商事法務9月25日号に(やっと待望の)「条件決議型ワクチン・プラン」の設計書[中]が載りました。(が、まだちゃんと全部読んでません。)で、その前の号(9月15日号)に載っていた「議決権制限株式を利用した買収防衛策」(葉玉匡美[法務省民事局付検事]氏による)が、非常におもしろかったので、取り上げさせていただきたいと思います。
この論文のアイデアは、一言で言うと、「買収者の議決権を失わせる性質を持った種類株式を使って買収防衛策とする」こと。後述の通り、私は、このアイデアは買収防衛策としては「どうかなー」と思う点がいくつかありますし、葉玉氏ご本人も、これを防衛策として勧めるわけではない、会社法で可能になる選択肢の一つ、という旨のことを論文内で何度もおっしゃっているわけですが、(新)会社法における種類株式の性質を具体例で学べるというところが、何より非常に参考になると思います。
プランの概要
平たく言うと、このプランのポイントは、「株主が有する株式の数が発行済株式総数の一定割合未満(たとえば、二〇%未満)であること」等を、当該株主についての「議決権の行使の条件」として定める、というものです。
ただ、これだけじゃ、20%以上取得した大株主はみんな議決権がなくなってしまって、定款変更の特別決議をできるだけの議決権数を委任状闘争で集めないといけなくなります。(非常に大変。)
論文では、
なお、友好的な買収のときに買収者の議決権の行使を認めたい場合や、買収開始時の株主による株主総会の普通決議により買収者の議決権制限を解除することを認めたい場合には、「議決権行使の条件」を、そのニーズに応じて変更すればよい。
とありますが、普通決議まで弱めても、「いい買収者」が必要な議決権数を委任状闘争で集めるのは(株主構成にもよりますが)、非常に大変そうなので、常識的な線としては、「会社が設置する特別委員会が認めた株主は議決権を行使できる」というような立て付けにしておく必要があるのではないかと思われます。
「種類株発行会社」の読み方
この論文で解説されている「うらわざ」でまず面白いのが、既存の普通株式の性質を前項のように変えるだけではなく、まず、「新規に何らかの種類株式を(株主総会の定款変更決議で)追加する」というところ。
会社法第二条一三号の「種類株式発行会社」の定義は、
剰余金の配当その他の第百八条第一項各号に掲げる事項について内容の異なる二以上の種類の株式を発行する株式会社をいう。
となってますが、この「発行する」というのは、授権株式数の「会社の発行する株式の総数」というのと同じで、「すでに発行した」という意味ではなく、「発行することができる」という意味というわけです。
しかも、議決権行使に制限を加える条項は、「種類株式発行会社」でないとできないことになってます。(「種類株式発行会社」の定義がreferしている会社法108条1項3号に規定してあるので。)
このため、ここでのアイデアは、(使いもしない)ダミーの種類の株式を定款に追加しておく、ということです。つまり、実際には1種類の株式しか発行しないが、2種類目も定款に記載しておくわけですね。
「議決権制限株式」の読み方
もう一つ非常に勉強になるのが、現行商法での議決権制限株式と新会社法におけるそれの、解釈の違いについて。
現行商法でも新会社法でも、議決権に制限のある株式数は、発行済株式総数の2分の1までしか「ダメ」なわけですが、現行商法では「絶対的に」2分の1までしか発行しちゃいけないのに対し、新会社法では、超えたら「必要な措置」をとる努力をすればいいことになってます。
(議決権制限株式の発行数)第百十五条
種類株式発行会社が公開会社である場合において、株主総会において議決権を行使することができる事項について制限のある種類の株式(以下この条において「議決権制限株式」という。)の数が発行済株式の総数の二分の一を超えるに至ったときは、株式会社は、直ちに、議決権制限株式の数を発行済株式の総数の二分の一以下にするための必要な措置をとらなければならない。
論文では、
会社法一一五条は、二分の一超過を絶対的に禁止するのではなく、二分の一超過が生じても議決権制限株式は有効であり(「超えるに至った」という文言は議決権制限株式が有効であることを前提にしている)、かつ、議決権が復活することもないこと(議決権が当然に復活するのならば、会社が「必要な措置をと」る必要はない)を前提に、会社に二分の一超過の状態を解消するための措置をとる義務(中略)を負わせているにすぎない。
ということで、議決権の行使に「条件」がついた株式でも、議決権制限株式にカウントしなくてもいい、とおっしゃってます。会社法108条2項3号でも、「株主総会において議決権を行使することができる事項」を「イ株主総会において議決権を行使することができる事項」と「ロ当該種類の株式につき議決権の行使の条件を定めるときは、その条件議決権行使の条件」にわけているので、前者イについて制限していなければ、(20%超などのトリガー条項が発動した場合を除き)115条でいうところの「議決権制限株式」には該当しない、という説です。(条文をさらっと読んだだけでは、とてもそうはとれませんが。)
トリガーがヒットした場合の「必要な措置」というのが難題で、第三者割り当てで50%以下に薄める、買収者への持ち株売却勧告、定款変更、など非常に大変そうなことが並んでいます。論文では、
業務執行者が、単独で二分の一超過の状態を解消する措置を講ずることは困難であるから、業務執行者が措置義務を履行するための行動をとり続けている限り、結果的に二分の一超過が解消しなくても、任務懈怠にはならない。
とはおっしゃっていただいてますが、どこまで努力すれば許されるのかもよくわからないので、取締役としては買収者がトリガーにヒットしている間は、きっと負い目を感じてしまうでしょうね。「特別委員会が承認した株主は議決権を行使できる」といった条件がついていた場合、特別委員会はこのプレッシャーで買収を認めるほうに傾く、ということもあるんじゃないかと。
買収防衛策として機能するか?
この議決権制限株式を利用した買収防衛策が機能するかどうか、ですが。
葉玉氏は、このスキームについて、
・ 防衛が確実に行える(希薄化を恐れない株主にも有効)
・ 差し止めリスクが非常に小さい
・ 希薄化を発生させないため、課税リスクや、取締役に対する損害賠償リスクがない
・ 買収者に気づかないリスクが小さい
・ 新株予約権と違って、発動時に金銭の払い込みなどの株主への負担が少ない
・ 市場に影響を与えない(株式数の変動や希薄化が発生しない)
等、いろいろメリットをあげておられます。
上記のメリットを一言でいうと、「防衛策が自動的に発動し、希薄化が発生しない」というところだと思いますが、これは同時に最大のデメリットでもあるかと思います。
このスキームでは、買収者は議決権にさえ興味がなければ株を取得できちゃうわけです。希薄化が発生しないので確かに税務上の問題等も無いわけですが、一方で、経済的な損失が買収者に発生しない。一般の買収防衛策が仮想敵として想定しているグリーンメーラーには効果が無いんじゃないでしょうか。
ポイズン・ピルのデメリット(?)
葉玉氏は、
会社の発行可能株式総数は発行済株式総数の四倍以下であることが多いため、そのような場合、ポイズン・ピルは最高でも買収者が取得した株式を四分の一に希釈する効果しかない。とすると、買収者としては、たとえば、第一弾の公開買い付けで、ポイズン・ピルが発動する比率(たとえば、二〇%)を買い付けて、いったんポイズン・ピルを発動させ、その後、第二弾として全株式を買い付け目標とする公開買い付けを行えば、全体としてみれば十数%のプレミアムで全株式を取得することができてしまう。
と、ポイズン・ピル型のデメリットを指摘されてます。実際には100%取得するとは限らないし、これにTOBのプレミアムも乗りますので、それなりのダメージになることも多いと思いますが。
また、買収者の経済的損失は、会社の規模にも関連します。日本技術開発の買収劇の時に、「時価総額が数十億円程度の会社だと、どんな対策をしようがシャレで買収されちゃう可能性もあるなあ」と思いましたが、時価総額が一千億円超くらいになってくると、さすがにシャレで買えるプレイヤーは少なくなってくる。時価総額の大きな公開企業なりファンドなりが買収者ということになると、投資家に対する説明責任も出てきますので、経済的損失が発生するのが見越せたにもかかわらずそれを強行するというのは、他の強固な理由付けが必要になってきます。
防衛策は「経済的損失を与えること」が重要では?
以前も申しましたが、「買収防衛策」という言葉がちょっと問題で、「防衛」というと、とにかくなんでもかんでも防御できればいいというように聞こえてしまうのですが、買収防衛策の意図するところは「会社を守る」ということよりも、本来、「会社をより高く売る」というところでしょう。(「買収交渉策」という言葉の方がより適切な気がするんですが。)
とにかく、買収防衛策は「核」と同じで、実際には使わないのが大原則。その意味でも買収者がダメモトで買い増して行って、(たとえば)20%を超えると自動的に「発動」してしまう策というのは、問題があるかと思います。
つまり、事前に「交渉」をするのが買収防衛策の目的なのに、その交渉ができない。
ニッポン放送の時のことを思い返していただければわかりやすいと思いますが、この防衛策が入っていても、買収者は、とりあえず35%を買ってみることができるわけです。
また、買収者がどんどん買い増しをしていって浮動株が数%というような最終局面に入っていくと、この防衛策が導入されている場合、その数%の株主がキャスティングボートを握ってしまうわけで、それもまた非常に恐ろしいかと。(「数%の中に村○ファンドは入っているのか?」といった思惑で、相場の乱高下もより大きくなるでしょう。)
ピープルソフトVSオラクルのケースを見てみても、ピープルソフトは買収防衛策をうまくチラつかせながら、最終的にオラクルに高い株価で株を売ることに成功したわけです。この場合、ピープルソフトの既存株主には喜んでいただけたわけですが、議決権制限株式による買収防衛策では、既に取得されてしまった株について「もっと金を払ってくれ」とは交渉できないわけです。
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葉玉氏は、買収防衛策導入には合理的な理由も認められるとしながらも、
「あくまでも個人的見解ではあるが、防衛策を導入しない会社に公開会社としての潔さを感じるものである。」
というマインドをお持ちのようです。
私も、(あくまで個人的見解ですが)、買収防衛策を導入する企業は、刀を授かった「武士」とか「核保有国」と同じで、一定の品位が求められるという点には同感。どこぞの国のように、「経営陣の保身」のために核をちらつかせるなんてことはやめていただきたいところです。
ただ、買収防衛策は「武士」の話ではなくて「商人」のお話であり、あくまで「ゼニカネの交渉のためのツール」ですから、株式取得の前に交渉のテーブルについていただけない買収防衛策はまずいんじゃないかと思う次第であります。
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いずれにせよ、この論文は、今までよくわからなかった新会社法での種類株のディープな世界について考えることができて非常に参考になりました。ご興味のある方は、ぜひご覧ください。
(取り急ぎ。)
追記:
すみません、半期末シーズンで、他の方のブログを拝見する時間があまりなかったんですが、HardWaveさんとtoshiさんがすでにこの論文についてコメントされてました。ご参考まで。
HardWave:
議決権制限プラン
ビジネス法務の部屋:
議決権制限株式を利用した買収防衛策
議決権制限株式による買収防衛プラン(2)
追記2:
既上場の会社が、このプランを導入しようとすると、株券を全部取り替えないといけないかも知れないですね。
新会社法(株券の記載事項)
第二百十六条 株券には、次に掲げる事項及びその番号を記載し、株券発行会社の代表取締役(委員会設置会社にあっては、代表執行役)がこれに署名し、又は記名押印しなければならない。
一 株券発行会社の商号
二 当該株券に係る株式の数
三 譲渡による当該株券に係る株式の取得について株式会社の承認を要することを定めたときは、その旨
四 種類株式発行会社にあっては、当該株券に係る株式の種類及びその内容
これは、既公開会社にはそこそこ重い費用になるかも知れません。
ただ、一方で、これから上場するベンチャー企業などは、(Googleのdual classの例などもありますが)、種類株を使っていろいろ工夫がしやすいと思います。
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