■規制緩和後の日本への示唆となる「ひとり勝ち現象」の分析
先週末日本でも公開された米国版「ゴジラ」のキャッチコピーは「SIZE DOES MATTER(大きさがモノをいう)」である。こういう元気のいいコピーが出てくるのは、一つには、現在の米国の好景気が背景にあろうが、もう一つ、米国のビジネスが、どれも「SIZE DOES MATTER」的になってきているからだ、と言ったら考え過ぎだろうか?
今回取り上げる「ウイナー・テイク・オール」という本は、「ビッグなやつのひとり勝ち」現象について書かれた本である。視点を変えれば、「マーケットにすべてを任せることで、われわれの社会には恩恵がもたらされるのだろうか?」という疑問への一つの解答を示している本であるともいえる。
日本では長い間、多くの領域で規制が続けられてきた。このため「諸悪の根元は規制」であり「規制さえ緩和すれば、あとは市場がよりよい方向に導いてくれる」という議論が多いように思える。ところが、現実の事例を見回してみると、競争を導入したその後にこそ、本当に悩ましい問題が潜んでいることがわかる。つまり、活発に競争が行われているかなりの市場で、ちょっとした条件の差で所得の格差が広がり、「ひとり勝ち」の度合いが進行しているたくさんの例にぶつかるのだ。
●社会をゆがめる「ひとり勝ち」
「ひとり勝ち」とは、筆者らによれば正確には「トップに近いものが不釣り合いに大きな分け前を得る」ことである。「ひとり勝ち」の最も顕著な例としてまず読者の方の頭に浮かぶのは、株式の時価総額(つまり「マーケットの評価」)が世界最高水準にある、マイクロソフト社やインテル社などかも知れない。しかし本書では、こうした情報通信系の企業について触れているページはさほど多くない。確かに、マイクロソフト社やその「競争」との関係について話し始めたら、それだけで本が一冊書けてしまうし、一般の読者には技術的すぎてわかりにくいものになるだろうから、取り上げないのは賢明かもしれない。代わりに、この本では、医者、弁護士、映画スター、ファッションモデル、バスケットボールやアメフトの選手など、一般の読者に、よりなじみ深い職業を多く取り上げ、年収金額の推移などの具体例が豊富に示されている。
また、著者らはゲーム理論などを使って「一人勝ち」社会がなぜ発生するかのメカニズムについて説明している。しかし、これも難しい数式などは一切出て来ず、一般の読者にも非常にわかりやすい。
さらに「大学教授の九四パーセントは、平均的な同僚よりもすぐれた仕事をしていると思っている」というような「自信過剰」や、「情報の不足」などにより、市場は多すぎる競争者を引きつけ、社会の適正な資源配分をゆがめているというような「ひとり勝ち」によって生ずる問題を指摘している。
こうした問題の是正に向けて本書ではいくつかの提言が行われている。例えば「累進的な消費税の導入」がそうだ。消費税といっても、買い物をするたびに取られるタイプのものではなく、確定申告の際に、消費総額を所得と貯蓄の差として計算し、その金額に累進的に課税する方法を提案している。著者らは、こうした「平等化を促進する政策の多くが同時に経済成長をも促進する」と結論付けている。
今後日本でも、規制緩和の影響を受け、あちこちの市場で「ひとり勝ちのゴジラ」が巨大化し、暴れまわると予想される。日本は何かにつけ、問題が出てきてから対策を考える「泥縄」なところがあるが、その「ひとり勝ちゴジラ対策」は、今から真剣に考えておく必要があるのではないだろうか。
■この本の目次
第1章 「ひとり勝ち」市場
第2章 「ひとり勝ち」市場の発生
第3章 「ひとり勝ち」市場の成長
第4章 急騰するトップの所得
第5章 マイナーリーグのスーパースターたち
第6章 競争者が多すぎる?
第7章 浪費的な投資の問題
第8章 教育的名声をめぐる戦い
第9章 浪費的競争の抑制
第10章 「ひとり勝ち」社会におけるメディアと文化
第11章 古いワインを新しいボトルに
■著者のプロフィール
ロバート・H・フランク
コーネル大学経済学・倫理学・公共政策教授
フィリップ・J・クック
デューク大学公共政策教授