「会社法の経済学」

■次世代のルール作りに不可欠な新しい法律論

日本は、明治以来、法律の教育に非常に力を注いできた国と言えるだろう。また、そうした教育を受けた人材が、実際に社会のリーダーとして活躍してきたことも事実である。
ただ、そうした今までの日本における「法」というのは、多くの人にとって、はじめから「そこにある」ものであって、「どういう意図でその法律ができたのか?」「その意図は的を射ているのか?」などの疑問を投げかける対象ではなかったように思われる。
日本の社会が大きくひとつの方向を目指して来た間は、それはそれなりに有効に機能してきたかも知れない。しかしながら、社会が複雑化し、人々の考え方も多様化した時代になってくると、静的な法を金科玉条と仰いで社会的な調整を行っていくことは、非常に難しくなってきていると言わざるを得ないだろう。
これは、今後、法が重要でなくなる、ということではない。規制緩和などで、企業や個人の行動の自由度は高まっていくため、そのベースになる共通基盤としてのセンスのあるルールは、なおさら重要になるのである。特に、会社法をはじめとする経済法の領域では、投資家・取締役・従業員といった個々の主体のインセンティブや、それによって引き起こされる行動、その社会全体への波及効果などを想定することが重要だ。つまり、よりダイナミックなセンスで法を企画し、運用していくことが、強く求められているのである。


■法と経済学の相乗効果

本書によると、「法と経済学(Law and Economics)」という研究分野はアメリカでは一九五○年代から始まり、一九六○年代以降は研究者数の増大、研究方法の確立、専門雑誌の定着という形で、極めて大きな流れとなっているものだという。これに対して、日本では実質的にほとんど経済学者と法学者の共同研究は行われてこなかった、ともある。
(ということは、今までの日本では、経済の領域において何か新しい公的ルールを定める際にも、そうした理論的な観点からの研究結果の参照や検討は行われずに、概念的な検討と政治的なかけひきだけで決まっていたということか。いまさらながら、恐ろしい話ではある。)
こうした状況の中で、六年前に当初十名弱の経済学者・法学者が集まって、法と経済学に関する研究会を開き、以来、徐々に研究活動は拡大してきた。その研究成果をまとめたのが本書である。
全体は三部からなり、十五本の論文と、それに対するまとめから構成されている。
第一部では、「社外取締役」「株主代表訴訟」が有効に機能するか、等について検討が加えられている。経済学的な観点からは、これらは必ずしも有効ではない、としており、経済学と法学のモノの考え方の違いが浮き彫りになっていて興味深い。 続く第二部では、有限責任の株主や債権者が、企業破綻処理などにおいて、エイジェンシー・アプローチ(「利益相反の可能性がおのずから最小となるようなしくみの模索」)の観点などから検討される。第三部では、株式市場と情報、独禁法・労働法的な領域についての検討が行われている。
本書に書かれているような経済学的センスは、今後法律の作成・運用に携わる方々にもぜひ取り入れていただきたい。もちろん、法律に経済学の考え方を取り入れればすべて問題が解決するというような単純な話ではないだろうが、法という現実への適応を行うことで、経済学的なモノの考え方も逆にブラッシュアップされ、相乗効果は大いに期待できる。
とにかく、今後の新しい社会には、理論的根拠に基づいた確固たるルールをフレキシブルに策定していく体制が必要であり、それなくしては、経済や社会の「復興」はありえない。こうした領域の研究が発展することを願ってやまない。


■この本の目次

序章 会社法の経済分析:基本的な視点と道具立て

第I部 会社の意思決定
1章 株主総会と取締役会−権限配分規定について/2章 株主,取締役及び監査役の誘因(インセンティブ)/3章 取締役会と取締役/4章 株主総会の決定プロセス/5章 株主代表訴訟/第I部コメント

第II部 証券と利害調整
6章 株主の有限責任と債権者保護/7章 会社法における自己資本維持規定と資本コスト/8章 日本における企業破綻処理の制度的枠組み/9章 企業の資金調達と議決権および利益の配分/10章 株主間利害対立/第II部コメント

第III部 潜在的参加者
11章 インサイダー取引規制/13章 企業間取引と優越的地位の濫用/14章 「解雇権濫用法理」の経済分析—雇用契約理論の視点から/15章 株式会社法の特質,多様性,変化/第III部コメント
会社法の経済学;総括コメント


編著者のプロフィール

三輪芳朗 東京大学大学院経済学研究科
神田秀樹 東京大学大学院法学政治学研究科
柳川範之 東京大学大学院経済学研究科

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