(以下、特定の監査法人さんの擁護をするものでも、非難をするものでもありませんので、念のため。)
たまごさんよりのご質問:
意図的に話題を避けていらっしゃるのかもしれませんが
是非カネボウの粉飾決算にハンコを押した中央青山の会計士の意味について
分析、コメントしてください。
同業なので言える点言えない点あるかと思いますが、
あまりにもこの中央青山の監査は不可解でなりません。
会計士は、クライアントの茶坊主なのですか?犬ですか?
言える範囲でけっこうですので、同業だからこそ、のコメントをしてください。
原則論のお話
「同業だからこそ」のコメントというよりは、監査論の教科書に書いてあるような初歩的なコメントになっちゃいますが、会計監査というのは、「原則として試査による」、ということになってます。
監査基準 第三 実施基準 一 基本原則、3
監査人は、十分かつ適切な監査証拠を入手するに当たっては、原則として、試査に基づき、統制リスクを評価するために行う統制評価手続及び監査要点の直接的な立証のために行う実証手続を実施しなければならない。
つまり、会計監査というのは、「どこが怪しそうか」というリスク評価でウエイト付けをした上で、サンプリング等の方法で抽出したところだけをチェックしているわけです。
もしカネボウ全体の活動を網羅的にチェックするとしたら、16年3月期の人件費関係の費用700億円超の(仮に)1%のコストとしても約7億円かかるわけですが、もちろん、監査にそんなに金を出してくれるというのは一般には難しい。
結局、予算の範囲内で監査するにはサンプリング等による抽出しかないわけですが、そう、「抽出」なので、抽出しなかったところが間違っていたら「アウト」なわけです。
また、抽出の範囲は通常、全体に対する割合は極めて小さいので、会社側の主要メンバーがグルになってゴマかしたら、監査法人と言えどどうにもなりません。
監査基準の第一「監査の目的」を見ても、
財務諸表の監査の目的は、経営者の作成した財務諸表が、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠して、企業の財政状態、経営成績及びキャツシュ・フローの状況をすべての重要な点において適正に表示しているかどうかについて、監査人が自ら入手した監査証拠に基づいて判断した結果を意見として表明することにある。
財務諸表の表示が適正である旨の監査人の意見は、財務諸表には、全体として重要な虚偽の表示がないということについて、合理的な保証を得たとの監査人の判断を含んでいる。
と書いてありまして、監査基準の前文によると、これは「二重責任の原則」を表すものです。二重責任の原則というのは、「財務諸表の作成の一義的な責任は企業の経営者にある」つまり、財務諸表にインチキがあったら、まず責められるべきは経営者であって監査した人じゃないですよ、監査人が責任を負うのは経営者が作った財務諸表に対する「意見」についてのみで財務諸表そのものの正確性に対してではないですよ、としているわけです。
つまり、問われるべきなのは監査人が「合理的にここまでやればOKだろう」というところまでちゃんと監査をやったかどうかがであって、最終的に虚偽表示があったかどうかではないわけですね。(本来。)
ぶっちゃけたお話
ただ、一般の人達は、「会計士がちゃんと見てるから、企業の財務諸表はちゃんとしてるんだろうなあ」とか「監査証明は、企業の財務諸表が正確であることの”お墨付き”だ」と思ってるわけで、こうした事件が起こると、たまごさんと同様、「何やってんだよ!」という怒りがわき起こるわけです。
これは監査論では、「期待ギャップ」と呼ばれています。
今回のケースで、「監査法人はちゃんとやってたのに、抽出の範囲外でたまたま粉飾が行われていた」のか「そもそも、専門家ならやるはずのことをちゃんとやってなかったのか」は、部外者の私にはよくわかりませんが、今後の調査で明らかになっていくんじゃないかと思います。
こうした事件が起こった時は、そうした「監査の限界」について一般の理解を深めるいい機会のはずですが、こういうシチュエーションで監査法人や役所が「財務諸表を作る一義的責任は経営者にあるわけでして・・・」てなことを言っても、「言い訳」にしか聞こえませんので逆効果。
また、あまりここを強調しすぎると、「じゃあ、監査ってのは何の意味があるのさ?」「監査なんかしなくてもいいじゃん!」という別の怒りを呼び込むことにもなるわけで。
市場で証券が安心して取引されるためには、こうした監査の信頼性が保たれることが大前提になるわけですが、「抽出なので間違うこともあります」ということでも、こうした信頼性を保つことが可能なのかどうかというのは、根源的問題じゃないかと思います。
エンロン事件後のSOX法では、内部統制の拡充を含む様々なコーポレートガバナンスの仕組みの強化が図られたわけですが、それでも粉飾の可能性はゼロにはできません。
「オープンな法体系(SF小説風)」で、原始データの発生時点から網羅的に会計監査人が企業の会計に関わる「監査のSTP (Straight Through Processing)化」(仮称)というのを持ち出しましたが、これも、「この先、公開会社の財務諸表の正確性が、よりガチガチに求められていくとすると、行き着く先はどこなのか?」という疑問の答えを「SF小説風」に考えてみたものです。
その中に「世界三大会計事務所」とも書いてありますが、これも、このままいくと、(ディアハンターのロシアンルーレットのように、いつかは確率的に「負ける」時が来て)、今後、エンロン並の大不祥事がまた発生したら、もう一段、「再編」が進んじゃうんじゃないかなあという不吉な妄想でございました。
(こんな話で答えになってますか?>たまごさん。
ご参考になれば幸いです。ではまた。)
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