前回のエントリでは、「このブルドックの買収防衛策では、買収防衛策を回避しようというインセンティブはわかないのではないか?」という趣旨のことを申し上げました。
(14時に日経ニュースで、「スティールがTOB継続へ」と報道されたそうですが、どうなんでしょうか?)
実行されれば、「事実上、世界初という『買収防衛策の実際の発動』」(2007年6月29日、日経金融新聞P20)だそうですので、えらいこっちゃ、であります。
アメリカで買収防衛策をやっている弁護士さんも、「実際、買収防衛策が発動された場合の税務については、よくわからないんだよ。(なにせ、実例が無いので。)」というようなことをおっしゃっているという話も聞きますし、ブルドックソースのリリースを見ても、「現在、税務当局に確認中」だそうですので、ここで、「世界初」の買収防衛策発動の税務(ただし日本版)について考えてみたいと思います。
(以下、ざっと考えただけのコメントでありますし、ブルドックソースの株主のみなさん他の税務に関わるアドバイスを目的としたものでもありません。当然のことながら、会社の正式な発表をご覧いただくとともに、具体的な案件は、読者の方の顧問弁護士、税理士等にご相談ください。)
今回は、スティール以外の株主の税務について考えてみたいと思います。
今回のスキームの概要は、全株主が1株あたり3個の新株予約権をもらい、スティール以外の株主は、原則として、会社が取得条項を使って、新株予約権1個を普通株式1株を対価として取得する予定になっています。
株主割当て時の税務
そもそも、所得税法の原則としては、金銭以外の権利を与えられた場合には、その権利が取得された時点で収入を認識し(所得税法第36条第1項)、「その時点における価額(時価)」をもって収入の金額とすることとされています(同条第2項)が、所得税法施行令第84条では、ストックオプションなどの場合には、行使の日まで課税を繰り延べる、としています。
(株式等を取得する権利の価額)
所得税法施行令第84条
発行法人から次の各号に掲げる権利で当該権利の譲渡についての制限その他特別の条件が付されているものを与えられた場合(株主等として与えられた場合(当該発行法人の他の株主等に損害を及ぼすおそれがないと認められる場合に限る。)を除く。)における当該権利に係る法第三十六条第二項 (収入金額)の価額は、当該権利の行使により取得した株式(これに準ずるものを含む。以下この条において同じ。)のその行使の日(第五号に掲げる権利にあつては、当該権利に基づく払込み又は給付の期日(払込み又は給付の期間の定めがある場合には、当該払込み又は給付をした日))における価額から次の各号に掲げる権利の区分に応じ当該各号に定める金額を控除した金額による。
一 〜三(略)
四 会社法第二百三十八条第二項 (募集事項の決定)の決議(同法第二百三十九条第一項 (募集事項の決定の委任)の決議による委任に基づく同項 に規定する募集事項の決定及び同法第二百四十条第一項 (公開会社における募集事項の決定の特則)の規定による取締役会の決議を含む。)に基づき発行された新株予約権(当該新株予約権を引き受ける者に特に有利な条件若しくは金額であることとされるもの又は役務の提供その他の行為による対価の全部若しくは一部であることとされるものに限る。) 当該新株予約権の行使に係る当該新株予約権の取得価額にその行使に際し払い込むべき額を加算した金額
五 (略)
このため、「(株主等として与えられた場合(当該発行法人の他の株主等に損害を及ぼすおそれがないと認められる場合に限る。)を除く。)」というところの解釈が問題になります。
これは、株主割当てで発行されるわけですから、「株主等として与えられた場合」に該当するのは明らかですし、今回の場合、スティールにも適正な時価に相当するキャッシュが行くので、「当該発行法人の他の株主等に損害を及ぼすおそれがないと認められる場合に限る。」に該当することも明らかかと思います。
逆に言うと、司法判断への対応もさることながら、もしかして、この「当該発行法人の他の株主等に損害を及ぼすおそれがないと認められる場合に限る。」という条項があるので、スティールの持分を大きく希薄化させるような買収防衛策だと、他の一般株主に課税リスクが生じるというご判断だったんでしょうか?
そもそも、このかっこ書きは、買収防衛策を意識して入った条項なんでしょうか?それとも、ただ「株主等として与えられた場合を除く。」と書いておくと、特定の人だけ行使できないような新株予約権を株主割当して、事業承継に使おうなんて輩が現れるので、そういうことを防ごうということでしょうか?
インボイスの参考例
かつてインボイスさんが全株主に新株予約権を付与した場合に問い合わせをした結果が、東京国税局のホームページにあります。
譲渡制限のない新株予約権を株主等へ一律に付与する場合の所得税法上の取扱いについて(東京国税局)
http://www.tokyo.nta.go.jp/category/various/kaitou/30/shotoku/08/01.htm
新株予約権の所得税法上の取扱についてのお知らせ(インボイス)
http://www.invoice.ne.jp/pdf/9448_20041122.pdf
これによると、ストックオプションの取得時、行使時には課税関係は発生しないことになってます。
インボイスさんも、当初の要項では新株予約権に譲渡制限がついていたのですが、途中から、この譲渡制限をはずしたと記憶しています。(これも、明文上、令84条に該当しないことを明確にする意味もあったんでしょうか。)
今回のブルドックの新株予約権は、譲渡制限こそついてますが、基本的にはかっこ書きに該当するので、令84条には該当しないと考えてよろしいのではないでしょうか。
また、原則である所得税法36条に立ち返って付与時に課税されるかと言うと、経済的実質が株式分割と同様であり、この新株予約権の発行や取得で1株あたりの価値が大きく動くということもないと考えられますので、これも課税は発生しないということになるんでしょうね。
新株予約権の取得(普通株式との「交換」)時の税務
http://www.bulldog.co.jp/company/pdf/070607_IR1.pdf
株主の皆様(非適格者及び非適格者以外の一般株主の皆様の双方を含みます。)に割当てられた本新株予約権については、原則として、行使期間の到来よりも前に、取得条項に基づき取得することを予定しております。その場合には、当社は、会社法に定められた手続(会社法第273条、第274条)に従い、それぞれ非適格者及び非適格者以外の一般株主の皆様毎に、新株予約権者の皆様に対する公告を実施したうえで、かかる取得を行います。但し、かかる取得の際の税務上の取扱いについては先例及び明確な法令等の規定が存しないため、現在税務当局に対して確認を行っており、仮にかかる確認の結果、税務当局から、非適格者以外の一般株主の皆様に負担となる課税が発生する旨の見解が示された場合には、かかる取得は行われず、非適格者以外の株主の皆様には行使可能期間の到来を待って本新株予約権を行使していただくこととなる可能性もございます。その場合には、当社は、会社法に定められた手続(会社法第279条第2項)に従い、当該行使可能期間の初日の到来前に、新株予約権者の皆様に対して、通知を行います。
確かに、先例はあまりないものの、法令としては、下記の条文に、かなりピッタリ当てはまるんじゃないかと思うんですが、どうでしょうか?(そこを確認中、ということかと思いますが。)
(株式交換等に係る譲渡所得等の特例)
所得税法第五十七条の四
1、2(略)
3 居住者が、各年において、その有する次の各号に掲げる有価証券を当該各号に定める事由により譲渡をし、かつ、当該事由により当該各号に規定する取得をする法人の株式(出資を含む。以下この項において同じ。)又は新株予約権の交付を受けた場合(当該交付を受けた株式又は新株予約権の価額が当該譲渡をした有価証券の価額とおおむね同額となつていないと認められる場合を除く。)には、第二十七条、第三十三条又は第三十五条の規定の適用については、当該有価証券の譲渡がなかつたものとみなす。
一 取得請求権付株式(略)
二 取得条項付株式(略)
三 全部取得条項付種類株式(略)
四 新株予約権付社債についての社債(略)
五 取得条項付新株予約権(新株予約権について、これを発行した法人が一定の事由(以下この号において「取得事由」という。)が発生したことを条件としてこれを取得することができる旨の定めがある場合の当該新株予約権をいい、当該新株予約権を引き受ける者に特に有利な条件又は金額で交付された当該新株予約権その他の政令で定めるものを除く。) 当該取得条項付新株予約権に係る取得事由の発生によりその取得の対価として当該取得をされる新株予約権者に当該取得をする法人の株式のみが交付される場合の当該取得事由の発生
六 取得条項付新株予約権付新株予約権付社債(略)
4 前三項の規定の適用がある場合における居住者が取得した有価証券の取得価額の計算その他前三項の規定の適用に関し必要な事項は、政令で定める。
(株式交換等による取得株式等の取得価額の計算等)
所得税法施行令第百六十七条の七
法第五十七条の四第三項第五号 (株式交換等に係る譲渡所得等の特例)に規定する政令で定める新株予約権は、次に掲げる新株予約権とする。
一 新株予約権を引き受ける者に特に有利な条件又は金額により交付された当該新株予約権
二 役務の提供その他の行為に係る対価の全部又は一部として交付された新株予約権(前号に該当するものを除く。)
(以下略)
(法人税法第61条の2、法人税法施行令第119条、同趣旨。)
これも、「当該交付を受けた株式又は新株予約権の価額が当該譲渡をした有価証券の価額とおおむね同額」かどうか、が問題になるかと思います。
この新株予約権の行使価格は「1円」で、取得後のブルドック株1株あたりの時価は396円になる予定だから、実質的な「本源的価値(intrinsic value)」は395円。
(希薄化前で考えるべきではないと思いますが、所得税や法人税の通達がreferする財産評価基本通達の表現に仮にそのまま従うとして)、希薄化前の株価(例えば本日終値1,479円)としても、本源的価値は1,478円。
スティールに現金で支払われるベースとなる1,580円と株価が
1円くらいはオプションバリュー(タイムバリュー)も考えれば誤差の範囲だから、「おおむね同額」に該当するのはほぼ確実ではないかと思います。
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ということで、結論としては、スティール以外の一般株主の課税関係については、(あたりまえっちゃ、あたりまえですが)、課税なしで済むのではないかと思われます。
(気が向いて時間があったら)、次回以降で、よりややこしいことが予想されるスティールブルドック側の課税関係について考えて見たいと思います。
(ではまた。)
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ブルドック側の課税関係は、よりややこしいことが予想される点があるとは思えますが、逆に私は23億円を損金扱いできる根拠が弱いように感じています。
いずれにせよ、次回のブルドック側の課税関係の解説を楽しみに致します。
(コメントありがとうございます。)
あ、まちがえた。ブルドッグ側じゃなくて、「スティール側」のつもりでした。
ブルドッグ、23億円損金扱いする予定なんですか?
(追記:会計的には損失で処理されるということになる・・・ように読めますが・・・そのへん、今後のエントリで。)