先週3月7日水曜日、3月8日木曜日の2日間、慶應義塾大学の三田キャンパス東館8階ホールで、「20th Venture Private Conference」というイベントが開催されました。
今回のセッションで各パネラーが訴えたかった最大のテーマは、
「現在の証券取引所の上場審査の考え方は大きく変貌を遂げ、本質重視で柔軟なものになっている」
「上場のための特殊なテクニックではなく、『本質』が重要」
という点だと思います。
いつもは購読者のみにお送りしている週刊isologueの内容ですが、今回は、以下にほぼ同じ内容を添付しましたので、ご覧いただければと思います。
(資料や写真等の使用をご快諾いただいた関係者のみなさんに感謝いたします。)
週刊isologueにご興味頂きましたら、ご購読はこちらまたは記事最後のリンクからどうぞ!
目次とキーワード:
- キャンバス加登住氏の発表内容
- 創薬ベンチャーの財務的特徴
- 「マイルストーン」
- 「マークアップ」
- CFOの役割
- 上場準備の古いパラダイム
- 「マザーズ上場の手引き」がバイブル
- 「反社会的勢力」チェックの負担
- 東京証券取引所 池田氏の発表内容
- 反社会的勢力チェックの考え方の変化
- 事業計画の評価の考え方の変化
- 他
(以下、週刊isologueの内容です。)
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週刊isologue(イソログ)
2012.03.12(第154号)
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■ベンチャーファイナンスの新常識 – 方向転換した新しい上場審査基準
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先週3月7日水曜日、3月8日木曜日の2日間、慶應義塾大学の三田キャンパス東館8階ホールで、「20th Venture Private Conference」というイベントが開催されました。
私は、3月7日水曜日の「ベンチャーファイナンスの新常識 — 方向転換した新しい上場審査基準」というランチタイム特別セッションに、パネラーの一人として登壇させていただきました。
今回のセッションで各パネラーが訴えたかった最大のテーマは、
「現在の証券取引所の上場審査の考え方は大きく変貌を遂げ、本質重視で柔軟なものになっている」
「上場のための特殊なテクニックではなく、『本質』が重要」
という点だと思います。
本日は、このセッションの要旨をお伝えしたいと思います。
(資料や写真等の使用をご快諾いただいた関係者のみなさんに感謝いたします。)
■セッションの概要
今回のセッションのモデレーター、パネラーのみなさんは以下の通りです。
モデレーター: 村口和孝氏
慶應義塾大学経済学部卒。株式会社ジャフコにてアインファーマシーズなどベンチャー企業投資と数多くの公開を手掛け、1998年に独立。日本テクノロジーベンチャーパートナーズを設立。ハンズオン型独立系ベンチャーキャピタルのパイオニアとして、ベンチャー企業33社に投資、内DeNA、インフォテリアなど4社の株式上場に成功している。
株式会社キャンバス取締役 加登住 眞氏
1987年 上智大学文学部卒
同年 日本合同ファイナンス(現ジャフコ)入社。国内投資営業(5年)、経営企画業務(4年)
1996年 TVゲーム小売FCベンチャーへ転職。
2000年 バイオ/ライフサイエンス特化型独立系VC、MBLベンチャーキャピタル設立に参画、のち常務取締役。
2005年 投資先の創薬バイオテク、キャンバスへCFOとして転籍。同社はVC33社から累計40億円以上を調達。
2009年 キャンバス、東証マザーズ上場。最悪環境下のIPOにもかかわらず、参加全VCに実現キャピタルゲインをもたらした。
株式会社東京証券取引所 上場部企画担当 池田直隆氏
平成17年株式会社東京証券取引所(現株式会社東京証券取引所グループ)入社
入社後、上場審査部においてIPOを中心に市場第一部・第二部及びマザーズの新規上場審査に従事。
平成22年6月より現職。上場審査や上場廃止など上場制度全般に係るルールメイクを担当。
(そして、私もパネラーとして参加させていただいて、最初に「ベンチャーファイナンスの新常識」というタイトルで口火を切らせていただいたのですが、いつも言ってることと重なる部分も多いので、一番最後に附録的に掲載してます。)
■キャンバス加登住氏の発表内容
ということで、まずは株式会社キャンバス取締役 加登住氏の発表内容をご紹介します。
加登住氏が取締役をつとめているマザーズ上場企業、株式会社キャンバスは、抗がん剤を開発する、いわゆる創薬ベンチャーです。
創薬ベンチャーは、私が接することが多いネット系のベンチャーとは真逆の世界で、
- 研究開発に巨額の資金が必要。
- 薬品が実際に開発されるまで、売上がほとんど立たない。
- 結果として、資金調達額も巨大になる。
といったことが特徴となります。
つまり、「売上や顧客数の増加」といった、素人にもわかりやすい指標が無いわけですね。
以前、加登住氏に、
「バイオ系ベンチャーキャピタルは、細胞のどこに何がくっつくといった、あんなややこしい技術的な話をよく理解できますね」
と伺ったら、
「アメリカのバイオ専門のベンチャーキャピタルでも、『オレたちが理解できるようでは、もう時代の最先端では無いんだ』と言っていた」
とおっしゃっていたのが印象的でした。
つまり、バイオ投資のプロと言えども、完全に技術を理解して投資しているというよりは、経営者の過去のトラックレコード(経験、業績等)や、論文等が周囲からどのように評価されているかなどの周辺情報から、間接的に成功する可能性を考察しているということなのではないかと思います。
また、バイオというのは、数十億年かけて形成された生命のメカニズムの神秘を解き明かしていく作業と言えますから、人間ごときの知恵で簡単にわかるようなものでは無いのかも知れません。
そうした、「やってみないと誰にもわからないこと」の地平を切り拓いていくのが、まさにベンチャーの存在価値であり、それに経営者や投資家がリスクを負いながら挑戦して、関係者全員がハッピーになる道を探るのが、ベンチャーファイナンスの腕の見せ所なのではないかと思います。
株式会社キャンバスは、会社を設立してから、上記のように非常に大きな資金を調達してきたことがわかります。
加登住氏は、創薬のような、売上や顧客数といった指標が無いわかりにくいビジネスの場合には、上記のように、資金調達のタイミングの前に、節目となる成果である「マイルストーン」を達成できるようにすることが重要だ、という点を強調されていました。
ベンチャーは、今まで誰もやったことが無い新規性が高いことをやるわけですし、「誰もやったことが無いこと」は説明するのが難しいに決まっています。わかりづらいことをわかりやすく説明する能力が必要なわけですね。
ベンチャーファイナンスでは、「会社」自体が製品です。(「株式」というのは会社自体の権利を小口化して切り売りするものですから)
製品やサービスに「マーケティング」が必要なのと同様、「会社」というわかりにくい製品を、欲しがる人を見つけて、分かりやすく説明し、「買いたい」という気持ちになっていただく能力が重要だと思います。
上記で、灰色に塗られた部分が、キャンバスの模式化された資金残高の推移です。
調達した資金が研究開発で減少し、資金が尽きる前に資金調達を行い、そして、その資金が無くなる前に、また資金調達をすることが繰り返されて来たことがわかります。
加えて、オレンジの未上場時の株価の線は、一貫して右上がりになっています。
タイミングによっては、もっと高い株価を付けられた可能性もあったが、資本政策は、あるラウンドでの株価より後のラウンドの株価の方が下がってしまうと、いろいろ問題が生じます。この「右上がりの形」(マークアップ)を作り出すことが大切、とのことです。
CFO(=Chief Financial Officer、最高財務責任者)を「経理のおじさん」のことだと思ってる人も多いかと思いますが、ベンチャーのCFOの役割は、このように、会社(つまり「株式」)という商品をわかりやすく説明して販売する、「会社自体のマーケッター」であり「プロデューサー」でなくてはならないと思います。
ベンチャーがいいCFOと出会うことは、ベンチャーの成長にとって非常に重要です。
また、昔からよく見かける「何年前からこういう準備をしなさい」という上場準備スケジュールについて、加登住氏は、「上場コンサルタント等は20年も前から『常識』とされているスケジュールを持ち出して『2年前にこれをやって、直前期にはこれをやって』と言うかもしれないが、このような決まった作業を決まった時期に順番にこなして上場するというのは、いわば古いパラダイムであって、今はこれではうまくいかない」、「何年も上場準備作業を行うのでは、現場のテンションも持たない。もっと、フレキシブルな取組みが必要」と主張されていました。
そして、キャンバスではなんと、上場準備だけを行う専任の担当者はおかずに、管理部門3名だけで上場を果たしています。
そして、(これは未上場ベンチャーに関わらず、すべての企業が教訓とすべきことだと思いますが)、「教科書どおりの規程を95%守るよりも、組織の特性に合わせた柔軟な規程を100%守る」という点を強調されたのも印象的でした。
つまり、上場準備の段階になると、主幹事証券や上場コンサルタント等が、「こうした作業が上場には必要だ」とか「どこにも書かれてないが、上場するためには、実は こうした暗黙のルールが存在するんですよ」といったことを言って、企業の価値の向上に寄与しない本質からはずれた作業を押し付けてくるのを見かけることがあります。
たいていの人は初めて上場を経験するので、「実は世の中こうなってるんですよ」と言われると素直に感心して、本末転倒な作業を一所懸命やることになったりするわけです。しかし、加登住氏は、企業活動の本質に立ち返ってよく考えて行動すれば上場も可能なんだ、ということを強調しているわけです。
そして加登住氏は、上場準備段階では東京証券取引所から出ている冊子「マザーズ上場の手引き」を片時も肌身離さず持ち歩くくらい熟読した、とのことです。
これは、宗教改革時にルターが、免罪符(贖宥状)を買ったりや教会の司祭の儀式をありがたがるのはやめろ、と呼びかけたことを思い起こさせます。宗教改革は活版印刷の普及により聖書がより容易に手に入り始めていた時期に起こりましたが、現代のIPOに関する知識も10年前くらいまでは一部の人に握られていて、一般のベンチャー企業は なかなかIPO実務の本当のところがどうなのかということがわからないでいたわけです。このため、主幹事証券や上場コンサルタントの人に、「どこにも書いてないけど、これを守らないと上場できませんよ」と言われると、それに従うしかないと思う人が多かったわけです。
しかし、今や、Webや冊子やセミナーなどで、証券取引所自身が積極的に情報発信しています。もちろん、上場するには主幹事証券等に大きなお世話になるわけですが、上場承認するかどうかは一義的には取引所が判断することなわけですし、取引所が何を考えているかの情報が素直に入手できる時代にもなっているんのではないかと思います。
(といっても、加登住氏は主幹事証券と敵対していたわけではなく、道理が通らないことは交渉するとともに、仲良くするところはちゃんと仲良くしていたんではないかと想像します。上場を決めるのは一義的には証券取引所ですが、上場時の公募や売出しする株式は幹事証券各社のお客さんに販売するわけで、その株式の需給の方が市場メカニズムの本質とも言えますし、その仲介者である幹事証券の意向も重要なのは、言うまでもありません。)
そして、キャンバスの場合、ベンチャーキャピタル33社もから資金調達をし、各ベンチャーキャピタルの資金は、さらに多数のファンドにわかれていました。このため、そうしたファンドや、そのファンドへの出資者やその関係者も含めれば、2千数百人くらいの関係者がいたとのことですが、それらの全員が「反社会的勢力」「反市場的勢力」に該当しないかどうか、についてチェックすることになったとのことです。
村口氏から「それ全部チェックするのに、どのくらい時間がかかったんですか?」と質問が出ましたが、加登住氏の答えは「丸4日かかった」でした。会場にいらっしゃる全員が「意外に短い」と感じたんではないかと思います。
よく、「反社会的勢力チェックが厳しいのが日本のベンチャー上場の弊害になっている」ということをおっしゃる方がいらっしゃいます。重箱の隅的な作業を無くすのがいいのは当然ですが、単なる作業なので、がんばればクリア出来ない話ではなかった、ということですね。
ちなみに、これは東証の審査が最も厳しい時代の話であり、後述の東証の新しい考え方のとおり、この要件はうんと緩和されています。
「起業時からの理念」というのが重要なキーワードだと思います。つまり、(「上場出来るから」とか「上場しなければならないから」で上場するのが絶対悪いとは申しませんが)、起業時からの理念を達成するための成長の手段として上場を選択する会社を増やすことが重要だと思います。
「フェアであること」や、「科学的・倫理的・経済的正しい道を最短の距離・時間で進むこと」を掲げられているのも印象的でした。
加登住氏のメッセージで一貫しているのは、「テクニックに走らずとも、本質的なことをよく考え行動すれば、上場はできる」ということかと思います。
■東京証券取引所 池田氏の発表内容
池田氏は、現在は上場部企画担当ですが、以前は上場審査部において新規上場審査に従事されていました。
会場の全員に、120ページほどの「マザーズの信頼性向上・活性化に向けた上場制度の整備等に係る実務について」という東京証券取引所作成の資料が配られました。
東京証券取引所のホームページに、この元になった資料が掲示されてます。
「マザーズの信頼性向上及び活性化に向けた上場制度の整備等について」の公表について
提出された意見とそれに対する考え方(2011/2/22掲載)
特に、重点としてパネルディスカッションで取り上げられたのは、下記の部分でした。
上記のとおり、上場審査の際に「反社会的勢力との関係がないこと」が求められるわけですが、これを実質的に5%以下のものまで細かく見ない、ということが明確にうたわれているわけです。以前は「反社会的勢力が1株持っていても上場できない」なんてことが言われましたが、もっと本質を見ようということになったわけです。
もう一つ、事業計画の評価の考え方の変化ついても強調されていました。
新興市場であるマザーズに上場するためには、下記のように、当然のことながら「高い成長可能性」が求められるわけですが、
従来は、上場準備の段階で、「月次の予算を立てて、その通りに達成できていること」が求められると言われていました。
つまり、仮に月次予算を下回ったりしたら、それは「予算の策定能力や、事業の遂行能力に問題がある」ということになって、上場審査を通らない、なんてことが言われていました。下回るならまだしも、予算をあまり上回りすぎても「予算の策定能力が欠如していると見られる」なんてことが言われていたわけです。
しかし、リスクを取るから成長があるのであり、ベンチャーなんて不確実性の固まりなわけでして、それが月次単位でピッタリと予算どおりに行くなんてことがあるわけがありません。ましてや、予算を超えて業績が伸びてもダメなんてことは本末転倒もいいところで、そういうことが成長の勢いを削ぐことになるわけです。(上場準備に入ると、そうした本末転倒なことをする企業が非常に多くなります。)
ところが、次のページをご覧頂くと、
東京証券取引所自身が、そうした「月次業績の予算差異の有無により当該事業計画の合理性の有無を判断することは行わない」と明確に宣言しているわけです。
つまり、月次の細かい予算が当たったハズれた、といったことではなく、その企業が長期的に成長する可能性があるかどうかという本質を見る、ということが明確化されたということだと思います。
池田氏の発言で、「東証が言ってもいないことが都市伝説になっていることが多い」と、おっしゃっていたのも印象的でした。
例えば、「労務管理は秒単位でやらないといけないと東証が言っている」(会場失笑)とか、他にも、東証が言ってもいないことなのに、「証券会社が『東証がダメだと言ってるので、それはやめてくれ』と言っていた」ということを聞いて驚いたことがある、とのことです。
もちろんそれは上場準備をしている会社側になんの問題も無いケースばかりとは言えないかも知れません。
以下は私の想像に過ぎませんが、主幹事証券は「おたくの会社はイケてないから、上場しても株式は売れそうにもないよ」とか「顧客に損をさせそうなのでやりたくない」というのが本音の場合でも、上場したい会社は、なかなか自分がイケてないということは、すんなりとは納得しないわけです。結果として苦し紛れに「証券取引所がそう言ってるので」という理由を持ち出した、ということも多かったんじゃないかと思います。(もちろん、いいことではないですけどね。)
ということで、ベンチャーにとって本質的に重要なのは、本当に「イケてる」(成長可能性のある)会社となることですし、市場や経済が活性化するためには、「上場出来る企業を上場させる」ということではダメで、成長する企業を増やすことが重要だと思います。
ディスカッションでは、日本がアメリカに比べて上場企業数が少ない、という資料も出ましたが、
私は、この日本のIPO件数は、米国とのGDP比や、米国と日本でベンチャーへの投資金額が50倍も違うということから考えれば、むしろ多すぎたんじゃないかと思います。
日本の上場基準が米国に比べて高いということはありませんので、単に「上場出来る」企業を上場させても、パッとしない(成長可能性が無い)企業が増えるだけです。
「世の中変えてやる!」「ユーザーに全く新しい体験をさせたい!」といった、勢いのあるイノベーティブな人をどんどん起業の世界に引き入れて、設立時から成長を志向する人を増やすことこそが必要だと思います。
■附録:磯崎の発表内容
ランチセッションの冒頭に、私から昨今のベンチャーファイナンスの状況についての考えを発表させていただいたので、その内容を掲げておきます。
今回、最も訴えたかったことは、
「日本のベンチャー(ファイナンス)の歴史は、始まったばかりだ」
ということです。
上記は、VEC(財団法人ベンチャーエンタープライズセンター)さんの、ベンチャービジネスの回顧と展望(ベンチャー白書) (平成22年度)にある図で、日本のベンチャーキャピタルの投融資額(億円)と投資した社数(社)の推移です。毎年下がって、2010年3月期では875億円、991社まで下がって来ています。直近では450億円程度にまで下がっているというデータもあります。
一方、米国のベンチャー投資額は、2000年前後のネットバブルの頃には及ばないものの、リーマンショックからは立ち直っており、日本の投資額に比べると年間50倍程度にもなっています。
上記のスライドは、アメリカの代表的なベンチャーが非上場時に資金調達した額です。未上場企業にも係らず、1社で百億円から千億円単位の規模の資金を調達していることがわかります。
これに対して、日本のベンチャーが未上場時に調達した金額は、下記のとおり。
DeNAの30億円や、最近ではライフネット生命の132億円という例もありますが、楽天もグリーも未上場時には5億円未満しか調達していません。他の多くの上場ベンチャーも、未公開時には数億円程度しか調達していないと思います。つまり、米国のベンチャーと100倍から1000倍もの差があるわけですね。
しかし、逆に言えば、楽天やグリーなどは、未上場時にたった4億円ちょっとしか投資を受けていないのに、1兆円、6000億円規模の時価総額になったわけです。
また、米国で日本の50倍もの資金がベンチャーに供給されているということは、競争もそれだけ厳しいということです。日本は世界第三位のGDPの国で、巨大なマーケットがあり、ニッチもデカいものが転がっているのに、挑戦するベンチャーの数が圧倒的に少ないので、「競争が緩い」のではないでしょうか。
しかも前述のとおり、ベンチャーキャピタルの投資規模が50分の1の割にはIPO数も多く、チャンスは大きくなっています。
もう一つ、「ベンチャーキャピタルが本当にイケてるベンチャーに投資できているのか?」という観点も必要でしょう。楽天やDeNA、グリーなどに投資した投資家は、世界にもまれに見る数百倍(数万%)というパフォーマンスをあげたわけですが、上記のような事例の中心的投資家は、従来からのベンチャーキャピタルよりは、新興のベンチャーキャピタルや事業会社などの比率が高いわけです。
つまり、ベンチャーキャピタル投資額の低下と、ベンチャー自体が盛り下がっていることは別で、今起こっているのは「新陳代謝」では無いかと考えられます。
また、「アメリカではベンチャーがM&Aでexitしやすいが、日本は大企業がベンチャーをM&Aするのが少なくてケシカラン。日本のベンチャー育成のためには、大企業がベンチャーをM&Aすることが必要」という意見がありますが、大企業が「ベンチャー振興のために」企業を買収するなんてことはありえません。
上記のアメリカのEXITの推移の図が如実に物語っていますが、アメリカでも、30年前の1980年代にはほとんどIPOしかEXITの道が存在しなかったわけです。これはおそらく、「ベンチャーが増えて、その成長したベンチャーが未上場のベンチャーをM&Aするようになったから」でしょう。
「SOX法(=Sarbanes‐Oxley act)によって上場するハードルが上がったからIPOが減っている」というのも、SOX法が導入された2002年以降の要因の一つではあるでしょうけど、30年のスパンで見たときに一貫してIPOでのexitの比率が下がり続けていることの説明にはなっていません。
30年単位で一貫してM&Aが増えている最大の要因は、「ベンチャーが力を持って来たこと」じゃないでしょうか。つまり、「ベンチャーが活性化するためにM&Aが必要」というのは「ベンチャーが大きく成長することによってM&Aが増える」のと卵とニワトリではないかと思います。
Yomiuri Onlineの記事「若い成長企業を増やす必要があるワケ」にも書きましたが、今起こっているのは、日本全体の一様な地盤沈下ではなく、大企業の衰退と新興企業の勃興といった「新陳代謝」だと思います。
成長する新しい企業を増やすことこそが、日本経済が抱える多くの問題を解決することになると思います。
日本の証券自由化から、まだ10年ちょっとしか経っていません。日本のベンチャーファイナンスは、まだ始まったばかりであり、おそらくこれから10年程度をかけて急速に進化していくのではないかと考えたいと思います。
(ではまた。)
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