■「顧客志向」の視点に立ったネットビジネスへの招待の書
日本のネットビジネスが離陸しようとしている。
公開ネット企業の時価総額は、現在、アメリカの場合で、百社超、五十兆円弱にもなるのに対し、日本は、その二十分の一程度のボリュームしかない。しかし、日本の経済規模や、インターネットのインフラの整備の進展などから、海外投資家の多くは、日本でも今後二〜三年のうちに、アメリカの半分程度までその時価総額が上昇してもおかしくないという見方をしている。話半分としても、今後数年で約十兆円の新しい価値が創造されるわけだ。日本のネットビジネス領域は、まさに、ジャパニーズ・ゴールドラッシュの様相になりつつあると言えよう。
ただ、こうしたマクロの視点からの予測は、日本のミクロな実態を知るものにとっては、いささか危なっかしく感じられる。確かに、資金面では、今やネット領域には一千億円単位の金が投下されて、過剰感が出始めているくらいであるし、人材面でも、IT技術者、クリエイティブ、そしてfounder(創業者)タイプの人材については、センスと元気のある若者中心に、ここのところ急速に厚みが増してきている。こうした中で、現在、最大のボトルネックは、「マネジメントができる人材」の不足であろう。つまり、リーダーシップがあって組織を引っ張っていける人材、マーケティングがわかる人材、B/S、P/Lくらいは読めて経営がわかる人材、が圧倒的に不足しているのだ。
このままでは、日本のネットビジネスは、脆弱な経営基盤の上に立つ一時のバブルに終わってしまう可能性が高い。既存のビジネスの経験を持ちあわせた実力のある人材が、こうした成長領域に参加することは社会的に見ても、非常に強く求められているといっていいだろう。幸い、そうした人材をネット界に呼び込む道具立ては整ってきた。公開ネット企業の数が百社になるとしても、先の前提で、一社あたりの価値創造は平均一千億円以上にもなる。これくらい枠があれば、新たな人材へのインセンティブも十分に用意できるはずだ。もちろん、必ず成功するという保証などない。しかし、人生を賭けるに値する「チャンス」が、今の日本のネットビジネス界には生まれつつあるのも確かである。
●ネットビジネスも基本は同じ
ただ、ネットビジネスは、今までのビジネスとの違いばかりが強調されがちで、「つかみどころがない」とお感じの方も多いのではないだろうか。
今回ご紹介する本は、「ネットビジネスとは、究極の顧客志向ビジネスなのであり、今までのビジネスと基本は同じなのだ」ということを説いている。
ネットビジネスへの「とっかかり」として非常に読みやすいものではないかと思う。
本書は、収益の出るネットビジネス戦略を立てるため五つのステップと、成功するために重要な八つの原則から、構成されている。また、それぞれの原則に対応して二つづつ、十六の企業の詳細なケーススタディが盛り込まれている。
その事例がちょっと古いのが玉に傷だが、体系的に日本語で読めるのであれば、そのくらいは、まあしかたがないだろう。最新情報は英語で直接吸収していただくほかない。
また、この本の立脚点はネットを使って、ビジネスの「実態面」をいかによくするか、という非常に「地に足のついた」ものである。ただし、現在のネットビジネスをドライブしている最大の要因の一つは、良くも悪くも財務的な「バーチャル」な要因である。ネットのマネジメントを志す層の方としては、そうした面も考え合わせる必要があることは、念のため記しておきたい。
取り上げられているのは、大企業の取り組みの事例が中心であり、ベンチャーを志す人のみならず、既存企業をネット企業に生まれ変わらせようと社内で努力される方にも、当然、役に立つ本である。
■この本の目次
ネットビジネスへの招待
●ネットビジネスで成功するための五つのステップ
収益の出るネットビジネス戦略を立てる
顧客がビジネスしやすい環境を提供する/末端顧客に商品やビジネスの照準を合わせる/顧客志向型の業務プロセスを末端顧客の視点から再設計する/収益増加のために企業を連携させる/顧客忠誠度を育成する
●成功するために重要な八つの原則とその事例
適切な顧客を狙う/顧客の振舞いを総合的に把握する/顧客に影響を与える業務プロセスを合理化する/顧客との関係を広い視野で捉える/顧客に主導権を与える/顧客の業務を支援する/個別化したサービスを提供する/コミュニティーを育てる
最良の実戦経験を組み合わせる:次のステップへ
著者のプロフィール
Patricia Seybold
父親のジョン・シーボルトを筆頭に、ほぼ全員がIT業界に身を置く米国IT業界の超有名人一家、シーボルト一家の一員。自身も米国ボストンで国際的ITビジネスコンサルティング会社、パトリシア・シーボルト・グループを設立し、現在CEO。同社は、アーサー・アンダーセン、ヒューレット・パッカード、マイクロソフトなど、業界トップ企業をクライアントとして擁している。