■今の日本に求められる「ディスクロージャー」についてコンパクトにまとめた入門書
日本は今、情報開示ブームである。しかし、情報開示について世間で行われている議論のほとんどは「経営の中身を隠さず見せろ」というような、極めてレベルが低い話でしかない。
アメリカでは、一九二九年の大恐慌の際に、多くの企業の財務内容が粉飾されていたことがクラッシュの度合いをより深刻なものにすることになった。業績が悪化してきた企業は、決算をよく見せようとするに決まっているわけで、その企業に「情報をちゃんと開示しろ」と言ってもそれだけでは全く意味がない。
その反省から、その後、公認会計士という開示情報の「見張り役」の重要性が認識され、また、企業の財務状況や業績が正しく表示されるような会計制度が検討・導入されてきたのである。こうしたチェック機能や基準という要素を欠いた情報開示の議論は、アメリカでいえば七○年以上前のレベルの話だということになる。
また、こうした「透明性」に重点が置かれると、公開される情報は細かければ細かいほどいいということになりがちである。しかし、こと財務情報に関してはそうとは言えない。たとえば、アメリカでは企業グループ全体の連結財務諸表だけが公開され、個別企業の財務諸表は公開されない。細かいほどいいのであれば、個別企業の財務諸表も公開される日本のディスクロージャーの方が優れていることにもなろうが、もちろんそうではない。重要なのは「明細」よりも「結論」の数字なのだ。特に「債務超過かどうか」は、財務情報開示の最も重要な結論の一つである。今の日本では財務諸表上債務超過でない公開企業が、実際には債務超過ではないか?などということが世間で公然と議論されている。これは、表面上はそうした個々の企業への信頼が損なわれただけのことに見えるし、それなら問題もまだ小さい。しかし、今まで述べてきたとおり、実はそれは、一国の会計慣行と監査制度への期待が全く存在しないという非常に深刻な事態であり、アメリカの一九二九年以前の状態に等しいとも言える状況なのである。
●国際会計基準の俯瞰図を提供
今回取り上げさせていただく「国際会計基準」という本は、長年国際的な会計制度に関わってこられた白鳥氏の遺稿である。
タイトルを見ると、一般のビジネスマンには手を出しにくい本のように見えるかも知れない。しかし、この本には、前述のような日本のディスクロージャーの問題点、今後の変革への課題などが、わかりやすく、コンパクトに書かれている。
内容であるが、まず、序章において、国際会計基準の概要、沿革などが示されている。特に、日本の会計基準と国際会計基準の考え方の違いについては、「債権者保護か投資家保護か」「法形式重視か経済実質重視か」「原価会計か時価会計か」の3つに集約し、コンパクトに説明されている。
続く第1章では、日本の会計制度の問題点が示されている。商法・証取法・法人税法の三つどもえの構造が、日本において独特の会計制度を形作ってきたとし、そうした考え方が国際会計基準とどのように異なるかがわかりやすく説明されている。特に、今まで日本は主として銀行を経由した企業への資金供給が行われていたため、日本の会計原則には、債権者保護の考え方が強く反映されていた点が指摘されている。さらに、第2章では、株主中心の国際会計基準的視点から考えた、日本の従来の会計制度の問題点を取り上げている。
後半の第3章以降は、上述のような総論を受けた個別の会計処理の話になる。このため、会計知識や実務経験が全く無いと、読むのに少し苦労するかも知れない。しかし、少なくとも前半の第2章までは、日本のディスクロージャー問題の本質を考える上で、この問題に興味のある人すべてに読んでいただきたい内容であると言える。
■この本の目次
序章 国際会計基準とは
(1) 国際会計基準委員会
(2) 日本の会計基準と国際会計基準の基本的な違い
第1章 日本の会計制度のゆがみ
(1) 法制度の欠陥
(2) 商法と証券取引法で異なる会計
(3) 企業会計と法人税法で異なる会計
第2章 ROEを重視した会計
(1) 日本企業の弱点
(2) 株主資本
(3) 経常利益
(4) 収益の認識基準
(5) 特別損益
第3章 時価会計志向
第4章 税効果会計
第5章 連結経営
編著者のプロフィール
白鳥栄一(しらとり・えいいち)
1935年生まれ、1958年中央大学商学部卒業、1960年アーサーアンダーセンアンドカンパニー入社、英和監査法人会長、95年国際会計基準委員会評議委員会委員、98年死去。
主な著書に、「実践連結財務諸表」(第一法規、共著)「連結決算書の読み方」(日本経済新聞社)等。