大手電機メーカーが一斉にリストラ策を打ち出した。大手流通業や建設業も大型の倒産が待ち構えている。日本の1400兆円もの個人金融資産の過半は預貯金という形で銀行に流れ込み、それはさらに収益性の悪い企業に流れ込んでいた。この間接金融中心の流れが、今音を立てて直接金融にシフトしようとしている。
「コーポレートファイナンス」という概念は、今までの日本人にはあまりなじみのないものだった。しかし、株式市場が企業を見張る度合いが高まると、(賭けてもいいが)あなたもファイナンスの渦の中に巻き込まれるはずだ。しかし、「おれはテクノロジーは好きだがファイナンスは不得意」と思っている方も多いかと思う。しかし、そういう人のほうがファイナンスに向いている可能性もある。事実、私の知るIT関連企業の財務担当者は、技術系出身の人や技術マインドの高い文系の人が多い。なぜか。
●ファイナンスの知識が必須の時代
ひとつには、当然だが、技術系の会社は技術がわからないと始まらないからだ。これまでの日本のファイナンスは「今まで何をやってきたか」に関することが中心で、会社のやっていることは後づけで理解できればなんとかなった。今後のファイナンスは「会社がこれから何をやるか」「それにどういう”価値”があるのか」を説明できるかどうかが重要な鍵となる。シリコンバレーの企業を観察すると見えて来るように、米国企業の経営は「技術」と「ファイナンス」が表裏一体であり、どちらが欠けても致命的である。特にIT企業の経営においては、技術系の知識と計数的な価値を結びつける能力が必要とされているのだ。
二つ目に、こうした価値などの説明や投資家との交渉を行う際に、やや技術的な計算を伴う、ということがある。「やや」とはどのくらいかというと「EXCELで四則演算と階乗の計算ができるくらい」だ。笑わないでいただきたい。つまり、その程度の「技術」を食わず嫌いの(特に「文系」の)人というのが多い、ということだ。同様に「ファイナンス」というだけで食わず嫌いになっている技術系の人も多いのである。
このような「技術とファイナンスの両方がわかる人材」は、日本では今、非常に不足している。「今、技術者として働いてるけど、給料がめちゃくちゃ安くて・・・」と思っている方。ファイナンスということに興味を持てば、もしかしたら、一桁多い給料が待ってるかも知れない。(保証はしませんが。)そのくらい、今、そのセグメントの人材は枯渇している。「入れ食い状態」といってもいい。
「おれは、財務関連の部門に勤める気は今後も一切ない」という人も、こうしたファイナンスの知識とは関係が出てくる可能性が高い。なぜなら、「あなたの価値」自体が、こうしたファイナンスのロジックで計られることになる可能性が高いからだ。
そこで、第一回の今回は、テーマとしてストックオプションを取り上げることにしたい。ストックオプションは、まさに「あなたの価値」と「企業の価値」をリンクさせるものだからだ。
●意外に理解度が低いストックオプション
ベンチャーを経営する先輩から「いっしょに仕事をやろう」と誘われた。こんなとき、あなたはどうするかどうか?現在の年収は450万円、先輩は「年収は400万円が出せてギリギリだが、代わりにストックオプションを100株出す」と言っている。
年収が400万円。これはわかる。でも「ストックオプション100株」というのはどういうことだろうか?それは高いのか安いのか?どうやったら換金できるのか?
ストックオプションはシリコンバレーなどでは、確実に理解されている概念だ。友達や周囲の人間がみんなストックオプションをもらっているので、わかっていて当然だ。しかし、日本では従来、ストックオプションという制度を利用する会社は少なかったため、まだ、一般によく理解されているというには程遠い状態にある。
ストックオプションというのは、「株をある値段で購入する権利」のことだ。ストックオプションはベンチャーの求人にとっては非常に強力な助っ人である。ベンチャーは往々にしてキャッシュではそれほど給料が出せないため、リスクを負ってベンチャーに就職してくれる人に報いるためには、将来会社の価値が高まったときにストックオプションで報酬を受け取ってもらうしかない。
これにどのくらい価値があるかを考える場合には、大きく次の4点を考える必要がある
●ストックオプションは「数」より「比率」
まず、そのストックオプションの量が、全体の中でどのくらいの比率のものなのか、という点だ。図1を見ていただきたい。株(株式)とは、会社の価値合計を細かくわけた権利のことであり、その株を購入する権利(ストックオプション)をもらうことによって、会社の何%かのオーナーになる権利を持つことになる。だから「何株か」という絶対量ではなく、「何%か」という割合が重要なのだ。
図1.付与されるストックオプションの量と全体に占める割合
日本では、株式会社の最低資本金が1千万円、一株の額面が5万円というような制約があるので、設立したての会社は200株とか400株とか、百株単位の発行済株式しかない場合が多い。一方、アメリカでは設立時の1株を1セント程度に非常に小さくするのが通例なので、ストックオプションでも何万株分といった量が付与されることが普通だ。日本の会社がアメリカ人に「数株分」というオファーをすると「えっ?」という顔をされることが多い。日本では資本政策によって一株あたりの金額はバラバラなので、重要なのは株数ではなく割合だ。同じ100株でも1000株に対しての100株なら10%だが、10000株に対しての100株なら1%である。加えて注意する必要があるのは、すでに発行している株式(発行済株式数)だけでなく、今後株になる可能性のある「潜在株式」の数を含めてカウントする必要があることだ。潜在株式にはストックオプションの他、ワラント、転換社債などがある。(図1)
●ベスティング
次に、その株を購入する権利がいつ使えるのか、が重要である。
会社は優秀な人にはずっと会社に残って働いてほしい。このため、通常の場合、最初に権利を行使するまでに1〜2年、全部の権利を行使するのに3〜5年の期間を必要とする設定にしていることが多い。これをベスティングと呼んでいる。短い期間で全部行使できるほどいい条件に思えるが、他の人も全員そうなら、いざというときに重要なメンバーが一時期に抜けてしまう可能性があるので、バランスを考えて設定されている必要がある。
●行使価格
第3に、行使価格がいくらなのかを見る必要がある。行使価格とは「一株いくらで株を買えるのか」ということである。
図2を見ていただきたい。ストックオプションとは株を買う「権利」であって買う「義務」ではない。公開やバイアウト(会社売却)などで、株を売却するチャンスが来たときに、一株あたりの金額が行使価格より低い場合には、損をするだけなので誰も行使しない。つまり、図の例では、行使価格40万円以下の場合、利益はゼロ、行使価格を超えると株価との差額だけ利益が出る。設立したての会社なら、株価5万円で行使、ということになっていることも多いし、すでにベンチャーキャピタルなどからファイナンスを行っている場合、一株40万円とか50万円での行使になっていることもある。ITバブル崩壊で、今の相場より相当高い水準で資金調達してしまっていると、それに合わせて行使価格も高まっている可能性があるので注意が必要だ。
図2.将来の株価とストックオプション一株あたりの利益
ちなみに、こうしたストックオプションの条件は、税金の問題も含めて非常に複雑なので、遠慮せずに理解できるまできちんと会社側に聞くべきだ。このような条件をわかりやすく説明できる担当者がいない会社は「技術とファイナンスの両輪」がまだ形成されておらず、株式公開やバイアウトといったところまで会社を持っていく力量がまだ無いと見ていい。今無くても今後力量をつければいいのではあるが、株式公開やバイアウトしないのであれば、ストックオプションの価値も実現することは無いことは覚えておいていただきたい。
●会社の「価値」
最後に、最も重要なのが、「この会社の価値が今いくらで、今後どう高まっていく予定なのか」ということである。今の行使価格ベースの会社の価値が12億円で2年以内に100億円になると期待できるとしよう。あなたが1%分のストックオプションを持っているとすると、8800万円*の価値が出てくることになる。300億円になるなら2.88億円*だ。
つまり、ストックオプションの価値を考える際には、結局、その会社の今後の企業価値の成長がどのくらいになるのかが最も大きな要因、ということになる。
ここでいう、会社の「価値」とは何なのか?価値というのは、いかにも抽象的な言葉だが、それはいったいどうやって計算するのか?。次回以降、この企業価値の考え方について取り上げていくこととしたい。
注:8800万円=(100億円−12億円)×1%
2.88億円=(300億円−12億円)×1%
今後のファイナンス等による希薄化は考慮していない。
Isozaki, Tetsuya 磯崎哲也
磯崎哲也事務所代表/公認会計士
コンサルファームで、新規事業コンサル、インターネット技術調査などに従事した後、オンライン証券ベンチャーの設立に参画。その後、投資ファンドのパートナーやCFOなどとして、多数のベンチャー企業の現場に関与。2001年7月より現職。
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