J-SOXと不二家
まずは、J-SOX法のお話。
ご案内のとおり、昨年11月に、「財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準(公開草案)」が公表されてます。
上記の公開草案の名前にもあるとおり、J-SOX法(金融商品取引法第24条)では、「内部統制」全般ではなく、その中でも、「財務報告に係る」部分だけの評価・監査を義務付けています。
つまり、
内部統制とは、基本的に、業務の有効性及び効率性、財務報告の信頼性、事業活動に関わる法令等の遵守並びに資産の保全の4つの目的が達成されているとの合理的な保証を得るために、業務に組み込まれ、組織内のすべての者によって遂行されるプロセスをいい、(以下略)
(同公開草案「内部統制の定義(目的)」より一部抜粋)
といった内部統制全体の定義のうち、上記下線部だけが対象であり、業務の効率性とかコンプラについては、対象外になってるわけですね。(財界からのプレッシャーもあり。)
不二家が原料や製品の消費期限・賞味期限等を適正に管理するための内部統制を構築し運用する義務があるのは、食品会社として当然中の当然のことでありますが、これは、J-SOX法とはまったく関係ない・・・と言ってしまってよさそうに見えます。
ホントにJ-SOXに関係ないか?
もちろん、財務報告だけが対象といっても、適正な財務報告を作成するためには、ただ入金伝票や出金伝票がちゃんとしてればいいというわけではなくて、それを作成するための経済的実態(原料を仕入れた・出荷した等の事実や、各種見積もりの根拠等)があり、さらにその記録をベースに会計の記録を起票するはずで、こうした記録がいいかげんだと、財務報告の信頼性にも大きな影響が出ます。
また、「平気で法律やルールを破る社風」があったら、当然、会計の記録作成にも信用が置けませんので、「コンプラはJ-SOXの対象外」と言い切っちゃっていいかというと、そうではないかと。
また、消費期限を過ぎた牛乳を使っちゃうということ自体は直接には財務報告に関係なさそうですが、よく考えてみると、今回の事件は今後必ず、すごい額の損失を不二家に与えるわけで、その額が事前に予想されるなら「引当金の見積額に関する内部統制」という形で、結局、J-SOXの範囲内に入ってくる可能性があるんじゃないか、ということも、一瞬頭に浮かびました。
ただ、引当金の計上要件((1)将来の費用または損失、(2)当期以前の事象に起因、(3)発生の可能性が高い、(4)金額を合理的に見積もることができる)のうち、(1)から(2)までは確実に満たしそうですし、(3)もテレビによる不二家のパートさんや従業員の話などによると「いつか何か起きると思っていた」とのことなので満たす可能性も十分にあるんじゃないかという気もしますが、(4)が難しいですね。
ということで、今回のようなコンティンジェンシー的な件が、引当金の計上漏れとか内部統制の不備になるとは思いませんが、経常利益の5%程度のインパクトが予想される件については、要件を満たしている可能性がある場合には、財務報告に直接関係ないようでも、引当金計上の内部統制の不備、に該当するケースもあるかも知れませんね。
(引当金計上の手続きについて報告書の範囲に含めている企業は少なさそうな気もしますので、内部統制報告書やその監査上の不備ということにはなりにくいかも知れません。ややこしいくて恐縮ですが。)
見つけちゃったらジ・エンド
さて、あなたが食品会社の監査役とか内部監査担当だったとして、不二家の件を見て、「うちはどうなんだろう」と調べてみたら、期限切れの原材料を使ったケースが数件発見されてしまったとします。
昨今の情勢を考えると、これはもう公表する以外の選択肢は無いですね。
今、公表したら、「不二家に続いて○○社でも」という報道が行われて、コメンテーターは、「食品会社のモラルはいったいどこへいっちゃったんでしょうねえ」てなコメントを出すに決まっていますし、へたすると本当に会社がつぶれかねない。
・・・ですが、それでも公表しないといけない。
実際、たとえば構造計算書偽造問題で有名になったイーホームズ社は、確か、内部監査部門が偽造を発見し、社長もこれを取り上げて問題にした、と記憶しています。
つまり、内部統制の教科書的には、非常に正直でよい内部統制上の対応をした会社だったんじゃないかと思いますが、結果として会社は確認検査機関としての国の指定を取り消され、会社は(事実上)つぶれちゃった。
会計の内部統制とコンプラの内部統制の違い
財務報告には「重要性の原則」がありますので、利益等の5%程度の誤差は許容されています。
利益を3億円多めに計上している会社があったら「極悪企業」と思う人も多いと思いますが、利益が100億円あるのであれば3%の「誤差」に過ぎませんので、必ずしも「粉飾決算」には該当しません。
また、財務報告は、決算期が終わってから作るわけですし、会計監査人等とのネゴもあります。監査人に会計処理の不適切さを指摘されても、基本的には適正な処理に修正すれば問題ない話。つまり、「やりなおし」がきくのが会計です。
(間違いが多いと、財務報告の内部統制に不備がある、とみなされる可能性はありますが。)
ところが、コンプラの内部統制というのは、こうした許容誤差が極めて小さいですね。
法学では「可罰的違法性」といった理論もあるようですが、会計の重要性の原則ほどは基準が明確じゃないし、その理屈で逃げられる範囲もきわめて限定的な気がします。また、公開企業などでは、法律がどうのというよりも、マスコミやネットも含めた一般からの反応の方が大きいでしょう。
つまり、内部監査等で、期限切れの原材料を使っていた事例が発見された、とか、社内イントラで高校野球の賭けやってたのが発見されました、ということになれば、その原材料の期限オーバーが1日だけであっても、掛け金が一人200円で参加したのが10人であっても、アウトですね。つまり、コンプラ上のミスの場合、一度やっちまったことは、「やっぱり、取り消します」というわけにはいかない。
また、どんな小さな違反でも、「そのくらいいいんじゃないかと思いました」という言い訳が まったく説得力を持たないのが、コンプラの怖さかと思います。
内部統制というのは、前述の草案の目的に「目的が達成されているとの合理的な保証を得るために」と書いてあるとおり、コストパフォーマンスを考えた合理的なものであるべきです。
つまり、単に内部統制をキツくするだけなら、たとえば、全社員1人1人の後ろにマンツーマンで1人づつ内部監査担当者をつけ、営業の席や会議にもすべて同席すれば、かなり不正は行いづらくなります。ただ、そんなことしたら、人件費が2倍になるので、たいていの企業は赤字になっちゃう。そこまでやるのは、もちろん「合理的」ではない。
状況に応じて適切と考えられるコストをかけるのが「合理的」ということなわけです。
ということで内部統制というのは「不正をゼロにするしくみ」ではないので、一定の確率でちょっとしたミスは発生します。
それが、坦々と是正すればいいだけのミスならいいですが、誰でもやってしまう程度のことなのに公表したら会社がつぶれるようなミスの場合は、どないすればよろしいのでしょうか。(今回の不二家の件が、その程度のことかどうかはさておき、一般論として。)
たとえばケーキ10個の材料の期限が1日過ぎていていただけでも、世間がそれを激しく気にするのであれば、バスケット条項(「当該上場会社等の運営、業務又は財産に関する重要な事実であつて投資者の投資判断に著しい影響を及ぼすもの」証券取引法第166条第2項第4号等)に該当するから、当然、適時開示しないといけない話、ということになっちゃいます。
「クジャク化」する社会
渡辺千賀さんのブログで、「不潔道」の考え方が紹介されてますが、
http://www.chikawatanabe.com/blog/2005/09/post_1.html
確かに、日本のように極端に要求水準が高いマーケットを相手にしていると、グローバルな競争力は無くなる気がしますね。
クジャクは、オスの羽がきれいなほど寄生虫などへの耐性が強そうだということでメスに選ばれるので、きれいな羽を持つオス以外が淘汰され、羽がああいった感じに巨大に進化しちゃったそうですが、あの羽は(確かにきれいだけど)、違う環境では役に立たないどころか、デメリットでしかない。
家電とか携帯電話とか、日本独自の(高い)要求水準に適応して、世界で通用しなくなっている産業は、多そうです。
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つまり、バブル発生のメカニズムと同じで、経営者も、従業員も、内部監査担当者も監査役も、投資家も消費者もマスコミも、アホというわけではなく、逆に全員きわめて合理的に行動した結果、社会的な資源配分が大きくゆがむ可能性があるんじゃないかと思いますが・・・・長くなってきたので、続きはまた今度。
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>家電とか携帯電話とか、日本独自の(高い)要求水準に適応して、世界で通用しなくなっている産業は、多そうです。
一般には逆のことが良く言われていますよね。曰く、世界一うるさい日本の消費者に鍛えられたから日本の産業は国際競争力を持ったのだ、最近はその品質管理にたるみが出てきたから駄目になったのだ、と。
ちなみに、携帯については、その日本人を上回る完全主義とこだわりを持つとされる人が率いる会社が最近参入を表明して話題を集めましたね。
鉄や自動車などへの、より「ベーシックな」品質の要求は世界に通用しますが、携帯電話で絵文字使えたりする「アプリ寄り」機能は、国際的には通用しないので携帯電話メーカーの世界的シェアは低いんではないかと思います。
携帯電話に関しては完璧に日本の独自仕様である上に、日本人ユーザー以外をターゲットにしていないので外国では受けないそうです。事実、世界シェアではどこも相当に苦労してます。
「その日本人を上回る完全主義とこだわりを持つとされる人が率いる会社」
どこの話?
状況からするとYahoo! Japanと言いたいのだろうけれど、どう見てもあの人は完全主義や品質とはほど遠い存在ですよ。
iPhoneでしょ。
経営者の経済観念をつける学校が必要だ。
昔の菓子職人なら、材料はできるだけ高いものを必要な分量だけ買うことが本道としてあった。
で、味が評判になれば、菓子の価格を上げることができたし、美味しいものであるなら客も喜んで買ったし、お互い名誉なことだった。
ところが、どこかの菓子会社様は、
材料をできるだけ安く買うためにたくさん買った。
利鞘が生まれるからね、そこだけを見ると。
ところが、現実は、在庫を管理する費用の方が高かったわけだ。
殿様が早く気がつけばよかったのに、
あるいは気がついていたのに、
誤りを認めたくないエゴイズム!
で、大きい会社ほどひどい。
本当の意味での職人的な創業者は利益をめざし、
金貸しみたいな経営者は利鞘をめざす。
だから、経営者の経済観念をつける学校が必要なのだ。
ま、無駄かもしれないけど、
次に続く経営者の意識変化につながることを望む。
消費期限超過引当金
どんな引当金なんですかね。 isologue – by 磯崎哲也事務所:不
「コンプラの内部統制」というと、会社法362条5項(4項6号)を受けた、会社法施行規則100条ですよね。
「取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備」が、既に大会社には義務付けられていて、「財務報告に関する」などという限定も付いていないので、J-SOXなんて比較にならないくらい、広範な破壊力があると思うのですが、あまり話題になっていないような気がします。
それとも、私の読み違いで、破壊力はないのでしょうか。
内部統制
404 Blog Not Found 正直者へのご褒美はいずこ
isologue(イソログ)不二家と内部統制と「クジャク化」する社会
↑の二つのサイトをみ…
不祥事と報道:社会全体の「被害者」化
「不二家期限切れ原料使用問題」を初めとして、最近の企業不祥事に関する報道を見ていると、どうにも一種の「もやもや感」が産まれてしまいます。それは不祥事の内容…
不二家報道にはやっぱり釈然としないPart3
Part2で示したような農林水産省と厚生労働省のガイドラインのような法令(省令)によれば、消費期限や賞味期限を表示することは 食品衛生上の義務と責任を業者…
不二家報道にはやっぱり釈然としないPart2
しろさんと言う方から 厚生労働省と農林水産省の加工食品に関する共通Q&Aというサイトをご紹介いただきました。
厚生労働省と農林水産省は、2003年(平成…
> 家電とか携帯電話とか、日本独自の(高い)要求水準に適応して、世界で通用しなくなっている産業は、多そうです。
高いのかどうかは甚だ疑問を感じるときがあります。ときおり(比較的頻繁かもしれませんが)まったく合理性のない要求があったりします。よくよく考えてみると市場の要求を、ある種捻じ曲げて企業の論理に転換し、さらに旧態依然としたロジックで開発を行っているのはまさに携帯電話のケースがそのものであると感じます。結局、製品を提供する企業は疲弊するというモデル。適応しないと国内市場で保護されないもしくは、適応する=はい と答えるモデルから脱皮できない=独自性の全くない横並び的製品開発=世界で通用できない なのかなと。世界にも稀にみる管理国家日本 と揶揄される縮図そのものであるような穿った見方もできるのかもしれません。
不二家と「クジャク化」する社会 isologueより
アルファブロガーでもあるisologue
で、共感を覚える
記事があった。
(以下記事抜粋)
クジャクは、オスの羽がきれいなほど寄生虫などへの…
こんな時期にあえて食べます…… 不二家「カントリーマアム」と「ホームパイ」
不二家がいろいろ騒ぎになってますが、
私
の
結
論
は
と
い
う
と
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