週刊モーニングに連載中の「グラゼニ」ですが、本日発売の今週号が大変な展開になっているので、お見舞いも兼ねて、ご存知ない方にもご紹介を。
森高 夕次 アダチ ケイジ
講談社 (2011-05-23)
実は私、ほとんどプロ野球を見た事がありません。
子供の頃は、高校野球も見れば、友達と原っぱで草野球もしたわけですが、我が家ではプロ野球を見るという習慣がありませんでした。(父親はプロレスファンで、私が産まれそうだという時も「今晩はプロレス中継があるのに!」と言ったといわれておりますがw、プロ野球を観戦していた姿は記憶にありません。)
思うにですね。プロ野球というのは、父親がビールで晩酌しながらテレビに向かって「あー、田淵、何してけつかんねん!」とチャブ台を叩くのを横目で見たりしてこそ、正しく「プロ野球ファン」というスタンスが伝承されていく気がするのですが、何も無しで「プロ野球を好きになれ」と言われても、どこから入ればいいのかが(少なくとも私の場合)ちょっとよくわからなかったわけです。
小学校のクラスの友達が数枚チケットを手に入れてプロ野球観戦に出かけたこともありましたが、私は試合はそっちのけで球場に落ちているビールの王冠を拾っていて、「もうお前は2度と野球には連れていかねえ」と言われたこともありました。
私が社会人になる前後は、プロスポーツと言えば(日本の)野球以外にはあまり見当たりませんでしたので、将来、取引先のエラい人の好きな球団を頭に入れて揉み手をしながら「いやー、昨日の巨人はアレでしたよねー」といった大人の会話をしなきゃいけないのか、どうしよう、オレ野球とかよくわかんないし、と思ってドキドキしていたのですが、幸か不幸か、あまりそういう局面に出くわさない仕事に就いて今までなんとか生きて参った次第です。
思えば、私の子供の頃の野球マンガというのは、「巨人の星」「アパッチ野球軍」「アストロ球団」など、魔球のみならず、身長3mはありそうな選手とかが登場していましたし、また、高校野球も負ければそこで終わってしまうトーナメントなので、どちらも刺激は強くて「コンテンツ」としては面白いのですが、現実の経済の中で「サステイナブルに」活動し続け得る存在では無かったわけですね。こうした「野球本来の面白さとは違う、強過ぎる刺激」を受けてしまったことが、逆に、私のプロ野球への興味を損なわせることになってしまった面もあるかも知れません。
この「グラゼニ」(グラウンドに銭が埋まっている、の意)は、年収1,800万円の中継ぎ投手の主人公の話なのですが、名前のとおり、「ゼニ」の側面から野球を描いています。「ゼニ」というと、ドロドロした世界を思い浮かべるかも知れませんが、「カイジ」などでイメージされる世界とは異なり、野球選手の「普通の」日常の話を淡々と描いています。(なのに面白い。)
よりキレイな言い方をすると、「野球選手のインセンティブ」というか「野球の経済学」というか、プロ野球やプロ野球の選手というものが、どういうビジネスモデルの上に存在しているのか、が描かれているわけです。
つまり、「カバチタレ!」で行政書士の仕事が描かれ、「働きマン」で女性編集者の世界が描かれたように、「お仕事」としてのプロ野球の話なわけですが、野球マンガが今まで数多く世に送り出されてきたにも関わらず、そうした「お仕事マンガ」としての野球マンガは、そういえば今までなかったなあ、と。
高校球児と違って、プロ野球選手は、自分で稼いで自分で生活して、必ずしも長く無い選手生活の先の将来まで考えて行動しなければならないわけで、そこで、それぞれの選手がどういう思惑で動くのかが、非常に面白い。
凡田選手の年収1,800万円というのも、普通のサラリーマンに比べれば大変な高給のようにも思えますが、選手生活の長さやリスクを考えれば決してそうばかりとは言えないことが、このマンガを読むうちにわかってきます。
日本も、1980年代までのビジネスで働く人は概ね、会社に就職すれば、自分のもらう「ゼニ」やその先の人生のことを何も考えずに、自分の会社の仕事に専念さえしていればよかったわけで、良く言えば「純粋」、別の言い方をすると「高校球児的な存在」だったわけです。
しかし、経済情勢の変化から、昨今の大学生は(もちろん全員ではないでしょうが)、仮によさげな企業に就職できたにしても、その会社が定年までにどうなるかはわからないので、「会社に骨を埋める覚悟で働く」というよりは、手に職を付けたり起業したりと、より「プロ」としての存在を目指す風潮に変化しつつあるのではないかと思います。
(少なくとも私の大学時代には、周囲も私も、「将来は自分で起業したい」なんてことを言うやつは一人も見た事がありませんでしたので、これは(良くも悪くも)非常に大きな変化ではないかと思います。)
プロ野球でも起業でも、目立つのはイチローや松井、GoogleやFacebookなどの超スター選手的存在ですが、実際には、もっと「普通」の選手も多いし、引退に追い込まれる選手や、そもそもプロにまでたどり着けない選手もいるわけです。その中で、自分がもらう報酬や生活、将来のことも考えつつ、先発と中継ぎ投手、選手を引退して野球解説者や、まったく野球と関係ない職業に就く登場人物などが織りなす「サステイナブルな生態系」を描いた、この「グラゼニ」は、次の世代の日本のビジネス界を考える上でもヒントをくれるマンガなのではないかと思います。
(ではまた。)
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