■特殊法人改革に必要な、「ディテール」を学ぶ本
小泉内閣で、特殊法人改革の検討が進められている。特殊法人というのが、効率が悪く税金を食い、多額の借金を作り、官僚の天下り先となっている、というのは国民の共通認識になっており、特殊法人の民営化や廃止は、あたりまえで疑問の余地がないことだと考えられている。これは、小泉内閣の支持率の高さにも裏付けられているだろう。しかし、実際、行革のプロセスを進めてみると、予想通り、反対勢力の抵抗は極めて強い。
実は、経済学的にきちんと考えてみると、国営企業を民営化しなければならない根拠や基準というのは必ずしも明確ではない。(柳川範之著「契約と組織の経済学」第8章など)。仮に、国営企業の方が民間企業より劣っている部分があれば、その民間企業の組織や契約をそっくりそのまま採用すれば、理論的には国営企業は民間企業と全く同じパフォーマンスを実現できるはずだからだ。「ここが悪いから民営化しろ」というと「では、そこを直しますので民営化しません」ということになる。実際、どの特殊法人・国営事業も、まさにその戦略を取っており、勤務先を「わが社」、顧客を「お客様」と呼び、民間の企業がやっている方式やサービスを取り入れて、国営のままでも効率は悪くないということを示そうとしている。
すなわち、直感的には特殊法人を民営化・廃止しなくてはいけないのは「あたりまえ」としか思えないにも関わらず、民営化の必要性を一刀両断に説明してくれる理屈は存在していないのである。このため、行革の作業は、断固たるリーダーシップを必要とするとともに、その勝負の鍵を握るのは「ディテール」なのだ。
●詳細に描かれた行革の全体像
この本は、猪瀬直樹著作集の第一巻として、「日本国の研究」(九六年初出)に、新たに書きおろされた「公益法人の研究」などを加えた構成になっている。
著者は、現在、行革断行評議会の委員として石原大臣や小泉首相をサポートする立場にあるが、本書の日本国の研究の部分には、著者がジャーナリストとして当時の小泉代議士に会い、財政投融資や特殊法人問題について話し合った際のエピソードが紹介されている。その際の著者の小泉氏に対する感想は、「(言っていることは)基本的に正しいのである。ただし、戦術がない。」というものだ。
実は、これと同じ感想は、現在行革を行っているスタッフ周辺からも聞こえてくる。すなわち「小泉さんに、もう少し細かい部分にも興味を持ってもらいたい」というものだ。ただ、リーダーというのはそれでいいのだとも言える。リーダーの最も大切な役割は、現状の改良や改善では到達できない目標を、明確かつ断固として指し示すことだからだ。小泉氏は、先述のエピソードでも、明治維新などを例に挙げて、「民営化は一気にやるしかない。段階論はだめだ。」と、民営化を一気に「あたりまえ」にしてしまうしかないことを述べている。
ただし、スタッフはそれでは困る。「これこれの理由で民営化しなくていい」「廃止はできない」という特殊法人側の意見に対して、個別に反論し、具体的なプロセスに落としていかないといけない。特殊法人の詳細な内容については、特殊法人側の方が情報を持っているに決まっているから、全体戦略を持ちつつ、よほど詳細を理解した人でないとこうした議論に立ち向かっていくことはできない。
その点、本書での著者の論旨は極めて明快かつ具体的だ。行革の現場でも、特殊法人側が「これは先例がありません」などと肩透かしを食らわせるのに対し、著者が「いつ、誰それによって、こういう事例がある。」などと、現場も知らないような反証を掲げて応戦し、特殊法人側にも「彼はとてつもなく勉強をしている」と舌を巻かせている、とも聞く。
行革という戦場に散る火花と、「戦術」を体感できる一冊。
■この本の目次
日本国の研究
第一部 記号の帝国
第二部 闇の帝国
第三部 寄生の帝国
増補 公益法人の研究
プロローグ
第一章 特殊法人の下請けとして生き延びる
第二章 規制産業として独自ビジネスを展開
第三章 税逃れの実態と法的な欠陥
第四章 特殊法人等の廃止・分割民営化と同時に改革を
あとがき
<付録>日本道路公団分割民営化案
解題
■著者
1946年長野県生まれ。「ミカドの肖像」で87年第18回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。「日本国の研究」で96年度文芸春秋読者賞受賞。著書に「ペルソナ三島由紀夫伝」「マガジン青春譜川端康成と大宅壮一」等。行革断行評議会委員として、特殊法人等の民営化に取り組む。政府税調委員、日本ペンクラブ言論表現委員長、慶応大学メディアコム研究所行使、国際日本文化センター客員教授、東京大学大学院客員教授。