2001年10月より、改正商法が施行されて、額面株式・無額面株式の区別が無くなり、設立時より株式が1株1円でも発行できるようになるなど、シリコンバレー式の投資スキームが導入しやすい環境が整ってきた。最低資本金制度などは、そのままなので、まったく同じとはいかないが、今後は、日本の投資家の行動パターンや実務も、よりシリコンバレー的になっていくと考えられる。
第2回「ベンチャー企業の”価値”はこうして計る」では、ベンチャー企業の企業価値算定の考え方について述べた。登場したあなたの会社A社は、現在、株式による資金調達を考えている。今回は、前回の続きとして、A社が投資家を探して交渉するプロセスを見て行くこととしたい。
●タイプ別投資家の行動パターン
日本の投資家には以下のようなタイプがある。もちろん、それぞれの投資家毎に個性があるので、このカテゴリー分けはあくまで目安として考えていただきたい。
第一のカテゴリーは、外資系ベンチャーキャピタルだ。(以下、ベンチャーキャピタルを「VC」と省略する。)外資系VCは、教科書的なセオリーに沿った投資を行うことが多い。つまり、理論的な企業価値算定を行い、後述のような投資のプロセスをきちっと踏んで、投資後は「ハンズオン」(注)することを志向している。ただし、ファンドサイズが数百億円以上のVCの場合、管理する社数が多くなりすぎるとハンズオンが手薄になるので、数千万円の「細かい」投資は嫌がることが多い。そうしたVCの志向しているのは数億円から数十億円の投資であるため、投資を受ける側も「超大型新人」である必要がある。
次に、今回のネットビジネスのブーム以前から投資活動を行ってきた日本の老舗VCがある。国内証券会社系に大手が多いが、他も銀行系損保系など、金融機関系が多い。従来は、設立したばかりの企業に投資することはほとんどなかったが、今回のネットブームでは、そうしたスタートアップへの投資も積極的に行うようになってきた。銀行系など一部は、金額も上限1千万円程度で、リード(メイン)が決まらないと投資しないところもあるので、そういうところに対してはリードの投資家を先に決めないといけない。
三番目に、インキュベーターや事業会社系など、今回のネットブーム前後に設立された新興系のVCがある。これも、会社によって個性はまちまちだが、外資系の投資パターンを取り入れつつ、日本的な要素も入っている、といった感じか。今回のネットブームで、最も積極的に投資を行ったカテゴリーだ。
最後に、「エンジェル」と呼ばれる投資家がいる。事業オーナーなど、個人のお金持ちの投資家だ。会社に興味を持つかどうかはまさにその人の個性で決まる。
具体的なVC(エンジェル以外)については、例えば、東洋経済新報社の「ベンチャークラブ」という雑誌でVCの特集が組まれ、一覧が載っている(今年は2001年10月号
http://www.toyokeizai.co.jp/mag/vc/mokuji/v200110.html) ので、参考にするといいだろう。
(注:現在同誌は廃刊している。)
図表1.DCFによる企業価値
●投資を受けるまでのプロセス
投資を受けるまでのプロセスも、VCによって千差万別であるが、外資系VCなど比較的きちっとしたVCの場合のケースでは、図表2のようになる。
図表2.投資を受けるまでのモデルプロセス
まずは、投資の交渉に入る前に、できればNDA(Non Disclosure Agreement)を結ぼう。いくら信用できそうなVCでも、後で別の同業に投資することになって、わが社の情報を見せないとも限らない。VCによっては、逆に、そうした制約を嫌ってNDAを結びたがらないところもある。最初に興味を持ってもらうための簡易版と、興味を示してくれたときの詳細版と、事業計画を2バージョン用意しておくのも手だろう。
次に、VCが投資に興味がある、ということになると、投資する意思があることを示すLOI(Letter of Intent)と呼ばれる書面を取り交わす場合がある。そのVCに権威があれば、そのLOIを持って回ることで、他のVCとの交渉がやりやすくなることもあるし、LOIに交渉自体についての守秘義務や独占交渉権が付いている場合には、それはできない。
3番目に、デューデリ(due diligence)というチェックのプロセスが入る。前項のLOIの段階では、投資するかどうかは法律上non-binding、すなわち、実行の義務はないことにするのが普通だが、それは、デューデリをしてみたら、会社側の言ってることと実態がかなり違っていたり、正式契約の条件のすりあわせのときに折り合いがつかない可能性もあるからだ。ベンチャー投資の場合に、VCとして最もチェックしたい項目は、「企業価値が上がってキャピタルゲインが実現するか?」すなわち、事業そのものがイケてるかどうかであり、経営陣がどういう考えを持っているのか、ビジネスプランは妥当なのか、市場はどうなっているのか、などがチェックされる。また、「企業の実態があるか」「会社が法的にきちんと設立され運営されているか」「帳簿は正しく作成されているか」などの法的・会計的側面についてもチェックされる。弁護士や会計士がチェック(review)のために乗り込んでくることもあるし、VCのパートナーやスタッフが質問したり書類を見るだけのこともある。重大な法律違反などが無い限り、事業はイケてるのに法律面や会計面で落とされるということはないと思うが、当然、ちゃんとしておくに越したことはない。法律や会計に詳しい知り合いがいたら、事前に、大きな問題がないか見てもらっておいたほうがいい。
4番目に、投資契約の締結になる。契約書は外資系VCだと、数百ページの厚さになることもある。驚くことに、日系のVCは投資契約を結ばないとか、結んでも紙1枚のことも多い。投資というのは初めての人にとっては非常に複雑なものなので、不利な条件を知らずに飲まされることもありうる。厚さにかかわらず、投資契約に詳しい専門家に依頼して、交渉のプロセスに立ち会ってもらうのがお勧めだ。正式契約が済むと、商法など法律上の手続きを経て投資の資金が払い込まれることになる。
●会社のエヴァンジェリストたれ
ベンチャー投資というのはリスクが大きい。リスクが大きいということは、判断が極めて属人的になるということだ。つまり、投資家との交渉の最終目的は「最終意思決定者」に会って直接説得することだ。いくら担当者レベルで盛り上がっていても、最終意思決定者でコロっと却下、ということはよくあるし、逆に、担当者はあまりいい顔をしていなかったのが、最終意思決定者とはウマがあって投資が決まるということもある。
あなたが投資家に確信させなくてはならないのは、あなたの会社の「ありのままの現状」ではなく、まだ存在してもいない「成功した未来のあなたの会社の姿」なのだ。存在してないのだから、わかってもらえなくてあたりまえ。断られてもくじけないこと。直接目に見えないものを信じさせるという点では、投資家との交渉は「伝道」に似ている。あなたは、あなたの会社の「エヴァンジェリスト」なのだ。あらゆる手段を使って、あなたの事業がいかにイケていて投資に値するかを布教しなさい。VCはプロの投資家ではあるが全知全能ではないので、何もしないであなたの会社の良さを解ってくれるわけはない。プレゼンだけで中身が無いのは困るが、「プレゼンはへただけど実力はあるんだよなー」では、資金は集まらない。また、特に日本の場合、自分の口で「オレはすごい」というより、第三者から「あいつはすごいよ」と言わせるほうが効果があることが多い。直接、熱い情熱を持ってぶつかることも大切だが、第三者からVCに紹介してもらったり、新聞に取り上げられた記事や何かの賞を取ったことなどをさりげなく見せるなど、からめ手の戦術も重要だ。
さて、A社はVCにプレゼンして、投資の確約は取り付けたのか?。次回は、A社の投資の詳細な条件について見ていくことにしたい。
注:
DCF法(Discount Cash Flow Method)
企業の評価方法の一つ。ビジネスプランなどから投資先企業の数年分のキャッシュフローを想定して、それを一定の割引率で割り引いて企業価値を算定する。
ハンズオン(hands-on)
投資家が、金だけ出すのではなく企業の経営に積極的に関与し、戦略や人材の斡旋、取引先の紹介、M&Aや公開などに積極的にサポートをすること。
Isozaki, Tetsuya 磯崎哲也
磯崎哲也事務所代表/公認会計士
コンサルファームで、新規事業コンサル、インターネット技術調査などに従事した後、オンライン証券ベンチャーの設立に参画。その後、投資ファンドのパートナーやCFOなどとして、多数のベンチャー企業の現場に関与。2001年7月より現職。
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