「それでもボクはやってない」を見てきた

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周防正行監督の「それでもボクはやってない
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を、公開初日に見てきました。
見終わった感想としては、「見に行くのはあまりおススメできない」。
理由は、「日本に住んでいる人なら絶対見るべき映画」だから。
−−−
公開初日にもかかわらず(また、場所が繁華街ではないシネコンだったこともあるのか)、劇場の3分の2は空席という状況。
だって、そりゃそうでしょう。痴漢の裁判シーンがとうとうと続く映画というのを、いったい誰と見に行けばいいのか。彼女とデートで行くというのもなんですし、夫婦でというのも、ねえ。
奥さんが仕事で忙しかったし子供を連れて行くのもなにかと思ったので私は一人で見に行ったんですが、痴漢の裁判の映画を一人で見に行くというのもちょっとナニでして。
「『それでもボクはやってない』大人お一人様でよろしいですね?」というチケット売り場のおねえさんの声がシネコンのロビーにこだまするのも、「わわわ、もうちょっと小さな声でお願いします」という感じであります。
以前、このブログの「痴漢容疑リスク」というエントリで、

「痴漢容疑リスク」は(大げさでなく)現代社会における最大のリスクの一つになっている、ということではないかと思います。

と書かせていただいたところ、小飼弾さんからは、

磯崎さんとは思えぬ不見識である。

池田信夫さんからは、

これは典型的な「代表性バイアス」です。日ごろから冷静なリスク評価の必要性を説いている磯崎さんが、こういうバイアスを強めるのはいかがなものでしょうか。

とのコメントをいただいて、(ちょっとくやしいので)、次の「『痴漢容疑リスク』とリスクマネジメント」というエントリでは、リスクマネジメントの観点から考察を試みてみたりもしましたが、
思えばそのときの私の説明はヘタクソで、この「巨大なリスク感」を今ひとつうまく説明できなかったし、数値的な「リスク」の話でもなかったかもしれないのですが、周防監督は、この痴漢裁判が、日本の三権のひとつである司法がはらむ大きな問題の一つの表れである、という形に見事に整理して作品にされてます。
つまり、最近批判の多い「国策捜査」と同じ構造的問題を、表裏一体の「司法」の観点から描いた作品、とも言えます。
−−−
日本は民主主義の国で、首相や政府に対しても行政に対しても、そして「第4の権力」であるメディアに対しても、国民は非常に厳しく批判的な目を向けており、実際に容赦ない批判が浴びせられているわけです。
しかし、よく考えてみると、三権の一つである司法の問題については、ほとんど話題になることすらない。
それは、「司法にタテツくと怖い」といった恐怖感といったものからでは(おそらく)まったくなくて、司法の実態があまりに専門的で、話題にするにはあまりにつまらなく、お笑い用語でいうところの「からみづらい」存在だからでしょう。
つまり、司法のはらむ問題というものは、テレビや新聞といったマスメディアでは非常に取り上げづらかったし、「ジュリスト」などの雑誌や専門書でも「無罪判決を出すと裁判官の出世にひびく」といったことは書きづらい(また、おそらく専門家の間では「あたりまえ」の話として共有されているので書くまでも無い)ことなはず。
ましてや、前述のとおり、映画として興行ベースに乗るとはとても思えないテーマであります。
それがなぜ、「踊る大捜査線」等で大ヒットを飛ばしており、Wikipediaでも、「日本で数少ない、良い意味で映画を『ビジネス』として見ている人物」と書かれているフジテレビの亀山千広氏の製作で公開されたのか。
うがった(または素直な)見方で考えれば、
「『踊る大捜査線』シリーズでだいぶ儲けたから、今度は亀チャンの好きなものやらせてあげようよ」
的な社内力学で、本来、興行的には取り上げるべきではなかった作品が取り上げられてしまったとも考えられます。
しかし、(周防監督は、3年前から綿密な取材を重ねてこられたということでそういった意図は無いと思いますが)、素直な(またはうがった)見方で考えれば、これは、ニッポン放送=ライブドアの攻防で自社に対する新株予約権の発行が差し止められたフジテレビ(および亀山氏)自身が体験した
「あれっ?裁判官って真実を見抜いてくれる人じゃなかったの?」
という意外感、恐怖感、絶望感または喪失感が背後にあって、フジテレビが、「われわれ以外にこれを送り出せる者はいない」という使命感から「公器」として世に問うた作品なのかも知れません。
作品は、裁判の「実態」を(あまりに)リアルに描いている(だけな)ので、法律関係の方々にとっては日頃見聞きしたり体験したりすることと同じで面白くないでしょうし、善良な一般市民にとっては、「刑事裁判」というのは まったく異世界のこと(数値的なリスクとしては「交通事故よりも確率の低い」もの)なので、これも興味がわくことなのかどうか。
そういえば、亀山氏は「踊る大捜査線」シリーズで、「取調べでカツ丼が出てきたり、現場の刑事の独断で敵のアジトに潜入したり」ではない、官僚機構の中に組み込まれて本庁に頭が上がらない「リアルな」警察の現状を描いたので、この作品もその延長線上といえば延長線上なのかも知れません。(しかし、それにしても「興行離れ」してます。)
出演者の方々も役者のオーラを消し去って、まるでドキュメンタリーフィルムのよう。(「裁判員制度の説明ビデオ」と同列の教材ビデオとしても活用できそうな。)
東京地裁のビルの部屋の窓の外に法務省のレンガの建物が見えたり(CG?)、アークヒルズや第25森ビルを見下ろす泉ガーデンの大手法律事務所と、実際に弁護を引き受けてくれる事務所の対比もあまりにリアル。
被害者の女子高生も駅員も警察も弁護士も検事も裁判官も、それぞれが自分の人生の中でそこそこ真面目にやるべきことをやっているだけなのに、「99.9%の有罪率」の中で刑事事件の被告人が地獄に落ちていくという現実。
見終わった観客の方々も全員、あまりにリアルで不条理な現実に、がっくりとうなだれてトボトボとした足取りでスクリーンを後にして帰っていきました。
デートで見に行っても後の会話も盛り上がらないでしょうし、男性の中には、怖くて満員電車に乗れなくなって生活に影響が出る人もいるのではないかと。
ということで、「最高裁判所裁判官の国民審査の投票をするのと同じくらい、日本国民であれば見るべき」映画だと思いますが、「『選挙に行ったときに、最高裁判所裁判官の国民審査もちゃんとやったほうがいいよ』と言うのと同じくらい人には勧めづらい」映画でもあります。
(ではまた。)

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14 thoughts on “「それでもボクはやってない」を見てきた

  1. 「べき」であっても在外邦人は最高裁判官の国民審査投票が「出来ない」システムになってたりするので、
    そうであれば尚更、「させろや何で出来へんねん」という心情が昂揚する、という現実もお伝えしたく。
    納税してないから在外邦人の選挙権は制限があって当然、というお話なら、別にそれでも良いのでじゃあ変な限定的解除について、きっちり説明しといてや(多分国際社会からはまたあれこれ言われるだろうけどもよ)という、本件とは直接関係ないお話についてちょっと思いが及びまして、ただそれだけです。お目汚し失礼いたしました。

  2. 某えん罪事件の映画の件

     映画そのものは見てもいないわけですが、あちこちで盛り上がり始めているのでちょっと一言。例の、前田有一氏曰く「すべての男が見るべき大傑作」、磯崎先生曰く「他人に

  3. こうした、「数字」を取れそうにない映画やあるいはドキュメンタリーを推すことが最も多いのも、同局、あるいは亀山氏なのかな、と見ております。「個の狂気」は日テレ土屋氏の名言ですが、「世に問う」ことの幅広さと、結局は個に帰属して判断を行う作り方と、その交錯するところが様々に事象として出て来るのでしょうか。

  4. ハリウッドも「社会派」と呼ばれるスタッフが名作を発表している。ところで、日本の「通勤痴漢問題」は根深い。自白中心のポリス取調べ*に加えて、満員電車を放置する行政と鉄道会社の責任はどうか?屋根まで上るインドの通勤列車を笑えない。(*江戸時代の「おかっ引」と変わらない)。とにかく、周防+亀山コンビで「社会派映画」を発表したことは、嬉しい。

  5. はじめまして。興味深く読ませていただきました。
    >見終わった観客の方々も全員、あまりにリアルで不条理な現実に、がっくりとうなだれてトボトボとした足取りでスクリーンを後にして帰っていきました。
    私も初日にちょっと大きめの映画館に見に行ったのですが、男性と女性の反応の差が興味深かったです。
    男性はだいたい上記の反応でしたが、映画上映終了時に若い女の子のいくつかのグループから笑いがでたのが衝撃的で、正直、血の気が引きました。
    映画自体はたくさんの人に見て考えて欲しい内容だと考えています。
    こういう退屈なテーマを最後まで飽きさせずに見させるところは流石と思います。

  6. 痴漢冤罪裁判の実情の裏に司法制度の問題点が潜むであろうことを映画で表現しているらしいですが,その指摘の成功(≒映画興業の成功)によって別種の司法上の問題点が隠蔽される事態を危惧します.

  7. 「有罪率99%」の謎

    映画「それでもボクはやってない」が昨日から公開され、話題になっている。私は見てないが、ちょうどそのストーリーを裏書するように、強姦事件で服役した人が無実だ…

  8. 司法は腐ってますよ。大阪高検の検事が検察の不正、裏金づくりを告発しようとマスコミにでようとしたら、でる前に逮捕されるし。
    もう少し罪に応じて拘留期間を変えるべきだと思います。
    強盗なら14日とかでも仕方ないかなと思うけど、痴漢や万引きなら2,3日とか。そもそも拘留しなくても良いものまで拘留するし。

  9. この映画、僕は夫婦で見ましたが、すっごく面白かったですよ!?男なら「自分だったらどうするだろう」とドキドキしながら次の展開を見守ると思うし、取調べや裁判の描写には愕然とさせられます。家内は「旦那がこんなことになったらどうしよう(なる可能性は十分あるし)」と思ってハラハラしながら見てたそうです。確かに見終わってシーンとしてしまいますが、日本映画としては出色の出来だと思います。社会派云々は別にして、純粋に映画として面白いと思いますけど。

  10. 公開が決定した時から、是非、見たいと思っていました。実は、3年位前に周防監督にお会いした方から、ドキュメンタリー映画が完成したにも関わらず、ある事情でお蔵入りしていたことを聞いていました。
    このドキュメンタリーを下敷きに3年かけて、今回の上映が実現したものと思い、周防監督の思いが実現して良かったと思っています。
    残念ながら、まだ見ていませんが、時間を作って見に行きたいですね。

  11. 映画『それでもボクはやってない』は必見

    話題の映画『それでもボクはやってない』を観た.実に恐い映画だ.ごく普通に日常を送っていた若者が,ある日突然,警察,検察,それに裁判所の三位一体の無能さゆ…

  12. 「それでも僕はやってない」人が人を裁く怖さ、でも犯罪を起こす…

    「それでも僕はやってない」★★★☆
    加瀬亮主演
    周防正行主演、2007年、143分
    満員電車で身に覚えの無い
    痴漢行為で逮捕され、

  13. それでもボクはやってない / 邦画

    痴漢冤罪を描いた作品。電車内で痴漢に間違われた青年は、横暴な態度と杜撰な捜査でいつの間にか犯人のように扱われてしまう。彼は自身の潔白を証明するため、裁…