さっき、ふとモーソーしていたことですが。
「使える」ひな形はいずこに?
企業が何か法律等にかかわるドキュメンテーションをする場合、例えば、「本店移転の取締役会議事録」程度であれば、売ってる議事録の書式集あたりを見れば誰でも作れますけど、「ストックオプション発行の際の要項・契約書・議事録」あたりになると、ベンチャー企業でも非常によく使うにもかかわらず、実務で「使える」ひな形がほとんど書籍等としては出回っていないんじゃないでしょうか。(他の企業で使ったドキュメントのファイルは、プライベートにはひそかにたくさん流通してますが、その「輪」の中に入れない人もたくさんいるかと思います。)
例えば、ストックオプションは、法律だけでなく、税務、会計、等にもいろいろ波及しますが、そういう「業際型」の領域は既存の「紙の本や雑誌、加除式資料」などが非常に弱いところではないかと思います。
さらに、日米間にまたがって、法律や会計や税務などに関連するような話になると、「弁護士さん、会計士さん、税理士さん、等に尋ねて回っても、誰も『こうしたら?』というソリューションを提示してくれない、誰に相談すればいいの?」というケースもよく耳にします。
日本なら登記費用入れて20万円くらいで済む話が、ちょっと海外がからむだけで、弁護士や税務の専門家に相談してまわったあげく、数百万円くらいリーガルフィーがかかっちゃう・・・とか。
wiki的な手法による解決
一方で、フリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」 のような、「みんなで知恵を出し合ってオンライン上でドキュメントを作成する」プロジェクトは、そういった「ロングテール的状況」に強い(はず)。
掲示板やブログでの議論というのも、がんばれば一つの結論に収斂していかないこともないですが、基本的に発散傾向だし、あまり何かの成果物を共同して作るというのには向いていない。一方、ウィキペディアは、(紛争はありつつも)、一つの用語について概ね一つの「表現」に収斂していくように見えます。
ただ、法律的領域の場合には、wiki的な単純なテキスト・エディティングのシステムに、もう一ひねり加える必要があるかも知れませんね。
法律関係の契約書は、それを使おうとしている企業の背景からも大きく変わってくるでしょうし。あと、Wikipediaはすばらしいんですが、いつもちょっと不満な点は、「出典」が書いてないこと。(神田秀樹著「会社法」の○ページによると、とか、平成○年○月○日の最高裁判例によると、とか、租税特別措置法第○条第○項によると、とか。)
法律関係の文書の場合、根拠がわからないと怖くて使えない。
逆に、何を根拠にそう判断したのかについてもわかると、ネット上に「使える契約書や議事録」の宝の山ができあがる気もします。
ポジティブ・フィードバックが働くか?
こういうプロジェクトは、参加者が一定のしきい値に達しないとまともなものができないので、誰も使わないからますます参加者が去っていくというネガティブなスパイラルに入ってしまいますが、一方、しきい値を越えてうまく回りだすと、この「wiki契約書」を使わないで一からドキュメンテーションしようとしたらコスト競争力がなくなっちゃいますから、みんながそれを無視できなくなる。
例えば、ストックオプションを例にとると、「従業員の場合」「外部委託先への付与の場合」「公開会社の場合」「米国従業員向けIncentive Stock Optionのケース」等の場合分けをしても、個々に専門家の意見が反映されることで、かなりのクオリティのものができあがる可能性があるのかも知れません。
Wikipediaもそうですが、クオリティが一定以上になると、あちこちのwebでreferされますから、結果としてGoogleで最上位に表示されることになり、ますますトラフィックを呼び込むことになります。(ちなみに、wikipediaプロジェクトは、現在、Alexaのランキングベースで世界17位!)
また、Wikipedia並みのトラフィックを集めるような存在に仮になったとしたら、単にドキュメンテーションの手間が削減されるだけの問題ではなく、「法律や税務や会計基準の解釈に対する社会的コンセンサスが形成される場」になりうるかも知れませんね。
以前、「福井氏専用VIP口座」という報道をご紹介しましたが、マスコミの方も一般市民の方も、投資組合の契約書のひな形というものを常日頃から見られる世の中であれば、あまりああいう形での報道が行われることもなかった気もします。
また逆に、「こういう体裁の通信設備の匿名組合契約書は、これこれのリスクがあるから注意したほうがいい」といったワーニングにもなるかも知れません。
そういうファイナンス・ネタの契約関係がうまくいくかどうかはともかく、IT関係の業務委託契約書などのあたりは、非常に多くの参加者が見込めるので、確実に成功しそうな気もします。
アメリカになぜ存在しないのか?
弁護士数の多いアメリカでそういうプロジェクトがすでにあってもよさそうなもんですが、ウィキメディアの姉妹プロジェクトにもないようですし、やっぱり、こうした「金になるノウハウ」は、タダでは表には出てこないもんなんでしょうか。
(一定のしきい値を超えたら、流れはもとに戻らない気もするんですが。)
もしかしたら、アメリカではそこそこのレベルのものはフリーで流通しているので、結局、それをベースに「付加価値?」をつけようとすると、日本でA4が10枚くらいですむ契約書が、アメリカでは厚さ10cmくらいになっちゃう(場合分けの数が階乗ベースで増加するので、wikiプロジェクト的な処理に向かなくなる)、ということかも知れません。
複雑さは変わらない、か?
「複雑さが今のまま変わらない」という前提ならwiki契約書等プロジェクトはうまくいく気もしますが、「複雑さが今のまま変わらない」という前提自体が根拠が無いかも知れませんね。
日本も司法試験制度が変わって弁護士さんが増えると、
→契約書が今より数十倍ぶ厚くなる
→普通の人にはチェック不能
→善管注意義務を果たすためには弁護士さんにチェックを依頼する必要が発生
→契約書がさらにぶ厚くなる
・・・ということで、情報の非対称性により、「供給がそれ自身の需要を創造する」というセイの法則が成り立つ世界なのかも知れません。
「モジュール化」による解決?
一方、複雑といっても、それは良く見ると少ない数の「モジュール」の組み合わせになっている可能性も高い。(本質的に複雑なものは、そもそも誰も[経済合理的なコストで]チェックできないでしょうし。)
・・・以上、朝のモーソーでした。
ご参考:
以前に書いた、「オープンな法体系」(SF小説風)
https://www.tez.com/blog/archives/000426.html
(ではまた。)
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