エンロン崩壊の真実

■スターウォーズ世代が作り上げたエンロン社内の「バブルの匂い」を伝える書

ソ連の崩壊によって、社会主義というしくみに説得力が無くなってから、我々は好むと好まざるとに係わらず市場経済というしくみを選択せざるを得なくなっている。米国を中心に、しだいに、市場こそが新しい世界の理想のインフラであるかのように語られるようになってきた。
に、経済学を学んだ人間は市場を信奉していることが多い。破綻した米国のエンロン社の会長兼CEOであったケネス・レイも、大学の学部、修士課程とも経済学を学び、最終的に経済学の博士号を取得した人間だった。エンロンはもともと地味な地方の天然ガス事業会社であったが、彼は「自由な市場」を旗印に、エネルギーや通信の帯域から排ガスの排出権までをオンラインで取引する市場を創設し、エンロンをそうした市場を運営する世界的な会社にまで急拡大させた。また同時に、エンロンは自らがその市場の大口の取引者となっていったのである。
現実の市場は、理想的な経済学の市場とは異なり、取引量(流動性)を供給しないと成立しないし、市場は運営者であるエンロン自身の信用力にも大きく依存する。エンロン破綻の本質は、こうした現実と、高邁な経済学的理想の乖離が生み出す「歪み」が蓄積して引き起こされたものだ、と言えそうだ。


●「バブル」の見分け方

市場経済の最大の欠点の一つは「バブル」が発生してしまうことだろう。バブルが「いかにも怪しい」ものから発生するのならわかりやすいのだが、実際のバブルは、むしろ、知的水準の高い人までもが「これは画期的ですばらしい!」と思うようなものから生まれることが多い。
本書にもあるとおり、エンロンに先立って1998年に破綻したLTCMも、ロバート・マートンと、マイロン・ショールズという二人のノーベル経済学賞受賞者が理論的中核となっていた。同様に、エンロンも、世界的に有名な経済学者であるポール・クルーグマンをはじめとするアドバイザーがついていたし、ハーバードビジネススクールを出てマッキンゼーに勤める一流コンサルタントや、優秀な弁護士、大手監査法人アーサー・アンダーセンの優秀な会計士などが、数百人単位でエンロンに転職し、「自由な市場」というレイ会長のビジョンの下で会社を運営していたのである。「優秀な人がたくさん集まりつつあること」は、信用の証というよりは、バブルのサインと考えられるかも知れない。
日本でもエンロン関係の本が何冊も出版されているが、類書は日本の研究者がエンロン破綻を調査して、主としてその技術的問題点を伝えているものが多い。エンロンのしくみは極めて複雑であり、多数のSPE(特別目的事業体)の会計処理や、政治家への献金、監査法人や証券会社のアナリストの中立性の欠如等、様々な問題点が指摘され、実際に米国議会等での追及も進んでいる。もちろんそれらも重要なのではあるが、多くの人にとっては技術的すぎて興味のわかないものかも知れない。

これに対して本書は、破綻前からエンロンとかかわってきた米国エネルギー産業のコンサルタントが、破綻に至る社内の雰囲気を伝えながら平易に記述しているところが特色である。
バブルの中にいると、人はそれをバブルとは気づかないものだ。エンロンの破綻から一般の人が学ぶべき最も重要なことの一つは、次にこうした「バブリーな」事象に遭遇したときに、その「バブルの匂い」をかぎ分けられるかどうかだろう。

本書に記述された、レイ会長に嫌われると会社に居づらくなる社内の雰囲気や、SPEに「ジェダイ」や「チューイ(チューバッカ)」といったスターウォーズから取った名前を付けていたゲーム感覚の若手達などの数々のエピソードは、徐々にバブル化していったエンロン社内の「空気の匂い」を伝えることに成功しているのではないだろうか。


■この本の目次

第1章 ケネス・レイ会長がジャンク・ボンドで資金調達
第2章 部分的な開示
第3章 スキリングの”ケーススタディー”
第4章 “ランク・アンド・ヤンク”
第5章 マーケット創設を事業化すれば好業績

第6章 エンロン、オンライン事業に乗り出す
第7章 高い代償のブロードバンド
第8章 エンロン、水道事業に参入する
第9章 傲慢から倒産へ
第10章 トップは「買い」を勧め、裏で売る
第11章 エンロンの物語の終焉


■著者

PETER C.FUSARO
カーネギーメロン大卒、タフツ大学国際関係論修士。エネルギー会社向けコンサルティング会社社長を務めるほか、米国エネルギー省アドバイザー、国際エネルギー経済協会ニューヨーク支部会長。著書に「エネルギー・デリバティブの世界」(東洋経済新報社)など。

ROSS M.MILLER
カリフォルニア工科大学卒、ハーバード大学経済学博士。ヒューストン大学、カリフォルニア工科大学、ボストン大学等でファイナンスや経済学を教えた後、GE、投資銀行等でファイナンス関連業務に携わる。


■訳者

橋本 碩也
1947年、三重県生まれ。日本リーダーズダイジェスト社、証券系経済研究所、大手新聞社英字新聞部門等を経て、現在PR会社に勤務。著書、共著に「半導体産業の先を読む」「外国銘柄250社」、翻訳書(監修サポート)に「影響力の代理人」他。

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