「ウォール街のダイナミズム」米国証券業の軌跡

■ビッグバンの羅針盤となるアメリカ証券業の歴史研究

「今年から来年にかけて日本で最もホットな産業は?」と聞かれれば、筆者は迷わず「証券業」と答えたい。
 昨一九九八年十二月に証券業は免許制から登録制に移行し、証券取引所への集中義務も無くなった。さらに、今年の十月には、手数料の完全自由化を控えている。そうした規制緩和により競争環境のインフラが整えられることもさることながら、昨今、アメリカで繰り広げられている金融再編の動き、インターネット取引へのシフトなど、新しいビジネスモデルが、否応無しに日本の証券業経営者の脳をも刺激している(はずだ)。
 おまけに、日本ではこの一年の間に、この規制緩和のインパクト、情報ネットワーク技術の革新のインパクトが、一気にやってくる。アメリカでは一九七五年の「メーデー」以来、二十年以上をかけて「ゆっくりと」行われて来た変化が、ギュっと圧縮されて、一気に襲いかかって来ることになる。そこで展開されるのは、新技術や激安手数料を武器に参入する新規業者の攻勢によって、既存証券会社がのたうち回る阿鼻叫喚の地獄絵なのか。はたまた、規制以外の日本的な参入障壁によって、結局、勝ち組は資本力のある一部の大手企業に限られてしまうという、非常につまらない図式になるのか。いずれにせよ、今年展開される世紀の大バトルを見逃す手は無い。


●「経営」として見た証券業

二十数年分のインパクトを一気に受けるその衝撃度の大きさや、証券のみならず、銀行・保険業界を含む金融界全体が変わることなどから、日本の証券ビッグバンは世界の金融業の変化の中でも非常にユニークなものになる。その行方が誰にもわかる形で記入された海図は無いといってよい。
 そうした中で最も頼りになるものといえば、まずは「先行事例」だろう。他国のことであっても、個々に見れば日本と同じ力学で動いている。「同じサービスなら安い方がいい」「固定費の負担が大きいサービスは規模のメリットが働く」というような、書けばあたりまえの力学が、実際にどのような現象を生み出してきたのかという生の事例を見ることは、大いに参考になるだろう。
 今週ご紹介する本は、こうした先行事例のうち最も研究すべきアメリカの証券業界の三十年にわたる変遷を一冊にまとめた本である。
 本書は、司法省が証券取引所の固定売買手数料制が独禁法違反である疑いがあるという文書を米証券取引委員会に送った一九六八年の出来事からスタートする。第一章で「証券会社とは何か」ということが、業界以外の人間にもわかりやすく述べられた後、続く第二章から五章で、六八年から現在までの期間を四つに区切り、それぞれの時代の特徴と、証券業界の対応を的確に抽出している。
 本書は、単なる事象の羅列や「年表」に終わることなく、具体例や数値例、人間ドラマを織り込み、読者を飽きさせない構成に仕上がっている。また、証券業を「ビジネス」「経営」という視点から見るという一貫した切り口から構成されているのも特徴である。
 読めばおわかりいただけるが、この間のアメリカ証券業界の変遷は、実は決して「ゆっくり」などというものではなく、まさに「激動」の時代だったことがわかる。これだけの期間のできごとを、ポイントを抽出して、しかも一般の読者にもわかりやすく一冊の本にまとめるのは、並大抵の力量でできることではない、と思う。
 本書によれば、ウォール街では「経営者など、しょせん収入を生まないコストセンターだ」という考え方が根強いとのことである。しかし、今までも今後も、激動の時代には、マネジメントの舵取りが重要なのは疑う余地が無い。先の見えない金融の世界でのマネジメントを考えるために必読の一冊、と言える。


■この本の目次

プロローグ 一九六八年−ゴーゴー時代の終焉と新しい時代到来の予兆
第1章 オーバービューー証券会社の機能
    業界大手の変遷/証券会社の機能/証券会社の営む業務/過去三○年間のトレンド
第2章 一九六八〜七五年−機関投資家の時代
機関投資家−年金基金の台頭と変容/機関化への証券会社の対応/資本危機そして手数料自由化への抵抗
第3章 一九七五〜八七年−イノベーションの時代
二つの規制緩和とその直接的インパクト/商品・サービスの多様化−イノベーション競争/経営形態の多様化/収益性の低下
第4章 一九八七〜九一年−マネジメントの時代
証券会社におけるマネジメントの特色/問題の顕在化/経営システムの見直しと対応策/メリルリンチのリストラクチャリング
第5章 一九九一〜九八年−個人投資家の時代
業績の回復/リテール業務の変容/証券会社の国際展開と収益への寄与/新しい多様化の諸相
エピローグ−一九九八年一一月


編著者のプロフィール

遠藤 幸彦 (えんどう ゆきひこ)
1980年東京大学教養学科(国際関係論)卒業、同年野村総合研究所入社。1985年ワシントン大学経営大学院終了(MBA)。企業調査部、NRIアメリカ、資本市場調査部、政策研究センター、研究双発センター金融サービス研究室長を経て、97年より現職。

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