「ヨーロッパ一きれいな街並み」ということで世界遺産にもなっているサンクトペテルブルグですが、どんな街か感想を あえて一言で言い表すと、
「100倍 金のかかった東京ディズニーシー」
って感じでしょうか。
どちらも、「何もない海辺を埋め立ててつくった人工都市」であり、「そらぞらしいほど小ぎれい」であります。
また、港町だけあって、首都モスクワより、ソフィスティケイトされてますね。
モスクワと違って英語しゃべれる人とか英語表記も多い気がします。
北京と上海の差、みたいな感じでしょうか。
ペテルゴーフ(夏宮)、エルミタージュ美術館(冬宮)・・・スゴすぎ。
(上図:郊外にあるペテルゴーフ(夏宮)。
昔は、大型の船でいらっしゃる来賓が小船に乗り換えて正面の運河をやってくるのを、このバルコニーから手を振ってお迎えしたそうで。)
「世界の主立った美術品の何分の1かは、ここにある」といっても過言ではないような。
これらの美術品は、ロマノフ王朝などロシアの経済活動の「結果」であって、「原因」ではないわけですね。ビルゲイツ氏がレオナルド・ダ・ヴィンチの手稿を買いそろえているのは、「結果」であって、そういうものを買えるようになった源泉は、WindowsでありExcelであるわけで。
同じように考えると、帝政ロシアの「ビジネスモデル」は何だったのか。
ヨーロッパ方面の商人が、北欧と取引するためにロシアを通る際にかける税の税率を下げてもらうために、いろいろ貢ぎ物をしてるのですが、そもそも北欧との貿易の口銭を抜くだけであれだけの宝物を買い集められるものなのか?
それとも、シベリアなど広大な各地からちょっとずつ吸い上げるだけで、領土が広大なので、「チリ積も」ですごい量になるという、「web2.0的?」モデルだったのか?(ま、「ちょっとずつ」じゃなかったから、革命が起きたんだと思いますが。)
大英帝国やスペインのような、「植民地搾取モデル」でもなかったわけですよね。
今の石油バブルみたいに、天然資源関係でしょうか。
こんな極寒の北の地に、これだけのバブリーさを許す経済的な余力がいかに発生したのか、よくよく考えてみると非常に不思議であります。
(帰ったら、ちょっと勉強してみよう。)
(ではまた。)
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