちょっと使いづらいでしょう。
ということで、日本でストックオプションを行使して得た株式の売却のマーケットインパクトをどう分散するか、「好業績を発表したのに上値が重い」という現象を防ぐ義務が、経営者にどこまであるか。
(もうなにか有効な対策を打っている日本企業はあるんでしょうか?)
考え出すと夜も眠れないシリーズ第1回でした。
(つづく。)
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こんにちは。確かに、3号〜7号の一見使えそうな条文がすべて「買付」に限定されているんですよね。この府令はセーフハーバー・ルールと言われますが、法166条6項本文で「第一項及び第三項の規定は、次に掲げる場合には、適用しない」8号については「内閣府令で定める場合に限る」とされています。これをどう読むかですが、セーフハーバー外もセーフである可能性があるけど保証はしません、ということならいいんですが、セーフハーバーをきちんと設けてやっているのだから、セーフハーバー以外は即アウト又はアウトの推定が働くという可能性の方が強いように思います。インサイダー取引規制は、基本的には権利帰属主体や利益帰属主体ではなくとも、行為者が重要事実を知って売買等を行った場合を処罰する構造となっているので、理屈としては、外部に委託をして売却の時期について個別の指示ができない形にしておけば、行為者は重要事実を知らない受託者である=>役員個人が重要事実を知った上での売却ではない=>そもそも第一項及び第三項に該当しないという考えも成り立つようには思うのですが、実際上問題ある取引として目を付けられた場合を考えると、セーフハーバー外で勝負しなければならないので、ちょっとディフェンスとしては弱いですね。ちょっと古いですが、このあたりの問題意識にも触れられた経団連の意見書を発見しました。
http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2003/124.html
ちなみに、ぼくは、ストックオプションは持っていないので、夜は眠れそうです。
>経団連の意見書を発見しました。
やっぱり、問題意識としてはあったんですねえ。
どうもありがとうございます。意見書以外の部分も大変参考になります。
(ではでは。)
有価証券処分信託サービスを提供している信託銀行さんによると、信託設定にあたり、インサイダー情報を知らないこと等を表明保証していただきます、だそうです。
ただし、ストックオプション行使に伴って取得する株式の数がマーケットにインパクトを与えるようなケースって日本企業の場合には(税制適格SOの要件もあり)余り聞かないんですが。
大変ごぶさたしてます!(ブログが更新されなくなってからも1年経つんじゃないかと思いますが、コメントいただくのは2年ぶりくらいですか?)
>インサイダー情報を知らないこと等を表明保証
これは、当然ではありますね。経済的実態はインサイダー取引なのに信託を使えばOKということは無いでしょうから。むしろ、信託設定後、信託会社はインサイダー情報を知らされてないが、本人は知っている、という場合に、上述のように、日本の法律だと「黒」になる可能性がある気がするのですが、その場合、信託銀行さんがどうされるのかが、興味しんしんであります。
>(税制適格SOの要件もあり)余り聞かないんですが。
ほとんどの場合、なんとかなると思いますが、行使金額の上限の規定で引っかかってくる場合には、シードに近い(安い行使価格の)段階で付与された場合で、取引量の小さい株式の場合には、そこそこヒヤヒヤするケースはあるかと思います。(特に、役員が四半期後の1週間くらいで集中して売却するような会社の場合。)
コメントありがとうございました。
今後ともよろしくお願いいたします。
覚えて頂いていて光栄です。ブログ更新は転職記念に来年にはなんとかしたいと思っています(というと、鬼が笑うか)。
>信託設定後、信託会社はインサイダー情報を知らされてないが、本人は知っている、という場合に、
2年前ですが、とある信託銀行は「法務顧問が疑念なしとはしないとコメントした」からやっていないと言っていましたので、当該法律顧問の方は磯崎さんと同じ懸念をお持ちなのかと思われます。
サービスインしている信託銀行は厳格に情報遮断があるので大丈夫と言っていた記憶があります。
余り参考にならない話ですみません。