■すでにサイバー化した金融に求められるシステム的な発想
金融業は、今さら言うまでもなく、情報通信技術の革新が真っ先に取り入れられる産業の一つである。実際、この数十年、金融はその技術革新によって大きな変化をとげており、今では銀行間の決済や株式・外為・デリバティブなどの取引量は、GNPの何十倍のオーダーに膨れ上がっている。つまり、金融の世界では、「情報化」や実体から乖離した「サイバー化」といった現象は、既に相当進んでおり、今後の情報化社会において予想される特質が、かなり先行して現れているのではないかと考えられる。
実際、話題の電子商取引でも、米国においてすら「モノ」を扱うビジネスでは、まだ採算がとれないものがほとんどであるのに対し、電子証券取引のサービスでは、すでに十億円単位の利益をあげているところもある。考えてみると当然であるが、本やTシャツといった「モノ」よりも、抽象的な「価値」の方が、ネットワークでははるかに取引しやすいのである。
金融というと、今までは金融界の外部の人にも内部の人にも、特別な産業という目で見られてきた感がある。しかし、これからの社会を考える上で、「価値」や「信用」を扱う金融のたどってきた道と、その今後のロードマップを見ておくのは、金融以外の産業に携わる人にも大いに参考になるのではないかと考えられる。
●「競争促進」へのシフト
本書は、長年、金融産業に提言を行ってきたライタン氏らが議会向けのレポートとして書いているだけあって、二○世紀の金融の回顧と、二一世紀への指針という広範な内容が、コンパクトに、かつ、わかりやすく書かれている。
本書では、例えば「過去十五年間において、国際通貨基金(IMF)に所属する一八一カ国のうち、一三三カ国において、相当レベルの銀行問題が発生し、そのうち三六カ国では金融危機の状態になっている」というような驚くような事実が紹介されている。
もちろん、それらは先進国から発展途上国までを含んでおり、その問題を、ひとくくりに論じるのは難しいだろう。しかし、あえて言えば、金融危機は一部の国でたまたま起こったのではなく、最近の社会の急激な変化により、信用や価値を保つことが、世界中で急速に難しくなっているための問題だと考えることもできる。「価値」というサイバーな存在は、すでに人間の手には負えない怪物に成長しつつあるかも知れないのである。
こうした状況に対して、著者らが取る基本的スタンスは、「競争制限的な規制を廃止し、競争を促進せよ」ということである。
ただし、彼らは決して単純な競争礼賛論者ではない。例えば、第五章で弱者保護について考えられているほか、第四章では、単純に競争に任せておくと発生しかねない「システミック・リスク」を抑え込むことの重要性を説いている。資金決済や証券など、日本の金融システムを見回すと、このシステミック・リスクを考慮してない部分が、他の先進国に比べてはるかに多い。日本では、何事も個別の事象への対応に終始し、全体を「システム」としてどうデザインするかというアプローチが欠如しがちだ。しかし特に、金融は額がデカいだけに「力づく」で押さえつけるのはもう明らかに無理なのである。つまり、「システム的な発想」が必要なのだ。
今後、日本の金融界に新しい個別の情報通信技術が取り入れられていくべきなのは言うまでもない。しかし、それ以上に重要なのが、情報通信産業やその規制の「ノリ」を金融の世界に取り入れることなのだ。本書では、そうした点も十分に研究され、金融システムの検討に生かされている。
お勧めできる一冊である。
■この本の目次
序章ならびに要約
第1章 今日の金融サービス産業
金融サービス業とは何か/今日の金融サービス業の概観/政策の焦点/十九世紀の様相/二○世紀の体制/新しい金融の世界と二○世紀モデル/責任の再認識/貯蓄貸付組合の厄災/時代の終焉/補論1 米国の金融規制システムの概要
第2章 変化の潮流
金融のデジタル化/金融は国境を越える/金融の革新/デリバティブの簡易ガイド/高まる競争/変化が示唆するもの/変貌途上にある金融サービス業/統合による生存/政策の意味するところ/フレームワークの指針
第3章 競争の活性化
競争阻害要因の排除/納税者の保護/電子マネーに対する規制/競争の維持/競争は危険なものか?
第4章 リスクの封じ込め
システミック・リスクの源泉/静観は許されるか?/リスクの封じ込め/早期隔離/早期発見/市場によるショック緩衝機能/決済の迅速化/国際的協調/政策の調和をめざして/補論2 支払・決済システム
第5章 金融の機会と金融業の拡大のために
信用の民主化/アクセスにおける政府の役割/既存の方策/信用へのアクセスの拡大−今後の挑戦/預金口座を持たない人たち−政策の新領域/本流にのせるには?/本当の財産とは?
編著者のプロフィール
Robert E. Litan
ブルッキングス研究所の経済研究プログラム理事。大統領経済諮問委員会スタッフ、司法省連邦検事局次長補などを歴任。行政・金融に関する弁護士でもある。主な著書にWhat Should Banks Do? (Brookings Institution, 1987)などがある。
Jonathan Rauch
ナショナル・ジャーナル編集委員。各種新聞で経済政策から動物保護まで幅広い記事を発表している